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第14回:「事故後の精神面のサポート」

東京都立 松沢病院 専任リスクマネジャー 釜 英介 氏

リスクマネジメントは、発生防止のみならず、発生時、発生後の対応を一連の流れの中で考える取り組みです。このことは 「日本医師会医療安全推進者養成講座」の「リスクマネジメント概論」のテキストで学習した方にはおなじみのフレーズだと思います。そこで、今回は発生後の医療従事者に対する精神面のサポートに注目してみました。お話を伺ったのは、東京都立松沢病院の精神専門看護師であり専任リスクマネジャーでもある釜英介氏。精神の専門というメリットを生かしたリスクマネジャーのサポートとはいかなるものなのか。実体験を元に話していただきました。

釜 英介氏

I タイプ別対応方法

-事故後の当事者にはどのようなタイプがありますか?

6~7割は陰にこもってしまい何も言わなくなるタイプ、2~3割は怒り出すタイプ、あと一部ですが、相談にのることを喜んでくれるタイプがあります。

-では、タイプ別に対応方法を教えて下さい。

(怒り出すタイプ)

「処罰の対象にしないと言っていたのに、どうして対象にするのか。」また、調査の人や私などいろいろな人が聞きに来るので「何回同じことを言えばいいんだ」と怒り出すタイプがあります。怒るのは自分の中にある混乱している部分を外に出しているのです。ですから怒る人に対しては怒らせておこうと思っています。怒りたいだけ怒らせると、落ち着きます。そこを、怒っているからといって上から押さえつけると、逆に萎縮してしまいます。感情はどんどん出させるようにします。そうしないとその人の本音の部分が出てこないからです。そして時間をかけてなるべくそばにいます。

しかし、事故のことを根掘り葉掘り聞いたりはしません。自分が被害者なんだと表現する人には被害者だと言わせます。「あの患者が急に体をゆすったから」「あの患者が話してきて業務の途中に割り込んだから」「あれがなければうまくできたはずなのに」等とどんどん言い訳をさせます。言いたいことを言わせると、事故の全貌が見えてきて、問題点が明らかになってきます。すると何を改革すればよいかわかってきます。

初めのうちは、「どうすればよいか」と聞いても、「ごめんなさい」と反省するだけで、そこまで考えが及びません。しかし、どうすればよいか考えられるようになると、その人自身の回復ができてきます。「じゃ、こうしてみよう」と意欲的になる。事故に対して卑屈な被害者意識だけを持つのではなくなる。加害者であるという事実は背負っていかなければならないが、二度と起こさないためにはどうすればよいか、自分の体験を皆に広めていき、なおかつ効果的な対策を自分の口から言えるようになる。そこまでいけば回復したといえます。

(陰にこもってしまうタイプ)

事故後の当事者の多くは、何も言えなくなったり、泣いたり、しきりに謝ったりして、陰にこもってしまうタイプです。こういうタイプはすごく慎重に扱わないと、どんどん感情を表に出さなくなります。怒り出すタイプのように感情を外に出せる人は、ストレスを外に発散できます。しかし、陰にこもってしまう人は、こちらが何を言っても「自分はダメなんだ」「組織は自分を見放したんだ」「自分はもう辞めるしかないんだ」そんな風に自分を追い込んでしまいます。すると、本当のことが出てこなくなります。

そういう時は何かを聞き出そうとするよりも「この件に関して私はあなたに関わっていきますからね」と時間をかけて伝え続けていきます。「あなた一人で悩むのではないですよ。私も一緒に悩むから。あなたの悩んでいる思いや気持ちを全部私に伝えて下さい」と。陰にこもっている人から何かを聞き出そうとすると尋問になってしまいます。まるで警察に連れて行かれて、無理やり吐かされたようになってしまう。そうなると私に対して心を開いてくれなくなる。ですから、時期を決めて「次の勤務の日にあと30分話そう」などと、つなげていきます。そうするうちに、この人には言ってもよさそうだなとわかってもらい、そこから入っていきます。  ただ、決して「事故に対してあなたの責任がないんだ」とは言いません。それは嘘になりますから。責任はあるのです。責任は背負っていかなければなりません。けれども今の状況だと立ち直れないから関わるんですよ、と。ひょっとしたら裁判になるかもしれないし、諮問委員会のような所に出されて事情を聞かれるかもしれない。そういう場に堂々と行けるようにするための回復をさせるのが私の役割です。

事故の責任を全くなしとして、明日からケロッとして仕事をしなさいという役割ではありません。その人の中に10あった力が、事故によって1になっている可能性があるので、それを7から8まで戻してあげるという役割なのです。そうすると言いたい事が言えるようになるし、改善策も考えられるようになります。万が一、処罰を受けたり、裁判になったり、病院をクビになったとしても、その後の人生を前向きに生きていける。そういう回復を目指すのが私の役割だと考えています。

