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第17回医療の質・安全学会学術集会

招待講演「組織の変革、組織文化の変革へのチャレンジ~トヨタと病院の違いから~」要旨採録

トヨタ記念病院 事務長 堂山岳之

堂山岳之氏

堂山岳之氏

医療の質・安全学会は2022年11月26、27の両日「現場から生まれる医療の質・安全の知~改善と変革へつなげるために~」をテーマに神戸国際展示場2号館と神戸国際会議場で「第17回医療の質・安全学会学術集会」を開いた。開催初日の26日にはトヨタ記念病院事務長の堂山岳之氏が「組織の変革、組織文化の変革へのチャレンジ~トヨタと病院の違いから~」と題する招待講演を行い、製造業と医療界の考え方の違いや、製造現場の取り組みを生かした実践的な改善例などを紹介した。

自ら動く、主体的で強靭な組織づくり

私の考える強い組織とは「環境変化が起こった後の素早い決断力や対応力、適応力と起こる前の広い想像力や想定力、決断力を併せ持っていること」だ。

組織とは人の集合体である。大きくなればなるほど、組織運営や維持・発展は、トップや一部の人の力、リーダーシップだけでは限界があり、サステイナブルとはいえない。それだけに、一人ひとりが、それぞれの役割を認識し、やることを考え、自ら動く、主体的で強靭な組織づくりが重要だと思う。

強い組織をつくっていくには「人材育成」と「個々人が能力を発揮できる組織文化、風土の醸成」が必要になる。前者には「しくみ・ツール」「役割認識」「主体性」など、後者には「心理的安全性」「多様性の尊重」「脱思い込み」などの要素がある。

人材育成を組織の期待と能力開発という観点からみると、図1のように「Needs(組織からの期待)」「Wants(モチベーション)」「Seeds(能力)」の3つの輪で表すことができる。3つの輪の重なりを最大化することで個人の成果と組織の成果を最大化し、同時に個人も組織も成長するという概念図だ。(図1)

人材育成:組織の期待と能力開発の概念図(図1)
人材育成:組織の期待と能力開発の概念図(図1)
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人材育成の狙いの一つである「しくみ・ツール」として、上図を踏まえたトヨタ自動車(以下トヨタ)の事務・技術職のモデルがある。私は2年半前にトヨタから病院に移ってきた。同じトヨタだから、この図のようなことが行われているものだと思ったが、違っていた。職種が異なるからだ。

そこで、こうしたモデルが医務職にも使えるか、異なるか、アレンジが必要かなどの見直しを進めている。さまざまな職種から成るプロジェクトチームが今まさに動き始めた状態だ。(図2)

育成の仕組み・ツール(図2)
育成の仕組み・ツール(図2)
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製造と医療とでは本当に環境が違うのか

誰が言ったのかは分からないが、トヨタと病院とをめぐる、ある種の「思い込み」があるように思う。「医療従事者は仕事を抜けて教育に参加しにくい」「他部署の事務技術職と交流してもあまり意味がない」「医師は病院を移るのでトヨタの考え方は重要でない」「製造と医療とでは環境が違う」といった類だ。

しかし、本当にそうだろうか。今回立ち上げたプロジェクトチームの仕事には、それらを見直し、検証する狙いもある。

トヨタの工場、事業所には「ポケテナシ」という標語がある。安全確保のために注意すべき事柄の最初の音をつなげたもので「ポ=ポケットに手を入れない」「ケ=携帯を操作しながら歩かない」「テ=手すりを持って歩く」「ナ=斜め横断しない」「シ=指差呼称する」を意味する。

こういうことは工場では当たり前だったが、病院にはなかった。これも、先ほど挙げた「思い込み」の一つになるのだろうと思う。同じトヨタなのだから、同じルールや覚悟で動いているのではないか、と思っていたが、必ずしもそうでないことを着任時に実感した。

思い込みや決めつけ、バイアスを排除する

トヨタがやり続けていることの一つに「問題解決」がある。「論理的思考・アプローチ」と「その指導のし方」と言い換えてもよい。問題を解決をするためには「何が問題なのか、何を問題を捉えるか」「それはなぜ起こったのか、真因は何か」「真因をつぶす対策は」「対策は機能したか」「標準化したか、横展したか」といったことを徹底的に行う必要がある。

論理的思考・アプローチは「問題解決型」と「課題設定型」に分けることができる。冒頭でも触れているが、問題解決型の要点は「起こった後の素早い決断力、対応力、適応力」、課題設定型の要点は「起こる前の広い想像力、想定力、決断力」だ。その目指すところは、いかに思い込みや決めつけ、バイアスを排除できるかという点にある。

指導のし方は職場先輩・リーダー、上司とアドバイザーがそれぞれの役割を果たす。ざっくり言うと、職場先輩や上司は論理的思考と業務の専門的指導をし、アドバイザーはさまざまな部署の受講者複数名を指導することを通じて、本質を見極める力や指導力、社内の広範な知識を得る。いずれも、本人の育成と同時に、指導する側を育成する狙いがある。

