「第74回日本胸部外科学会定期学術集会」が2021年10月31~11月3の4日間、グランドプリンスホテル新高輪で開かれた。最終日の討論「右小開胸僧帽弁手術:直視下VS完全鏡視下」では、4人の心臓血管外科医がそれぞれの立場から持論を展開。双方とも、安全性や教育的効果の観点から、支持する手法の利点などについて意見を交わした。
講演者の立場
紙谷寛之氏(旭川医科大学外科学講座心臓大血管外科学分野教授)は「必要以上に手術を難しくしなくてもよいのではないか? 直視下MICS僧帽弁手術の立場から」と題して、直視下手術の有用性を訴えた。
松山克彦氏(愛知医科大学心臓外科教授)は「直視下MICSによる複数弁手術」と題して、直視下手術優位の立場から実践的な現場報告を行った。
伊藤敏明氏(日本赤十字社愛知医療センター名古屋第一病院心臓血管外科第一部長)は「3-portアプローチ3D内視鏡下僧帽弁手術は直視下手術より易しい」との標題で、完全視鏡下の最先端情報を交えた取り組みを紹介。
坂口元一氏(近畿大学医学部心臓血管外科学教室教授)は「右小開胸僧帽弁手術において直視下だけでは限界がある」としながらも、直視下に一定の理解を示す立場で持論を述べた。
直視下派
「より、たやすいルートで頂を目指せ」
紙谷寛之氏はまず、標準的な術式に求められる要素として(1)安全性(2)容易性(3)再現性の3点を挙げ「その術式が世の中に広まるためには80%の人が誰でもできること」と指摘した。
その上で、低侵襲心臓手術MICS(Minimally Invasive Cardiac Surgery)には(1)美容的な整合性に優れている(2)患者にとって生体的な負担が少ない(3)僧帽弁がよく見える(4)よく見えることによる教育効果が高い――などの利点があると述べた。紙谷氏は「完全鏡視下が直視下よりも優位と思われるのは創の小さい美容的な面だけであり、他の項目はほぼ同等」とした。
紙谷氏は自らが山岳部出身であることになぞらえ「アイガーの頂を目指すなら、危険な北壁ルートではなく、より安全な東南ルートを使えばよい。手術もそれと同じではないか」と主張。完全鏡視下アプローチに対して直視下を推す理由として(1)学びやすい(2)教育的に介入しやすい(3)追加手順を比較的容易に実行できる――点を挙げた。
紙谷氏は、学びやすさと介入のしやすさについてもアイガー北壁の例を挙げ「完全鏡視下で年間20例以上を手がけている施設は全体の10%に過ぎない」と指摘。ラーニングカーブを克服するには60例が必要との報告を引用する一方「年間20例はこなさないと技量の維持が難しいのではないか」と疑問を呈した。
こうしたことから紙谷氏は「いわゆる"80%"の外科医にとっては直視下のほうが合理的である」と結論付けた。ただし「光源の確保や視野共有のためにスコープを用いることはある」とも言い添えた。
「直視下MICSは正中切開と変わらぬ成績」
松山克彦氏は冒頭、直視下のメリットの最初に「安心感」を挙げた。「内視鏡下では、2Dや3Dの眼鏡に慣れていないと不安感が伴う。これに対して、直視下は創を大きく開けるので、1つのポートから両眼視できる比較的大きなワーキングスペースを確保できるのが何よりの利点」という。
ワーキングスペースが大きければ「直接大動脈に手が届き、指で結紮できる。これも安心感につながる。難渋する弁切除の際も、直視下なら通常の道具で処理できる」のも利点だ。
愛知医科大学病院では2015年からMICSを開始。「成績の安定と共にその割合が増え、2021年は90%以上の手術をMICSで実施。複数弁手術も2020年から積極的に行うようになった」という。
松山氏は「直視下MICSは、複合弁手術であっても胸骨正中切開と変わらない成績で施行できる。直視下MICSによる複合弁手術は一つの有用な選択肢といえる。傷は多少大きいが、直視下であれば、特殊な道具、テクニックも必要なし。複数弁手術もリスクを増やすことなく可能である」と強調した。
完全鏡視下派
「よく見え、より安全で易しく、教育的」
伊藤敏明氏は「われわれが内視鏡を使うのは決して美容的効果や痛みの軽減やかっこよさからではなく、よく見え、より安全で、より易しく、より教育的であるからだ」と明言した。長年、唱え続けている主張である。