その人という人間がつぶれないようにする、というのが事故後のサポート。甘やかしたり、真綿にくるんで抱きかかえるようなことをするつもりはありません。

(サポートを喜んでくれるタイプ)

私が話を聞きにいくと、一部ですが「来てくれて嬉しい」と喜んでくれる方もいます。もちろんニコニコ笑って喜ぶのではありません。病院の中にリスクマネジャーという役割があることを好意的に思ってくれて、「こういう場面で介入してもらえることがありがたい」「私の話を聞いてほしい」「怖くて怖くてしょうがないから助けて下さい」といった感じです。そういう人は指導すればするほど前向きになってきます。

-人には様々なタイプがあるので、それを見分けるのは大変ですね。

事故のように追い詰められた状況になって初めて、その人の本音が出てくることもありますから、どのようなタイプなのかはなかなかわからないです。

II サポートの成功例

-具体的にサポートが成功した事例を教えて下さい。

(事例)

男性看護師Aが暴力的な患者Bに対して過剰防衛した結果、逆に怪我をさせてしまった事故がありました。Aは、まわりの女性看護師たちがBに首をしめられそうになっているのをかばおうとして一人でBに対応したのです。

しかし、事故になってしまうと、女性看護師は誰一人としてAの正当性をフォローしてくれませんでした。それどころか「Aは普段から大声を出しているから、いつかこうなると思っていた」と言う人さえいたのです。Aは怒りました。「もう辞める。こんなところにいられない。今後何が起こっても女性看護師をかばったりしない。自分が馬鹿を見るだけだ。」と。そこまでいくと大変です。私が話をしにいっても「話なんかする必要ありません。あなたと話をしても無駄です。病院も誰も信用しません。」と拒絶されてしまいました。これを崩すのは大変でした。

それでも毎日顔を合わせて、事故以外の話をするようにしました。よく使う方法なのですが、何でこの仕事をやるようになったのか、看護師になったきっかけを聞きました。すると「こういうことがやりたかった。こういう病院に勤めたかった。患者さんにこういうことをしたかった。」という言葉が出てきました。

釜「今、それはできていますか?」
A「いや、あんなところではできないよ。」
釜「どうすればできると思いますか?」

と、こんな風に、仕事や自分の求めているものは何かとか、そういう所から話をしていきました。

Aさんは今では回復して、別の病棟で働いています。そこでは、暴力的な患者さんの対応はどうしたらよいかを指導できるまでになりました。具体的には、暴力に対しては暴力で向かうのではなく、まず暴力を回避する方法を考える。一人で向かっていってはいけない。必ず複数で関与する。Aさんの場合は、男気を出して「俺に任せろ」と一人で立ち向かってしまい、患者さんにケガをさせてしまいました。男性対男性では暴力に発展しやすい状況を作ってしまいがちです。しかし、対応側に女性が入ると空気が少し和らぎます。また、複数で対応すると相手も引いたりします。事故を契機にそういうことがわかり、対応策として生かすことができました。

(治療的自己活用)

相手から聞いても何も出てこない時は、私自身が准看護師のときから地道にやってきた体験を話したりすると、同じものを感じてくれて、心を開いてくれることがあります。この病院の良いところ、悪いところを話したりもします。「この中でこういうことをやりたいから、こういうふうに今努力をしています」と自分のことを話すのです。こちらから一方的にメッセージを伝え続けます。「治療的自己活用」という方法なのですが、とにかく自分のことをどんどん話す。そうすることで相手の心に届く。何が相手の心に届くか見ていく。自分の経歴とか失敗談とか、夢とか希望とかいろいろ話す。すると、どこかに反応してくれます。

そこから話していくうちに、向こうから「実はこういうことがやりたかったんだけど」「できればこういうふうにしたかった」とかでてきます。夢とか希望を話せるようになる。そうすると、どうすればいいか、と次につなげていける。「これからどうしたらいいか。この事故を契機にあなたはそれをどういうふうに実現するプロセスを考えますか。」そんなふうにもっていくと「もう一度考えようかな」となるのです。

サポートには、決して決まりきった形、スタイルはありません。何か刺激を与えたり、手探りで見ていって、どこかに反応してくれるものがあればそこから広げていくのです。

III サポートの失敗例

-逆にサポートがうまくできなかった例も教えていただけますか。

(関われなかったケース)

こちらがサポートしたいと思っても、「いいから」と断られたり、当事者が辞職してしまったり、あまりにも事故の状況が重過ぎて、もっと上の人が関与してしまい、そもそも関わることができなかったケースがあります。

(関わりすぎたケース)

関わりすぎて相手が依存的になってしまったケースもありました。全く主体性のない依存的な関係にさせてしまいました。その人は考えることをやめて、「どうすればいいか教えて下さい。何でもあなたの言う通りにします。」となってしまいました。依存的なタイプへの対応としては、最初どんどん依存させる状況を作っていきます。次に自立に向けて試させます。「こうすれば?」とはいいますが、それ以上の関わりをもたないようにします。「ダメでした」と言ってきたら、「ダメだった理由を考えて下さい」とかわすのです。

