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第23回日本医療ガス学会学術大会 「シンポジウム 医療ガスの安全管理 災害時のBCP」

医療ガスの災害対策は全職種で訓練を

医療機関における災害対策には、緊急時マニュアルだけでなくBCP(事業継続計画 business continuity plan)の考え方が重要である。しかし、2018年の厚生労働省によるBCP全病院調査では、病院全体では75%が未策定、災害拠点病院でも30%が未策定(現在は策定率100%)とわかり、対策の遅れが明らかになった。2019年10月26日に東京で開かれた第23回医療ガス学会学術集会では、「医療ガスの安全管理 災害時のBCP」と題したシンポジウムが開かれ、医療ガスの観点からBCPについて議論された。

「過去の災害を踏まえて企業が考えるBCP」

岡田正氏(エア・ウォーター防災株式会社/美和医療電機株式会社)

大災害時の点検作業の経験から

岡田正氏

岡田正氏

阪神淡路大震災(1995年)以後の大災害に当社(エア・ウォーター防災)が対応した医療ガス関連の点検作業を報告する。

阪神淡路大震災はビルの倒壊、火災被害が大きく、医療ガス設備ではボンベが倒れる、コンプレッサーの位置移動などがあった。東日本大震災(2011年)は津波・原発被害・停電があり、何らかの不具合は訪問できた199院中46院で、オペ室の破損やボンベ倒壊があった。ボンベの倒壊が少なかったのは阪神淡路大震災の教訓から、ボンベのチェーンを2段掛けにするなどの対策があったためと思われる。

医療用酸素の緊急対応として、新潟から東北各地にVSU(高効率小型液化酸素窒素製造装置)でつくった酸素をローリーで運び、長野がこれをバックアップする体制をとった。阪神淡路大震災では道路規制で供給が遅れたが、東日本大震災のときは震災後3日で酸素を届けることができた。医療関係の輸送・点検作業に緊急通行証が発行されたことも功を奏した。

医療ガスの供給に関する協定は2014年に全都道府県と日本産業・医療ガス協会(JIMGA)との間で協定締結を完了した。

熊本地震(2016年)は2度の揺れ(前震・本震)の被害があり、3日間で点検できた73病院中、配管設備の不具合は2院で、ボンベやLGC(液化ガス容器)の倒れ、ガス漏れも見られた。

北海道胆振東部地震(2018年)ではブラックアウト(全地域停電)が起こり、病院点検の後、在宅酸素療法用の小型酸素ボンベの供給が重要課題となった。従来の酸素供給は各地域1日500本だったが、旭川市で2日間に3000本、札幌市で2000本を供給した。不足に備え、JIMGAを通じ、厚労省から産業用ボンベ使用許可ももらったが、実際には使わずに済んだ。ローリーを本州からフェリーで輸送するという超法規的な方法も検討されたが、実際には行われなかった。

エア・ウォーターでは、医療ガスの供給体制を、従来の大型VSUを拠点に各地に送る方式から、各地に小さな拠点を作る方式に変えた。このほうが、どこが災害発生地点でも対応しやすいうえ、平時のローリー移動距離が短く、温室効果ガスの削減にも貢献する。

災害から得た教訓

この間の地震・災害を振り返ると、広範囲・長期間の停電など、想定外の事態が続いており、今後は「想定外だった」は通用しないと考える。設備面の対策に加え、あらゆることを想定したマニュアルの整備、それに基づく訓練が必要だ。しかし、災害訓練を実施していても、訓練を日中に行っている病院が多い。東日本大震災以外の大地震が早朝・深夜に起こった事を考えても、医師・看護師はじめ職員が病院に出て来られないことも想定した訓練が必要だ。

これまでの教訓として、各病院での医療ガス設備対策については以下を提案したい。今すぐやるべきこと・できること(緑字)と、改修・新設工事のときにやってほしいこと(青字)がある。

「医療ガス設備面の対策(1)」(岡田正氏提供)
「医療ガス設備面の対策(1)」
(岡田正氏提供)

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「医療ガス設備面の対策(2)」(岡田正氏提供)
「医療ガス設備面の対策(2)」
(岡田正氏提供)

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今すぐやるべきこと、できることの一つがボンベの転倒防止である。丸い容器(ボンベ)は揺れで真ん中に集まるため、マニフォールド室ではたくさんのボンベを大くくりにしないこと、まとめるときは多くても2本までにし、ベルトやチェーンで、上下2カ所をくくる。機械室の水封式吸引ポンプの水の確保、遮断弁の操作マニュアル整備、遮断弁のサービス区域を図解で示しておくことなど、今できることは必ずやってほしい。

手術室やICUなどの重要な区域には緊急導入口付き遮断弁を設ける。供給源でトラブルが生じた際、あらかじめ緊急導入用のボンベ、ホース、レギュレーターを用意しておくことで、その区域に供給することができる。その区域の使用していないアウトレットから逆送することも可能である。ただしこれは訓練していないと絶対に使えないので、必ず訓練してほしい。

