パネルディスカッションの様子
「クリニカル・ガバナンスの確立を目指して―質・安全学を基軸とする医療への移行―」をテーマとする「第13回 医療の質・安全学会学術集会」が2018年11月24、25の両日、名古屋国際会議場で開かれた。過去最高となる46の企画演題と496の一般演題が集まった今回の学術集会は医療現場における患者安全に狙いを定めたプログラムが数多く取り上げられた。パネルディスカッションの一つである「医療の質向上につながるインフォームド・コンセントの枠組み」では、大学病院の現場で医療安全に携わる関係者がそれぞれの立場から意見を交わした。
「松竹梅方式」から「ソムリエ方式」に
「患者さんに『よくわかった』と言ってもらうために必要なこと」
佐藤恵子(京都大学医学部附属病院 医療安全管理部)
佐藤恵子氏
インフォームド・コンセント(IC)は「患者本人が医療行為について正しい説明を受け、十分理解した上での選択・同意・拒否」と定義されている。しかし、ICがなんのために必要か、何をどう説明すればよいのか、素人に理解できるように説明するにはどうしたらよいか、といった肝心なところが医師に理解されていないのではないか。
そう考えると、医師にICの定義と、何をどうするかのプロセスを理解してもらわなければならない。患者・家族向けに「読んだだけで分かる」ような文書などのツールを準備して渡すことも求められるだろう。
ICの根拠は「自己決定権」と「知る権利」にある。どちらも基本的人権に含まれる。自己決定権は、対応能力のある成人には自分の身体・財産について他人に危害を及ぼさないかぎり、たとえ本人の利益にならなくても自分で決める権利があるということ。知る権利は文字通り、自分のことを自分で決めるために必要な情報を知る権利があるということだ。だから、医師はこれからやろうとする医療について、患者に理解できるように説明する義務がある。
では、患者は「何を」決めるのか。多くの患者は実際に「自分で決めろ」といわれても、医学のことは難しすぎてよく分からない、治療法を並べられても決められない、という状況での判断を迫られる。大切なのは、患者が決めるのは「治療法」ではなく「予後も含めた生活全体」であるという捉え方だろう。
ここでは、治療方針を決める際には、患者と医師でそれぞれにしかできない役割を分担することになる。すなわち、患者は「目的」を選ぶ。目的とは治療を受けてどんな生活がしたいかということだ。もちろん、答はその時々の患者の中にしかない。そして、医師は「方法」を選ぶ。それは患者の価値や希望を最もよく実現する治療方法ということであって、医師がやりたいことをやるのではない。また「患者が希望したことをそのままやる」のが「自己決定権を尊重する」ことでもない。
合意に至るまで、寄り添い、一緒に考える
例えば、乳がんで手術を受ける患者に対して「あなたは乳がんで、手術が必要です。しこりと周りを取る温存術か、乳房全部を取る全摘術になります」と医学的な情報を伝えた後で「どちらにしますか、決めてください」とメニューの松竹梅を選ばせるように迫るのは賢明な方法ではない。患者は「素人ですから分かりません」としかいえないし、突き放された感じを抱いてしまうからだ。
医学的な情報を伝えた後に必要なのは、患者の価値を聴かせてもらった上で「あなたは胸のふくらみを残したいとのことですし、場所もよいので温存術がよいと思います」といった提案をすることだ。そうすれば患者も「私もそれがよいと思います」と気持ちを伝えることができる。つまり、患者が治療法を決めるためには、患者の価値を最もよく実現する方法を提示することが必要となる。
しかし、往々にして、実際のICは「松竹梅のどれにしますか」という医師の問いに「では、竹で......」と患者が答える図式がまかり通っているのではないか。
医師としてすべきことは、まず客観的な医学情報を伝え、患者の価値観や社会的な役割に耳を傾け、それに合った治療法を提案し、話し合って合意に至るという流れを作ることだと思う。肝心なのは治療法をどれにするかということよりも、納得のいくまで「一緒に考える」ことだ。