「じゃ、次はこういうふうにしよう」と次の手を考えてあげてしまうと、逆に依存に巻き込まれてしまいます。向こうが考えなければならないことをこちらが考えるだけになってしまいます。最初のきっかけだけを作って後は自分で考えさせること。相談にはのるけれど、全ての決定は相手にさせることです。

(全体会議のタイミング)

本人はまだ充分に回復していないのに、いきなり全体会議を開いて出させてしまうケースがあります。しかし、これでは当事者は矢面に立たされてしまい、まるで針の筵です。そのような場で、例え誰かがサポーティブなことを言っても、本人が卑屈になって陰にこもっている以上、本人は中傷としか感じません。

ある程度回復して、人の話が聞けるようになった時に全体会議を開くことです。その辺りの見極めをきちんとすることが大事です。

Ⅳ リスクマネジャーとしての役割

(当事者が話せるようにする)

本人が何も言わないと、周りも関与しづらくなります。「プロ意識があるから立ち直るだろう」「あの子のやったことはあの子が責任をとらなければいけない」として、周りがフォローしないとどうなるでしょうか。皆で話していても、その人が入ってくると、ピタッと会話が止む。事故の話題はできるだけふれないようにしようとして、職場の中が重くなる。するとまた同じ事故が起きてしまう。

ですから、事故が起きたら、その事故についてどんどん語り合った方がいいのです。何故事故が起こったのか皆で検討しあうのです。事故を起こした人が「私がなぜ事故を起こしたのか」を話せるようにならないと、皆がそれについて同じ立場で語ることができません。「私もそう思う」「私もこういう時にこんなことを感じた」と言えるようにするには、事故の責任を負っている一番つらい立場の当事者が話すことが必要なのです。そうすると、周りの人も「では、私も言おう」となる。お互いに言い合うことで気が楽になってきます。

また、それが事故防止策につながれば、事故を起こした人も自分の体験が生かされたと、達成感、役割を確認できます。そして二度と事故を起こさないという雰囲気、システム、環境が出来上がっていきます。何も語り合わないで忘れよう忘れようとしていては、又同じことが起きてしまいます。喋るためのモチベーションをあげる役割というのが、私の考えるサポートです。

(普段からできるだけ多くの人と話す)

良好な人間関係を築くには、普段の関わりが大事と考え、私は日頃から病棟をラウンドしたり、手伝いをしたりしています。例えば、看護師が患者と外出する際に一緒に付き合う。入浴介助を手伝う。夜勤の手が足りない時に手伝う。こうしたことをしています。病棟で一番困っているのは人手が足りないということです。ですからリスクマネジャーの仕事とは直接関係がないことですが、入浴の場面についていって患者の着替えを手伝ったり、検査についていったりということもしているのです。普段から会話ができるような関係を作っていれば、いざ事故を起こしても、「実は・・・」というのがすっとでてきます。人間関係を大事にしています。

(周囲を使う)

マネジメントは、人を育て、人を使わなければならない。組織を動かさなくてはならない。そのためには周囲の協力が欠かせません。

病棟を仕切っているのは婦長さんですから、婦長さんの協力を得ることが大事です。例えば全体会議で皆から意見が出そうもないときは、あらかじめ1対1でいろいろな人から意見を聞いておく。それらをまとめておいて婦長に伝え、全体会議のときに婦長の意見として言ってもらう。こちらの考える対策を助言として事前に与えておき、婦長の口から言ってもらう。すると「婦長さん、さすが」となる。婦長さんのプライドにも配慮します。

リスクマネジャーがいるから何でもやってくれるんだと思わせると、現場が何もやらなくなります。現場も考えさせる、そうした全体も含めてのマネジメントが必要なのです。

(今後の目標)

都立病院のリスクマネジャーの集まりでも、事故後のサポートについては皆興味があるとは言ってくれるのですが、それ以上にサポートより手前の事故防止が活動の中心になっています。サポートまでは手が回らないといった状況なのでしょう。

しかし、いろいろなところで研修をしていると臨時で相談を受けることがあります。将来的には、他院を巡廻して相談を受けることもしたいと思っています。事故の内容は違っても、事故当事者になった人の心の痛み、それをサポートする必要があるのは全科共通のことです。一つ間違えると事故に発展する可能性は一般病院の方が大きい。サポートのニーズも精神病院より一般病院の方が高いと思います。

そして、精神的なフォローのできるモデルはこういうものだというのを広めていきたいと考えています。

一家に一台ではないけれど、一医療機関に一人釜さんのような人がいてくれたら、従事者の心はどれだけ楽になるだろう。発生防止はもちろん大事だが、発生後の当事者の立ち直りにまで関われるリスクマネジャーが増えてほしいものだ。貴重な医療従事者のマンパワーを失うという損失から組織を守るのもリスクマネジメントなのだから。

カテゴリ: 2003年5月19日
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