津波対策と水害対策は共通する。CE(定置式超低温液化ガス貯槽)対策として予備マニフォールドを2階以上に設置する、切り替え用遮断弁も2階以上に設置する必要がある。停電対策としては自家発電装置を設けること。機器に応じて、冷却水の備蓄、燃料の備蓄が必要であると同時に、燃料をエレベーターで上げられるように自家発電稼働のエレベーターの設置が必要だ。

自家発電装置は燃料の種類、備蓄量の確認を行っておく。自治体や各病院で移動電源車を配備していただけるとよい。無停電電源装置(UPS)はまだまだ医療機器には使えないものが多いが、近年、医療用UPSも増えてきたので、重要な施設にはこれを置いてほしい。

日常点検で重要な残量確認

「設備の維持管理上重要なこと」(岡田正氏提供)
「設備の維持管理上重要なこと」(岡田正氏提供)
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設備は日常点検をしっかりやってほしい。点検時は高圧ガス容器の圧力や液面計の値を確認し記録していると思うが、記録した数値を必ずグラフ化してほしい。 これにより、自施設のガスの使用量の傾向がわかり、災害のとき、あとどのくらいガスが使えるかが一目瞭然だからだ。ただ、災害時には在宅酸素療法の患者も来るなど、使用量が大幅に増えることも想定する必要がある。

「医療施設におけるBCPと医療ガス」

武田純三氏(慶應義塾大学名誉教授)

武田純三氏

武田純三氏

医療ガス単独のBCPは存在せず、病院全体の中で考えることが重要である。

一般企業では、災害が起こると業務はいったんゼロになり、そこから回復するが、医療機関は災害が起こると機能は一時停止するが、30分~1時間の間に急速に医療需要が増える。これが他業種と違うところである。急性期医療に携わる者にとっては、ここをどう乗り切るかが非常に大きなポイントである。医療ガスは電気や水道と違い、外部から定期搬入しているため、備蓄が不可欠だ。

災害時に病院において想定される状況

災害時の医療ガスの対策については、私も作成に関わった「医療ガスに及ぼす震災の実態と対策」を本学会のHPに教材としてまとめている。

「災害で起きる医療ガストラブル」(日本医療ガス学会HPより転載)
「災害で起きる医療ガストラブル」
(日本医療ガス学会HPより転載)

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「災害時の対応」(日本医療ガス学会HPより転載)
「災害時の対応」
(日本医療ガス学会HPより転載)

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この教材で各項目について解説しているが、これだけやっておけばいいというものではない。

(3)酸素備蓄量は、近年、高流量酸素を使うNPPV(非侵襲的陽圧換気)が増え、一日の酸素使用量が増えているため、開院時に設計した貯蔵量に7日分と書いてあっても、7日もたない可能性がある。自院の通常使用量に基づき、備蓄する必要がある。

(4)の「予想酸素使用量の把握」は、在宅酸素療法が健康保険の適用になって以来、患者が急速に増え(約17万人)、停電時はこの患者も酸素を求めて来院する可能性があるため、使用量見込みに入れておく必要がある。

(6)の「酸素の節約」、(7)の「酸素途絶時の対応」は切実な問題である。限られた酸素と電力で酸素提供をしなくてはならず、重症患者さんを守るにはどこを節約するか。あるHOT(在宅酸素療法)センターでは、電力不足を考え、災害時に供給してもらった濃縮機を一部しか稼働させなかった例がある。

平時にどこまで考えられるか

これらの問題は、各病院が解決しなくてはならないのか、行政が解決すべきなのか、答えはすぐ出ないが、災害が起これば必ず出てくると予想される。平時にどう対応するかを決めておくことが大切だ。

停電対策として家庭用発電機が普及しているが、北海道の地震では、エンジン式の発電機を室内で回して一酸化炭素中毒がたくさん出て、病院の高圧酸素室が必要になるという逆転状態が生まれた。帰宅困難者を全員、避難所や病院に収容できるのかという問題、また老健施設や老人ホームなど高齢者施設への酸素供給体制の問題など、検討課題は残っている。

本学会では、「医療ガス安全管理研修 システム(e-ラーニング)」をHPにおいて公開している。日本専門医機構の専門医共通講習「医療安全」の単位も取得できるので、多職種のスタッフに受講してほしい。

「医療ガスの切り口から、BCPを考える」

中尾博之氏(岡山大学大学院 災害医療マネジメント学講座 教授)

BCPとは何か

中尾博之氏

中尾博之氏

事業継続計画(BCP)とは、営利活動において、顧客に絶え間なく、早期に業務を再開・継続できるようにするというもので、営利活動の一部である。レジリエンスは、船が傾いたときに揺り起こすというのが語源で、レジリエンスの働きをするのがBCPである。災害対策マニュアルは、災害が起きた直後に目の前の火の粉を振り払うというもの。これに対し、BCPは再開から事業継続までを視野に入れる点で違いがある。