したがって、医師の役割を要約すると「まず説明し、価値を問いかけ、提案し、対話を通じて合意に至る」ことになる。「説・問・提・合」と覚えもらうとよいかもしれない。
「全体像=あらすじ」が浮かぶように話す
ソムリエ方式が目指すのは患者の価値の共有とその実現だ。松竹梅のように丸投げするなら対面の意味はない。患者は、自分の価値を共有してくれたからこそ、医師を信頼しようという気持ちにもなる。たとえ、治療がうまくいかなくても「あの時、先生と一緒に十分考えて決めた」と思えれば、それが「良い選択」となる。だからこそ、価値を共有し、納得してもらうことが絶対に必要だ。
では、患者に理解してもらうには「何をどう」説明すればよいのか。要点は治療の全体像=あらすじが把握できるように説明することだ。手術の方法を詳しく1時間話しても患者には意味がないばかりか、話をしたことにもならないので、単なる資源の無駄に等しい。患者が知りたいのは手術法の詳細ではなく、自分の生活がどうなるのかということだ。
一般的に、聞き手が分かったと感じるのは話し手の頭にある全体像=あらすじが聞き手の頭にも浮かんだ時だ。そのためには、あらすじを論理的に物語ることが重要である。例えば、何についてどうするかを話し、それはなぜか、具体的に何をするのか、その結果どうなるのか、と相手の腑に落ちるようにすることが大切だ。患者に理解してもらうためには、このような論理を立てて全体像が分かるようにした説明文書を渡す一方で、医師には説明手順や内容を標準化した標準業務手順書(SOP)を準備することも効果がある。
ICが真にその目的を果たすためには医師がその定義とプロセスを理解して実践することが大切だ。そのツールとして、患者が読んだだけで分かるような文書を準備することや、説明方法をシンプルにすることも有益だろう。患者にやってもらわないといけないことがある場合などには、無用の間違いや事故を防ぐのに役立つはずだ。
患者の選択に必要な「熟慮」への説明
「患者さんの熟慮期間について」
北野文将(名古屋大学医学部附属病院 医療の質・安全管理部、弁護士)
北野文将氏
最高裁は「医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には、患者がそのいずれを選択するかにつき熟慮の上、判断することができるような仕方でそれぞれの療法(術式)の違い、利害得失を分かりやすく説明することが求められるのは当然」(平成13年11月27日)という判断を下している。
例えば、がんの治療にあたって、
- A術式、B術式、C術式の選択
- 手術をする、しないの選択
- 化学療法や放射線治療の選択
- 治療を受ける、受けないの選択
――など、患者の選択に際しては、患者の「熟慮」に必要な説明が求められる。単純に患者にどれかを選ばせるのではなく、佐藤先生が提言されたソムリエ方式による説明が求められるということだ。
名古屋大学医学部附属病院ではインフォームド・コンセント(IC)の際、患者に対して次のような説明を行う。
- 患者の病名、病状
- 治療や検査の必要性、この治療や検査を受けなかった場合の予後・影響
- 治療や検査の内容及びその方法、対象となる身体の部位(左右、上下など)
- 治療や検査の一般的な経過・予定と注意事項
- 鎮静について(鎮静の方法、鎮静に伴う危険、合併症、問題点など)、疼痛について(予想される痛みの種類、強さ、対応方法など)
- 期待される効果、成功率
- 予想される危険・合併症・副作用と対処方法
- 他の治療方法の有無、比較(長所、短所)
- 他の治療方法の選択の自由について
- セカンドオピニオン
- 同意はいつでも取り消せること
- 遠慮なく質問いただけること
- 費用について
この際に大切なのは単なる説明の並列ではなく、重み付けをするということだ。重み付けは当然のことながら、患者の求めるものや価値観などで異なる。
入院前の外来時が望ましい、説明の時期
群馬大学医学部附属病院医療事故調査委員会報告書は説明の時期について、次のように提言している。
