近年、地震や水害など災害が相次ぎ、医療機関や医師会は災害対策に取り組んでいる。だが、個々の病気に即した患者対応まで踏み込んだ対策は立てられているだろうか。2019年6月1日、静岡県の掛川市・袋井市病院企業団が経営する中東遠総合医療センターでは、糖尿病患者対策にスポットを当てた「災害への備え」の講演会が開かれた(中東遠糖尿病療養指導研究会と6社の製薬会社との共催・協力)。
演題1「災害時の掛川市の医療体制
~糖尿病に着目して、個人の準備の必要性~」
水野 正幸先生(掛川市危機管理部 危機管理課)
水野 正幸先生
掛川市は山、海、川、平野を有する人口約12万人の都市で、想定される災害は地震、津波、土砂、洪水、原子力(浜岡原発)、大規模火災と種類が多い。市の防災計画はこれらに備えるものになっており、医療救護計画もその中にある。
災害時の医療体制は、各中学校に設置される「初動時救護所」、決められた病院等に設置される「二次救護所」、そして「市の救護病院」となる中東遠総合医療センター(県災害拠点病院)の3つの機能に集約される。計画では震度6弱以上の地震が発生したとき、市の開業医、歯科医、薬剤師は一斉に初動時、二次のどちらかの救護所に集合し、3日間、救護に当たることになっている。つまり、この規模の地震が発生したら、市内のクリニックや薬局は閉鎖され、通常の診療は受けられないということ。救護所ではSTART式トリアージ(歩行、呼吸、循環、意識を短時間でふるい分ける)を行う。
医薬品や医師の移動は、BRN(バイクレスキューネットワークかけがわ、会員200名)がアマチュア無線を搭載したバイクで搬送する。災害時要配慮者(身体障害者や要介護認定4以上など)で在宅の人は約2500人いるが、同意を得た1500人余の名簿は地域で把握し、希望者の個別避難計画を作成し、きめ細かい支援ができるよう備えている。
防災の大原則は「自助・共助・公助」で、その割合は7:2:1であるべき。市民には自分の身を守るために、寝るときに枕元に靴やスリッパを置き、災害時・避難時のけがを予防することや、食糧とともに常備薬・処方薬も備蓄しておいてほしいと呼び掛けている。
演題2「糖尿病患者の救急搬送と災害時のトリアージ」
松下 智光先生(袋井消防署森分署 救急救命士)
松下 智光先生
袋井消防署の救急出動件数は2018年で3706件、搬送人員は2855人だった。
救急救命士が行える特定行為は、以前は心肺停止傷病者のみに対する気道確保などだったが、2015年の法改正で心肺停止前に行える処置が加わった。緊急に必要な処置としては、(1)ショック状態の傷病者に対する静脈路確保及び輸液、(2)低血糖症病者に対するブドウ糖の投与である。(2)は糖尿病患者への処置で、救急隊が特定の病気に対して処置をするのは糖尿病のみである。
袋井消防署では2016年から(1)(2)の運用を開始した。低血糖症病者へのブドウ糖投与件数は認定救命士の増加とともに増え、2018年で資格認定救命士は19名、特定行為には当たらないが、ブドウ糖投与の前に行う血糖値測定は年間76件、うち13件にブドウ糖投与を行った。意識レベル低下傷病者に対する血糖測定の適応除外となるのは、くも膜下出血が疑われる患者である。
災害時のトリアージにおいては、糖尿病患者は現病歴があっても、歩行可能なら「緑」(待機)に分類される。そのため、自分の病状、食事、インスリン、服用薬の情報をしっかり把握し、家族との情報共有を行っておくことが大切だ。いざ、意識レベルが低下してトリアージで黄色や赤に分類されたとき、的確な情報が医療関係者に伝わるようにしておいてほしい。
演題3「災害時の糖尿病患者のトリアージと看護師の役割」
岩本 昌規先生(中東遠総合医療センター救急救命センター 救急看護認定看護師)
岩本 昌規先生
災害現場では一次トリアージ(START式)でふるい分けをし、その後二次トリアージ(PAT法)で精度を向上し、治療の優先順位を決定する。二次トリアージは、どこがなぜ悪いのかを生理学的、解剖学的に判断するもの。患者の病態は刻一刻と変化するので、トリアージは何度も繰り返し行う必要がある。
災害時の健康被害は、ストレスによる睡眠障害・交感神経亢進状態、ふだんと違う食事(おにぎり、弁当などの炭水化物、塩分が多い)、寒冷・脱水・身体活動低下などによる血栓傾向助長など様々で、糖尿病患者の身体にとっては悪いことが多い。
通常の食事・運動療法、薬の継続などができない状況に陥りやすいため、災害時は「著しい高血糖や低血糖を避けること」を第一目標とする。血糖値は普段より高めの150~200mg/dlに設定し、食事摂取量に応じた薬剤調整、シックデイ(感冒、嘔吐、下痢など)の予防、脱水の予防、簡易血糖値測定の継続が必要だ。これらが、災害時にできるかどうかは、平時の備えや、医師・看護師からどれだけ指導されているかによって結果が分かれる。
日本の避難所は水道やトイレ不足・狭いなど、ハード面が立ち遅れている所が多く、療養環境に適しているとは言えない。その中で、患者とコミュニケーションを図りながら生活全般の指導をするには、看護師の果たす役割が大きい。
- 食事は次にいつ配られるか分からない状況や、支援物資だからという理由で、残さず食べる人が多く、食事指導が必要になる。
- 糖尿病患者には視力障害を伴った人がいるので、避難所のトイレの表示方法を分かりやすくする、手すりの設置などの対策も必要となる。