併せて、2010年10月に行った直視下MICS僧帽弁形成に始まる"黎明期"から今日までのMICSの取り組みを紹介。2011年9月に2D、2015年10月に3D、2021年10月には4K-3Dを導入するなど、完全鏡視下の高みを目指す体制の着実な進展ぶりを印象付けた。
自院における手術ばかりでなく、各地で行っている手術支援にも触れた。複数回・一定期間と単回・デモンストレーションの二本立てで「複数回プロクタリングはMICS安定導入の近道」という信念によるものであるという。
伊藤氏は完全鏡視下の利点として、3ポートによる制御のしやすさがもたらす安全性や操作性、画像共有や繰り返し再生による教育面での寄与を挙げた。一方で「一部の外科医がなぜ、いまだに鏡視下手術を難しいと考えているのか」について「第一に経験不足、第二に2D内視鏡時代そのままのネガティブイメージ、第三に長すぎる直視下の経験――などが、一度確立されたフレームワークの変更を阻んでいるのではないか」と結んだ。
時間の都合で取りやめになった総合討論に代わり座長が問うた「他施設への教育的手術支援への対応」については「どの段階(習熟度)で呼ばれるかや年間症例数によって違う」と返答。「経験が少なければ開創器をかけて直視下で進めてもらい、長尺器具やノットプッシャーをうまく使えるかを見る。問題なければ3-portアプローチ3D内視鏡を試してもらう。やり方が変わると細かな手順にまで響くので、まずは自分のやり方でやってもらう。たいていは問題ない。直視下ができれば、3Dもたやすくできるはず」と完全鏡視下の導入のしやすさを訴えた。
「創部のサイズ(3~7㎝)は重要ではない」
坂口元一氏は冒頭「紙谷先生と伊藤先生との中間的な立場。おおむね20%が直視下で80%が完全鏡視下」という自らの"立ち位置"を表明した。
坂口氏は直視下アプローチで行った初めてのMICSの皮膚切開が7㎝、伊藤氏の最近の事例が3㎝前後であることを踏まえ、皮膚切開長と補助ポート、胸腔内の直視などの関係を3~7の1㎝刻みで評価。切開長3~4㎝の時は補助ポートが必要(○)で、胸腔鏡直視はできない(×)。6~7㎝の場合は補助ポートが不要(×)で、胸腔鏡直視ができる(○)としている。
現在の坂口氏は「自分にとってカンファタブルな切開長5㎝」で臨んでおり、補助ポート、胸腔内直視とも(△)である。
直視下が優れる点として(1)ポートが少ない(2)カメラが鋼製小物と干渉しにくい(3)弁輪の糸がカメラの視野を遮らない(4)心筋保護液カニュラの刺入、抜去がしやすい(5)糸の捻じれを確認できる(6)メイズ手術に対応できる――などを挙げた。
一方、完全鏡視下に対しては(1)切開が数センチ短い(2)よく見える(3)開創器が不要(4)拡大鏡が不要――などを利点として評価した。
両者の特質を比較した上で、坂口氏は(1)創部のサイズ(3~7㎝)は重要ではない(2)100%完全鏡視下にこだわる必要はない(3)手術の質、安全性、操作性が重要(4)慣れれば、鏡視下で手術の質、操作性は向上する――とみている。
まとめ
直視下と完全鏡視下のどちらを選択するかは主たる操作をどう行うかによって異なる。端的に言えば、下を向くか前を向くかの違いである。心臓外科医は元来、胸骨正中切開が標準であった時代から歴史的に直視下を3次元的に見ることしかしてこなかった。
2D内視鏡をいち早く導入し、使いこなしていた腹部外科との大きな違いである。心臓外科医はどうしても奥行きが欲しいので、まずは直視下から始める。3D内視鏡の登場はそれを支援する一つの手法といえるだろう。
「目の付け所」の違いもある。直視下は胸壁の外にあり、内視鏡は心臓のほぼ近くにある。現場に即して言うと、直視下では術者と助手との視野が異なるため、誤った箇所にアプローチすることがあった。この点に関してはモニター、対象臓器、内視鏡、術者が一直線上で、なおかつ同一画面を共有できる完全鏡視下に優位な面があるといえそうだ。
言うまでもなく、直視下、完全鏡視下には各々の利点や優位性がある。紙谷氏の唱える「頂の目指し方」を医師一人一人がどう捉えるかにかかっているのではないか。
取材:伊藤公一