10月から、全ての病院や診療所で安全管理委員会を開催することが義務づけられた。そこで、古くから同委員会を設置している老舗格の北里大学病院(神奈川県相模原市、病床数1,069床)を取材し、その委員会の様子や具体的な活動内容について話しを聞いた。
活発な意見が飛び交うリスクマネジメント委員会
8月下旬。北里大学病院の会議室で、第45回目のリスクマネジメント委員会が開催された。参加者は、同委員会の委員長である藤井清孝副院長(診療部長)をはじめとする10人。外科や内科、小児科、救命救急センター、麻酔科、輸血センター部、看護部、薬剤部などから選出された委員が顔を揃えた。
委員会が始まると、まずは事務局である医事調査課が定例的な報告を行った。最近のインシデント報告書の傾向や、訴訟関係の進捗状況、患者からの苦情、針刺し事故などの件数が一通り示された。
さて、これからがいよいよ本日の中心議題だ。ここ1カ月以内に院内で起こった医療事故について、その原因と対策を事故報告書に基づきながら1つ1つ検討する。なぜ、事故が起こったのか、それを防止するために各部門が検討した対策が果たして適切なのかどうかが話し合われる。
その1つに、与薬量を間違えた事故があった。本来は1日15mlと処方すべきところを、医師がコンピュータ端末に誤って1日15㎎と入力。患者が1回目を服用した後に、病棟の看護師が間違いに気づいたという。幸い、必要な処方量よりも少なく、早期に間違いが発見されたため患者への影響は少なかった。だが、薬の種類や量によっては患者への影響度は計り知れない。
「なぜ、薬剤部で調剤する段階で間違いに気づかなかったんだろう」
「間違って入力した場合に、コンピュータが自動的にブロックする機能はないのか」
「僕なんかは、単位を入力する際にあらためて自分で打ち直すように心がけているけどね」
委員からは、このようにさまざまな意見が寄せられた。事故報告書には、各部門における確認作業が足りなかった旨が記載されている。しかし、確認作業は不可欠だとしても、それだけで事故を防ぐには限界がある、というのが委員の共通した認識のようだ。結局、入力ミスを防ぐ機能がコンピュータ端末にどれだけ備わっているかを医事調査課が調べ、次回の委員会に報告することとなった。
「委員は各部門にまたがっていますが、それぞれの部門の事情などわからない点もたくさんあります。ですから、事故対策の内容が不明瞭であったり、さらに詳しい事情を知りたい場合は、当事者を会議に呼んで話しを聞くこともあるのです」と、藤井副院長は言う。
ただその場合も、当事者の責任を追求する姿勢はとらず、あくまでも事故の背景に潜む問題を探り、同じ事故が二度と起こらないための対応策を導き出すための手段として、話しを聞くのだという。
事故を隠せないようにする仕組み
同院ではこのような委員会を毎月1回開催している。1回あたりの所要時間は約1.5時間。院内で起こったインシデントや事故は、当事者が所定の様式に記入して提出することになっている。インシデント報告書は当事者から医事調査課へ、事故報告書については、当事者から部門長を通じて病院長や医事調査課へ報告される仕組みとなっている。緊急を要するものは病院長の指示のもとで速やかに対策を検討するが、それ以外のものは医事調査課がとりまとめ、リスクマネジメント委員会で検討されることになっている。
「たとえ事故が起きたことを隠そうとしても、関係部門からインシデントや事故の報告書が提出されますから、隠しようがないのですよ」と、医事調査課の担当者は報告制度が全職員に根付いていると話す。
各部門にはリスクマネジャーが1人ずつ配置されており、当該部門の事故対策について具体的に検討したり、それらをマニュアル化し、推進していく役割を担っている。リスクマネジメント委員会は、それら対策が適切なのかどうかを検討し、もし不適切であると判断した場合は再度対策を検討し直すよう指導する。また、その対策が他部門においても有効である場合には、院内全体にフィードバックする。つまり、リスクマネジメント委員会は院内で起こったインシデントや事故を吸い上げ、その対策を検討し、指導する役割を担っている。
リスクマネジメント委員会の様子
委員は各部門にまたがっている。
さらなる機能強化が課題
同委員会が正式に位置づけられたのは、1997年。病院長の諮問機関である「医療検討指導委員会」の下部組織として発足した。「医療検討指導委員会」は、医療の安全や向上のための勧告指導を行う組織で、1979年に設置されたもの。現在のリスクマネジメント委員会が発足するまでは、ここで事故対策について話し合いが行われていたという。
「医療の質を維持し、向上させるためには、リスクマネジメントの視点を病院に取り入れることが不可欠だという当時の病院長の判断でした。今でこそリスクマネジメント委員会を設置する病院は珍しくないが、当時は他にやっている所は見当たらなかった。先見の明があったのでしょうね」と、藤井副院長。
それから約20年強。課題もあるようだ。それは、委員会で検討された内容をいかに現場に根付かせるかということ。部門によっては、安全管理に取り組む姿勢に温度差が見受けられるという。そのため、今後は疑問があれば、委員会が各部門を直接調査する強い権限を持たせることも検討している。また、将来的には、学識経験者などにも同委員会に参加してもらい、第三者的な立場で意見を聞きたい考えだ。
「医療人は、人の命に関わる大切な仕事に携わっているという自覚を持ち続けることが大事。安全管理システムに終わりはないので、常に問題意識を持ちながら、更新し続けていきたい」と、藤井副院長は語った。
リスクマネジメント委員会委員長の藤井清孝副院長
「取材で明らかになったリスクマネジメント委員会のメリット」
- 病院全体で起こった事故やインシデントの内容を把握出来るため、注意が喚起される。
- 他部門の業務内容を把握出来るようになり、組織全体で取り組まなければならない問題が明らかになる。
- 事故防止策を病院全体で共有出来る。
- 事故を起こした当事者(部門)は、事故の内容と併せてその防止策についても委員会に報告しなければならないため、リスクマネジメントに対する意識が高まる。
- 事故防止策の適否が委員会からフィードバックされることで、事故やインシデントを報告しようという機運が高まる。
厚生労働省は8月30日の官報に、10月1日から病院と有床診療所に義務付ける医療安全対策に関連する医療法施行規則の省令改正を告示した。その中から、本記事に関連する部分を以下に掲載する。今回紹介した北里大学病院におけるリスクマネジメント委員会の状況と合わせて参考にされたい。
医療に係る安全管理のための委員会「安全管理委員会」
次に掲げる基準を満たす必要がある。
- 安全管理委員会の管理及び運営に関する規定が定められている
- 重要な検討内容について、患者への対応状況を含め管理者へ報告する
- 重大な問題が発生した場合は、速やかに発生の原因を分析し、改善策の立案及び実施並びに職員への周知を図る
- 安全管理委員会で立案された改善策の実施状況を必要に応じて調査し、見直しを行う
- 安全管理委員会は月1回程度開催するとともに、重大な問題が発生した場合は適宜開催する
- 各部門の安全管理のための責任者等で構成される