- 血糖値の上昇を予防するために、その場で出来る簡単な運動や水分補給を指導する。
- 感染予防のために、擦式消毒薬やウエットティッシュ、うがい薬、マスクなどを活用し感染予防をする。また、可能な限り清掃や換気などの環境調整を行う。
日本糖尿病教育・看護学会編「災害時の糖尿病看護マニュアル」は必見であり、ダウンロードして活用してほしい。
演題4「災害時の糖尿病診療 ~熊本地震を経験して~」
西田 健朗先生 (熊本中央病院 内分泌代謝科 部長)
西田 健朗先生
災害発生直後の対応
2016年の熊本地震では、前震(震度6弱~7)、本震(震度6強~7)、その後長く続いた余震(震度5程度)で大変な恐怖とストレスに見舞われた。
4月14日の前震で、院内にはすぐに災害対策本部が立ちあげられたが、翌日解散。16日未明に本震が来て、急患と避難者200人以上が病院に集まった。17日から救急対応、18日から通常診療になったが、学校が休校のため、病院スタッフの子どもの臨時託児所を開いて、診療を続けた。(直後の院内の様子は病院HPを参照 https://www.kumachu.gr.jp/sys/1560)
糖尿病患者には、インスリンが持ち出せずに、翌日、診療所でもらえた1型の患者、インスリンは持って避難したが、血糖測定器は持ち出せず、低血糖(来院時63mg/dl)になっていた患者、インスリンを持って避難したが避難所では恥ずかしくて打てないという2型の患者(来院時306mg/dl)などがいた。避難所は最初の1週間、段ボールの仕切りもなく、初動で土足厳禁としなかったため、土足の状態だった。
糖尿病の患者は災害弱者
当院の外来患者の低血糖・高血糖を調べると、明らかに地震を境に悪化した。とくに低血糖が増えた。県内全体の後期高齢者の入院数から調べたデータでは、糖尿病ケトアシドーシス(インスリン不足が原因で起こる)が昨年の約5倍、低血糖が1.7倍だった。最も高いのは深部静脈血栓症で16倍だった。
当院の腎臓内科には透析のため紹介されてくる患者が多いため、紹介されてから透析導入までの期間を調べたところ、地震の2016年は、紹介されて1か月以内で透析に至った人が前年の15%から30%に増えていた。このことからも、地震が起こると、糖尿病だけでなく合併症も一気に進行する患者が多いことがわかる。糖尿病の患者は災害弱者と言えるだろう。
患者へのアプローチを開始
東日本大震災後の対応にならい、情報提供が必要と考え、熊本大学病院に電話相談窓口を開いてもらった。インスリンは開封後は常温で28日間保存できることを知らず、避難所に冷蔵庫がないから使えないと考えている患者など、インスリンや内服薬の使い方がわからない患者にむけ、製剤の写真入りで使用法を説明するパンフレットを製作した。また、熊本県医師会の中にある熊本県糖尿病対策推進会議に働き掛け、JMAT(日本医師会災害医療チーム)の一員として熊本糖尿病支援チーム(K-DAT)を設立し、23日から被害の大きかった益城地区で避難所訪問を開始した。物品リストは実践の中でまとめたもの。避難所でとくに必要とされたのは血糖測定器や測定用チップ、針廃棄ボックス、ブドウ糖だった。スタッフ側で困ったのはボランティア保険の加入手続きが平日昼間にしかできなかったこと。看護師に代理で手続きに行ってもらったが、加入後1年間有効なので、平時に加入しておくことの大切さを痛感した。
避難所に行く前に告知して、車中泊の人や自宅に片付けに戻っている人にも面談を呼び掛けた。面談では食事、運動、薬に関するアドバイスのほか、避難所が土足厳禁になった後はだしの人が多かったため、足のチェック、ケアなどを行った。県外からのボランティアのサポートもあり、1か月で660件余りの相談を受け、その3分の1が糖尿病の相談、他の疾病の相談も多かった。避難が長期化したことから、食事面では野菜不足、たんぱく質不足が徐々に深刻化した。薬の不足に対しては、災害時移動薬局車両(モバイルファーマシー)がインスリンや糖尿病の内服薬も運んでくれたので非常に役に立った。インスリンメーカーがインスリン供給の体制を立ててくれているのも助かった。
糖尿病災害対策、患者にどう伝えるかがカギ
熊本地震から得た教訓として、災害対策は自分・家族の備えをベースに、患者、病院、地域、広域の全レベルで行うことが重要だと考える。患者に対しては、災害発生後3日間(超急性期)の目標と、その後1週間目(急性期)の目標を分けて考え、「超急性期においてはインスリンの中断を避けるため注射針を複数回使用することもやむなしとする」など、災害時の対応策を患者に伝える必要がある。
また、伝達方法までふくめて準備しておくことが重要と考え、現在、平時から災害に備えて活動し、災害時はすぐに動ける糖尿病医療支援活動のワーキンググループを構築しているところである。東北支部と九州支部が先行して活動を始めており、(1)インスリン依存の患者の登録・ネットワーク構築、(2)Dia-MAT (糖尿病医療支援チーム)の認定・登録のシステム化、(3)各県の連携窓口づくりなどを行っている。九州では1型糖尿病患者の情報を共有するネットワークの構築を進めており、熊本では1型患者会や熊本糖尿病教育看護研究会メンバーにはLINE@でスマホに情報が届くシステムを作った。
災害時の具体的な対応については、日本糖尿病学会編の「災害時糖尿病診療マニュアル」を参考にして頂き、平時から災害に備えることを呼び掛けたい。