生産工程管理に用いられてきたクリティカルパスが、アメリカで医療に用いられるようになり、その手法が日本に導入されてから10年余りが経つ。日本のパスは独自に発展し、現在では、クリニカルパス(注)はインフォームドコンセントの充実、チーム医療の推進、医療事故防止などを図るうえで、大きな役割を果すことが知られるようになってきた。だが、果たしてその意義は十分理解されているのだろうか。そこで、日本クリニカルパス学会の理事、高瀬浩造氏(東京医科歯科大学大学院教授)に、リスクマネジメントの観点から、クリニカルパスの有用性と導入・運用上の留意点などについて、お話を伺った。(注:医療用クリティカルパスはクリニカルパスとも呼ばれているため、ここではクリニカルパスという言葉を使用する)
「構造化」というアプローチ
クリニカルパスと言っても、日本で広く普及しているのは、典型的な疾病・けがの入院患者用に作られた「治療計画書」である。これ自体は患者からも歓迎されているが、医療者用のクリニカルパスの導入、病院全体でパス管理体制がとられているところはまだ少ない。一方で、電子カルテの導入と合わせて、カルテに連動したパスを導入する流れもある。そんななかで、医療政策学が専門の高瀬氏は、クリニカルパスを「診療行為の構造化」と理解することで、パスの概念が整理され、パスの導入・運用・改善も容易になるという立場で、クリニカルパスの研究を進めている。
「パス研究のアプローチの仕方は他にもあります。ひとつは、済生会熊本病院に代表されるような医療現場のTQC活動に近いもの。もうひとつは日本に最初にクリニカルパスを持ち込んだ阿部俊子氏(現衆議院議員)のように看護領域からのプロセス管理に近いアプローチ。私は『診療行為の構造化』と言っていますが、三つのアプローチは対立するものではなく、パスを通じて医療をより良いものにしようという目的は同じです」と高瀬氏は言う。
「診療行為の構造化」とは、どのようなことなのか。
「一言で言えば、診療内容が見える。見えるだけでなくて、それぞれの構成要素がわかるということです。たとえば、今日は検査をするという場合、その検査は何の目的でするのか、その検査結果が出ないと次の何ができないのかといった全体像が、時系列で体系づけられ、系統立っているということが重要なのです。ですから、Aの検査はパスに載せるけれども、Bの検査は載せないことはあり得ないし、抗生剤投与と書いていれば、どんな抗生剤をどれだけ投与するかまで書いていないといけません。構造化されていることによって、全体の把握と漏れや重複の回避・要素間の関係が明確で、修正などの対応・情報共有が容易になります」
クリニカルパスの安全管理
では、クリニカルパスの導入は、リスク管理にどのように役立つのか。
「安全管理にパスが有用であるということを証明したデータはほとんどありません。電子カルテと同じで、導入すれば安全管理ができるかというと、電子カルテを入れたばかりに発生する事故もある。パスについても、導入によるメリットも限界もありますし、パスを不注意に導入すると安全性に問題が出るところはある、といったことを理解しなければなりません」
意外にも、現実にパスの事案を見ると、作った人も使っている人も気づいていないが、安全性の面でも、質の高いパスは多いのだ、と高瀬氏は言う。
「ところが、どういうパスが良いパスかという外部的な評価因子がないから、自分たちが良いと言えば良いパス、良くないと言えば良くないということになっているのが現状です。ここに一番大きな問題があります。私が『構造化』と言うのは、そういう概念で外枠からパスを見直すことによって、パスの長所と限界、改善すべき点が見えてくるからです」
客観性と有効性
高瀬氏は、パスにおけるリスクマネジメントを、構造化に依存するもの(客観情報の扱い、構造化による問題抽出)と、フィードバック機能に依存するもの(潜在的問題によるバリアンス、アウトカムに表出される問題点)から、例を挙げ、検討する。
「たとえば、手術中に出血したという事例でも、止血がうまくできなかったために出血した場合、重要な血管を損傷したという場合、切ってはいけない動脈を切ってしまった場合がある。この中で、最初のものはどこがいけなかったのかよくわからない。つまり客観性が低いんですが、最後のものは、何が起きたのか、誰がいつ何をやったのかがわかり、客観性が高い。
投薬についても、痛みが激しかったけれども鎮痛剤の投与をしなかったという場合、痛みが激しかったのに、激しくないときに投与する鎮痛剤を投与した場合、鎮痛剤を投与しようとしたけれども、間違えて、整腸剤を投与したという場合があります。この例では、痛みが激しいときに鎮痛剤を投与しなかったのが良かったのかどうか、わかりませんが、違うものを投与したというミスの問題点はすぐわかる。このように、パスは客観性の高いミスに対しては、際立って効果があります」
同様に見ていけば、医療の提供システムに起因して発生するエラーの中でも、情報に関係するミスのかなりがパスによって、クリアーできる。
一方、エラーの中で、ヒューマンに起因するエラーは、パスではほとんど回避できない。
また、プロセスに関するエラー、たとえば、標準の手順ではパス通りにやればよいけれど、標準と違う手順があるときや、患者の状態の評価プロセスにかかわるエラーを改善するのは難しい。バリアンスの問題も、パスそのものに問題があるのか、症例がパスに合わないのか、パスに合わない症例をエントリーしているから、結果的にバリアンスが多発するのか、という判断が必要になる。アウトカムデータの使い方も、漠然と「今年は痛みが強い患者さんが多かったんだよね」というのではなく、それがシステム全体の何に起因するものなのか、という切り分けが必要だ。だが、そうした判断や切り分けは、早期に行わなければ意味がない。そのために必要なのが、「診療情報のインテグリティ(完全性)」やパス全体を統括的に管理する体制だという。
「つまり、パスを導入したら安全管理ができるというのは幻想であって、医療機関が、極力ヒューマンに起因するミスがないように努力し、ある程度の水準を満たし、それでもリスクが回避できず、新たな方策が見つからないというときには、パスの導入は非常に効果が高いのです。実際にパスを導入してうまくいっている医療機関では、パス以前の体制に加え、運用面、管理面が非常にうまく工夫されています。だから、パスが有効である、と言えるわけです」
取材・企画:山崎ひろみ
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