「入院期間の短縮によって、手術のための入院が手術前日や前々日になっているのが現状である。このため、患者が自己決定をするために十分な熟慮期間を確保する意味で、情報提供を行うにふさわしいタイミングは、入院前の外来ということになる。手術を受けるか受けないか、まだ後戻りできる時期に、医師は他の治療方法との利害得失やリスク情報等についてもよく説明し、十分な熟慮期間を経て方針が決まるといったようにしなければならない」
患者の利害得失につながる熟慮期間に関する裁判例は少ない。「検討期間」「検討時間」「熟慮期間」「熟慮」などと「説明義務」をキーワードとして組み合わせて「Westlaw JAPAN」で検索した2例を紹介しよう。
第1の判例は肺がんの治療に参加した患者が治験薬投与から約1カ月後に死亡し、遺族が治験薬の投与及び説明に関する注意義務違反を訴えたものである。
この患者は学歴や社会的地位が高く、高度の理解能力を有していた。投薬の効果や副作用、代替手段の説明があったと認定された。患者と医療者との間にいくつかの問答があったことも認定されている。治験の手続きに関する十分な説明もあった。説明後に説明書を交付し、持ち帰って読んだ上で、納得すれば署名するよう1週間の熟慮期間を与えた。
裁判所はこの熟慮期間に着目し、説明義務違反はなかったとして、損害賠償を認めなかった(大阪地裁、平成23年1月31日)。
単純な時間的経過では判断できない「熟慮」
第2の判例は脳動脈瘤を有する患者がコイル塞栓術を実施したところ、脳梗塞により死亡したものである。当初は開頭手術の予定で、患者も開頭手術を希望していた。しかし、手術2日前のカンファレンスで開頭手術が困難と判明し、同日改めて説明がなされた。患者は手術前日にコイル塞栓術に同意した。
患者は手術前日に外泊から戻ってきたところ、夕方にいきなり開頭手術に伴う問題点が判明したことを伝えられた。手術直前の慌ただしい雰囲気の中で30~40分程度の説明を受けただけであった。患者は開頭手術とコイル塞栓術のいずれかを選択するのかを問われ、その日のうちにコイル塞栓術を受けることを承諾した。
いずれの手術も受けずに保存的に経過を見る方法の当否について改めて検討する機会を与えられたとはいえない。開頭手術とコイル塞栓術のいずれを選択するのか、いずれの手術も受けずに、保存的に経過を見ることとするのかを熟慮する機会を改めて与えられたともいえない。熟慮の機会を与えなかったことについて、これを正当化する特段の事情があるとは認められない。東京高裁(平成19年10月18日)はそのように判断した。結果的に説明義務違反に基づく損害賠償が認められた。
2つの判例において、患者が「熟慮」できたか否かはさまざまな考慮要素を考えて判断されている。患者の理解能力や行われる治療行為の複雑さ、説明された内容、医療者と患者との間のやり取り、熟慮することのできる期間など、判断のよりどころは多岐にわたる。それだけに「熟慮」できたか否かは単純な時間的経過では判断できない面がある。
患者に判断能力があり、しっかりとした説明がなされれば、説明書を渡してから自宅で1週間考えてくる時間がある時は「熟慮」できたと判断される。一方、それまで考えていた手術方法を変更する決断をするにあたっては、手術前日の30~40分の説明後すぐに決断をさせては「熟慮」の機会を確保できたとはいえないだろう。
2つの判例を検討する限り、裁判所は「熟慮期間」について、現状でははっきりとした規範を定立しているわけではない。今後は熟慮期間のあり方も含めて、ICの流れをコントロールする標準化が求められるのではないだろうか。
共通のプラットフォームでカスタマイズ
「説明同意書の標準化は可能か?」
南須原康行(北海道大学病院 医療安全管理部)
南須原康行氏
インフォームド・コンセントの際に用いる説明同意書は、多くの医療機関において、医療機関ごとに作成されている。説明同意書の内容については、医療の進歩や医療事故の発生などにより適宜修正される必要があり、医療機関はその管理に多大な労力を割いている。