阪神淡路大震災では最初の3日は外傷の人が多数、医療機関に来たが、それ以降は避難所などでの生活の中で、薬がない、体調を崩したなど、二次的な要因で一般クリニックを受診した。南海トラフ地震のような大災害が起きた場合の医療は、地域住民の健康な生活まで考える必要があると考え、私は「ヘルスケア継続計画」という言葉を使っている。

医療におけるBCPの基本構造は、事業の目的、範囲、組織化ができているか、情報の収集、分析の5つから成る。最も重要なのが、BIA(business impact analysis=ビジネスインパクト分析)の部分である。盾と鉾の関係で見ると、組織の脆弱性を下げるには、鉾(災害)の大きさは変えられないため、盾の部分を強くする必要がある。これを医療ガスで考えると、備蓄とその後の供給の問題を解決することが最も重要である。

供給では東日本大震災で起こったガスボンベ不足、陸上搬送のトラブルや、通信障害により供給の連絡ができなかったことなどを踏まえ、対策が必要だ。各病院は優先供給の災害協定を結んでいるが、大災害のとき、Aという病院とBという病院、どちらが優先されるのかという問題もある。東日本大震災のとき、自衛隊が酸素ボンベを持ってきたが、規格が違って大量のボンベがあるのに使えなかった。ボンベには「ヨーク型」「ドイツ型」のボンベがあり、病院は主にドイツ型、自衛隊ではヨーク型が使われており、接続部分や減圧調整機も異なる。末端のコネクターも3種類あり、いくら自衛隊や消防が酸素ボンベや人工呼吸器を持ってきても、接続ができない場合があり得る。

本当に使えるBCPか?

「医療ガスに関るBIAを考える」(©中尾博之氏)
「医療ガスに関るBIAを考える」
(©中尾博之氏)

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「想定・首都直下地震」(©中尾博之氏)
「想定・首都直下地震」
(©中尾博之氏)

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首都直下型の震度7の地震が1月の朝7時に起きたと仮定する(スライド参照)。このような想定で、500Lの酸素ボンベが仮に200本確保できたとして、院内の人工呼吸器の使用者が10名、PCPS(経皮的心肺補助装置)の装着者が1名、その他もろもろで使用者が20名という場合に、どんな対応をするか。職員は、酸素の備蓄量と使用量を分析して優先順位を考えなくてはならない。

残念ながら、現在、災害拠点病院が厚労省や各自治体に提出しているBCPは、ある想定の下での対応であるため、こういう極端な事態になると使えない。数学の問題を解くときに、答えだけ覚えていて、解き方を覚えていないのと同じことだ。情報収集と分析を行い、組織間の連携を持ち、最終的に対応するという考え方を学んでおかないと、シナリオが変われば対応できなくなる。

組織間連携を行うには、教育訓練が重要である。特定の職員、職種の人たちが自分たちのわかっている範囲で訓練をしても効果が低い。トヨタ方式のように、他職種の人たちと、一緒に考える組織間学習をする必要がある。大災害では、日頃接しない部門とさまざまなリソースを分け合わなければならず、どの部署も自分たちに有利に解決したい気持ちが出るが、訓練でそれを話し合える関係を作っておくことが重要である。

シンポジウム 討論

座長・野見山延氏(湘南鎌倉病院手術医療センター)

野見山延氏

野見山延氏

野見山
首都直下型地震と東南海地震の発生を想定して、2017年から日本の災害対策方針は変わったように思う。2017年の災害医療学会では厚労省の出席者から、これからは3日間でなく7日間は自力で医療を継続できるようにしてほしいという発言があった。DMAT(災害派遣医療チーム)も医療物資も、応援スタッフも7日間は来られないと。自衛隊も政治情勢の変化で今までのように災害援助にすぐ来てくれないだろう。東南海地震では、どんな事態が想定されるか。
岡田
当社の酸素供給施設は日本海側に2カ所、九州に3カ所あり、東南海地震ではここが被害を逃れ、活動できると思う。
中尾
大災害では一施設毎に対策を考えるべきではなく、地域を一つの大きな病院と見立てて、重傷者を地域のICUに集中し、そこに酸素を送るという体制作りが急がれる。また、トリアージについても、予後が非常に悪い、酸素を大量に使う患者さんと、予後が悪くない患者さんでどちらに酸素を使うかなど、いろいろな場合を考える必要がある。
野見山
災害時にいちばん大きな病院が残るとは限らず、残った病院の機能や稼働性を把握できる体制が整っていないと、災害コーディネーターが判断を下せない。医療ガスのトリアージ問題も検討が必要だ。
武田
地域全体でBCPを考えることが非常に重要であり、平常時から連携をとることが、災害時に生きてくる。
取材:山崎ひろみ
カテゴリ: タグ:, 2019年12月13日
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