どうしたいのかを自分たちで考える

当院における改善活動の歴史は(図3)の通り。

トヨタ記念病院のQC・TPS・カイゼン活動の歴史(図3)
トヨタ記念病院のQC・TPS・カイゼン活動の歴史(図3)
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しかし、実践するにあたっては業種の違いによる誤解に悩む場面もあった。

生産現場では当たり前であったことが、必ずしも通用しないことにもたびたび直面した。「なんか話が通じない」「やはり、医療現場は工場とは違う」――。また、手間がかかる、動きにムダがある、面倒、不安全、といったことを感じていても、医療現場では改善する手立てを持たない。

すると、それらに対して2つの立場に分かれる。「そういうもの」という受け止めと「何とかしたい」という姿勢だ。そういうものと捉えるのは「変えるのが面倒、変えると混乱するから困る」「特に困ってないけど、よくなるならお願い」という向き合い方。

これに対して、何とかしたい立場は「困っているので何とかしてください」「こうしたいんだけど、知恵貸して、一緒に考えて」という前向きのスタンスだ。

結局「そういうもの」という向き合い方は思い込みであることが多い。例えば、ある事柄に対して「そんなこと思ったこともない」という場合は、教えられたことも、実感したこともないか、うれしさや楽しさを知らないせいだ。

また、ある仕事に対して私が「それはなぜやってるの?必要なの?」と聞くと、昔からやっている、以前そうやれと教えられた、マニュアルに書いてある、などと返答されたことがある。これも一つの思い込みによるものだろう。

大切なのは、どうすればいいのか他者に委ねるのではなく、どうしたいのかを自分たちで考えることだ。そうすれば、個も職場も強くなるはずだ。

きれいであるだけでなく働きやすい環境へ

当院が取り組んだ改善例をいくつか紹介したい。左側の写真は「こういうもの」。右側の写真はそれを「そんなことないと思うよ」という視点で見直したものだ。いずれも、工場から来た部隊が「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤し、現場の看護師さんらと打ち合わせながら整えた。

図4の上はER周り、下は医療機器室の様子だ。一目瞭然で、左側に比べ、右側は非常にすっきりと整理整頓されている。きれいになったばかりでなく、働きやすくなったと喜ばれた。

図5の上は入院管理の書類。雑然とした左側に対し、右側は見やすく、取りやすい。下は松葉杖などが雑然と置かれた整形外科の病棟。パイプを切って組み上げた什器を活用したり、棚を整理整頓したりすることで見違えるようになった。

カイゼン事例(図4)
カイゼン事例(図4)
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カイゼン事例(図5)
カイゼン事例(図5)
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大事だと思うことをやり続け、挑戦し続ける

疑問や問題意識も含めて「何とかしたい」という気持ちはあるにもかかわらず、行動に至らないことがある。それはなぜかと考えると、いくつかの理由に行き着く。

例えば「自分がやるのは面倒だから」「無理、難しいと思うから」「それが正しいかどうか自信がない」「以前言ったことがあるけど否定された」「昔お願いしたら断られたり怒られたりした」といったことだ。このうち、後半の3つは「心理的安全性」と関わりがある。

心理的安全性とは、ある事柄に対して意見を言ったり、感じたことを言ったり、議論したりする時に、否定されない、批判されない、遮られない、怒られないーーといった心の在り方といえる。

医療の質・安全をはじめ、どんな仕事にも重要で、これが低いと「言わなくなる、隠す、ごまかす、取り繕う、嘘をつく」といった行動につながる。これを続けていると、そのような組織文化や風土、体質などができあがってしまう。

これからも生き残り、成長する組織であり続けるためにはどうすればよいのか。初めのほうで、強い組織をつくっていくには「人材育成」と「個々人が能力を発揮できる組織文化、風土の醸成」が必要になると述べた。それを踏まえて言えば、人材育成の要点は、人の成長や育成に大事だと思うことをやり続けることだ。

個々人が能力を発揮できる組織文化、風土の醸成のためには、現状を是とせず、改善し、新たなことに挑戦し続けることが肝要だ。

スポーツのチャレンジシステムを取り入れる

前項の最後で触れた「挑戦」には、文字通り「挑む」ことのほか、テニスなどスポーツの世界にある「チャレンジシステム」のチャレンジだ。チャレンジシステムは簡単に言うと、インかアウトかの判定に疑問、不服がある選手が主審にビデオ判定を申し立てるしくみだ。

これを職場のメンバーとの間で共有したいといつも言っている。「おかしいと思ったら、まず言おうよ」ということだ。ところが、往々にして、その時はスルーして、後で「あれ、やっぱりおかしいと思うんです」と言われることが多い。

そこで「言わなかったことで後々までモヤモヤしているくらいなら、その時に言おうよ」ということをテニスのチャレンジシステムになぞらえて言い続けている。それが簡単でないことは十分に承知している。

しかし、こういうことを通じて、改善がどんどん進んでいくのではないかとも思っている。「育成のしくみ・ツール」のところで触れたように、今は見直し、再構築の最中だが、まず、心理的安全性を保ちつつ、人材育成を進めるのが当面の課題だ。

その課題に対し、まさに今、チャレンジをしている。

取材:伊藤公一

カテゴリ: 2023年2月20日
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