説明同意書の内容については、同じ医療行為であっても、医療機関の規模やレベルによって異なる。しかし、大学病院のように同じレベルの医療機関であれば、記載されるべき内容に大差はないと思われる。また、内容が異なる場合であっても、含まれるべき項目や構成などについては大差ないはずである。というよりは、同一であるのが望ましい。
本邦における説明同意書を標準化することは説明同意書の質を上げ、医療者の労力を軽減することにもつながると考える。この際の標準化とは共通のプラットフォームを用いて医療機関ごとにカスタマイズするということだ。
本パネルディスカッション(PD)の演者の所属する3大学病院の説明同意書を比較することによって、標準化の可能性について検討した。まず、手術様式ごとに説明同意書を作成しているかどうかを比較した。
浮き彫りになる各大学病院の考え方の違い
例えば、直腸がんの手術説明書を見てみると、北海道大学病院は「大腸・直腸腫瘍手術説明書」のみである。その中で、予定手術として局所切除術、結腸部分切除術など10種類の手術をチェックボックス形式で例示。手術方式として開腹手術と腹腔鏡補助手術を選ぶようにしてある。
京都大学病院も「直腸がん/肛門がんの手術を受けられる患者さんへ」の一つのみ。術式については自由記載する形式で、人工肛門のあり・なしを選ぶようにしてある。
名古屋大学病院は6種類の説明同意書を用意。「直腸がんに対する開腹下」と「直腸がんに対する腹腔鏡下」に分け、それぞれに「括約筋間直腸切除術(ISR)」「直腸切除術」「腹会陰式直腸切断術」を説明してある。
代替治療(治療しない選択を含む)についても大学病院による考え方の違いが浮き彫りになった。例えば、食道がんに対して、北海道大学病院は、可能な別の治療法とその予後として「内視鏡的治療・放射線化学療法などがそれぞれの病期によって手術以外の標準的な治療になります」と明記し、治療しない選択肢についての記載はない。
京都大学病院は記載そのものがない。
名古屋大学病院は他の治療方法の有無、比較(長所、短所)として詳細に記載があり、治療を行わない場合にどのような経過をたどるかについても記載がある。
同じ有害事象の記載内容を比較すると、例えば、術後の肺血栓・塞栓症(食道がん)に対し、北海道大学病院は「下肢の静脈の血栓(血のかたまり)が肺動脈に飛び、突然死する場合があります(エコノミークラス症候群)。周術期の予防処置(ストッキング・間歇的陽圧装置・抗凝固薬投与)を行ないます。早期離床が予防になります」として肺塞栓症を説明している。京都大学病院、名古屋大学病院においてもほぼ同じ説明が記載されている。
合併症や治療費で対応が分かれることも
予想できない合併症については、例えば食道がんに対して北海道大学病院は「以上に列記した合併症に予測できない合併症・きわめてまれな合併症が併発する可能性もあります」と明記。
京都大学病院は「これらの他にも頻度の低いさまざまの合併症が起こることがあります。合併症を防ぐために、術前にたくさんの検査をしていただき、防止のためにさまざまな努力を行なっていますが、残念ながら完全に防止することはできません。(中略)一般に胃や大腸など一般的な手術の場合、致命的な合併症が起こる確率は1%以下、致命的でない合併症も合わせると15~20%といわれています」としている。
名古屋大学病院は「軽いものを含めると30~40%くらいの患者さんに何らかの合併症が起こります」という説明にとどまる。
合併症に対しての治療費については、直腸がんの場合、北海道大学病院と名古屋大学病院には記載がなく、京都大学病院だけが「合併症に対する医療費については、原則として保険診療の扱いとします」と記載している。
以上のことから、本PDの演者の所属する3大学病院の説明同意書を比較したところ、術式の違いによって説明同意書を作成している施設と、一つの説明同意書内に術式を選択または自由記載としている施設があった。
代替治療、治療しない場合の予後、予想できない合併症についての記載内容は施設間でかなり異なっていた。多くの手術で共通に発生する血栓症の記載については、量・内容ともに施設間での差は小さかった。
合併症に対する治療費について「原則、保険診療として扱う」と記載しているのは一施設のみであった。
取材:伊藤公一