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第40回日本自殺予防学会総会 シンポジウム「医療と自殺予防」

「医療事故調査と医療の安全を考える」をテーマに開かれた研究大会

「自殺対策基本法」制定から10年。2016年5月18日から21日まで、第40回日本自殺予防学会総会と第7回国際自殺予防学会アジア・太平洋地域大会が東京で同時開催され(それぞれ日本自殺予防学会、国際自殺予防学会の主催)、国内外から研究者、医療関係者や電話相談スタッフなど多数の参加者が集まった。21日のシンポジウム「医療と自殺予防」では、医療に焦点を当てた自殺予防対策のあり方が議論された。

「医療と自殺予防」

座長:
大野 裕(一般社団法人 認知行動療法研修開発センター)
演者:
張 賢徳(帝京大学溝口病院精神神経科)
里村 淳(医療法人恵征会 富士見メンタルクリニック)
河西 千秋(札幌医科大学医学部神経精神医学講座)
織田 裕行(関西医科大学総合医療センター)

座長あいさつ 大野 裕(一般社団法人 認知行動療法研修開発センター)

大野 裕氏

自殺予防の取り組みはさまざまな領域から行うことが望ましいが、このシンポジウムでは医療における取り組みに焦点を当てる。厚生労働省の大型研究「自殺対策のための戦略研究」に取り組んだ経験からも、都市部においては特に医療に基軸を置いたハイリスクアプローチが重要ではなかろうかと考えており、本日のご報告に期待している。

参考図表

自殺の実態
「自殺の要因」は、健康問題が最も多い。
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2015/pdf/gaiyou/pdf/1-1.pdf PDF
(自殺白書 p8 図1-15)
平成19年以降の原因・動機別の自殺者数の推移
平成19年以降の原因・動機別の自殺者数の推移
出展:自殺白書 p8 図1-15
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「自殺予防と精神療法」

張 賢徳 (帝京大学溝口病院精神神経科)

診療時の患者のリスク評価が特に重要

張 賢徳氏

自殺予防における精神療法の効果を調べた研究のレビュー論文によると、対象数が少ないことや、観察期間や対象年齢、介入方法が異なることなどの問題があり、どの療法が決定的に効果的かを示すエビデンスは得られていない。

興味深い論文として、患者の自殺事例を分析した報告がある(Hendin H et al ,The American Journal of Psychiatry 2006)。この論文から、私自身が学び得た結論は次のようなものである。

  1. 治療者が頻繁に代わるのは効果が下がり、よくない。代わる場合は引継ぎを十分行う必要がある。
  2. 服薬、入院など、治療の決定権を患者側に与えすぎてはいけない。
  3. 精神療法で性的話題を避けてはならない。特に性同一性障害(Gender Identity Disorder, GID)の患者は自殺率が高いため、性的話題を避けてはならない。
  4. 「自殺されるのではないか」という不安から、過剰な治療に陥らないように注意する。また、危険から目を背けず、治療者自身の不安を克服すべく、同僚や上司に相談する、ケースカンファランスに参加するなどの対応をとる。
  5. 患者の訴えの意味、言外の意味を汲み取ることが大切である。「死にたい」イコール「死ぬ」ではなく、その背後にある意味をどう評価するかが重要。
  6. 精神症状に対し薬を使うべきときは使う。アルコール問題などにも注意を払い、やむをえないときは強制入院も必要である。

自殺予防を念頭に置いた精神療法で特に重要と思うのは、患者がどの状態にいるのか、リスク評価を行うことだ。

最重要因子は「今、死にたいかどうか」である。極端に言えば、100万個の危険因子を持っていても、そのときにハッピーなら自殺には至らない。したがって、治療者は診察で希死念慮の有無を聞くことを習慣化してほしい。そして、「自殺は考えていない」と返答されても、「よかった」では終わらせず、「うつのときは、気持ちが落ち込んで死にたいと思うことがあるが、それは病気のなせる業だから、実行には移さないこと。治療者として全力を尽くすから、来院して治療を続けよう」と患者をつなぎとめる心理教育を挿入する。

死にたいという気持ちがあるときは、遺書を書いているかどうかがリスク評価の一つの判断材料になる。また、遺書もなく突発的に見える自殺も多いため、思考や感情の混乱も大事なリスク評価項目になる。入院などの危機介入をした場合に大切なことは、ケースワーカーを含め他職種の協力を得て、退院して地域生活が可能になるところまで対応することだ。狭義の医学的治療だけでは不十分で、多職種の連携によるさまざまなサポートが必要になる。このような多職種連携は広い意味の精神療法に当たるのではないかと私は考えている。

自殺に至るプロセス(1)
自殺に至るプロセス(1)
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自殺に至るプロセス(2)
自殺に至るプロセス(2)
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希死念慮は、所属感の減弱(疎外感)、負担感の知覚(自分がお荷物になっているという意識)から生まれるといわれている。このような心理状態への働きかけとして、海外では宗教も有効と見られている。日本では治療に宗教を取り入れることはできないが、実生活において、生きがい、役割意識をもてるようにすることが、広い意味で精神科医の役割であると考えている。これも多職種連携の広義の精神療法である。

リスクファクターについては日本精神神経学会のHPから「日常診療における自殺予防の手引き」がダウンロードできるのでこの冊子を活用してほしい。

参照URL
https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/journal/suicide_prevention_guide_booklet.pdf PDF

「埼玉精神神経科診療所協会における自殺調査と自殺予防対策」

里村 淳(医療法人恵征会 富士見メンタルクリニック)

精神科クリニックでは、日常診療そのものが自殺予防である

里村 淳氏

自殺者の多くは何らかの精神疾患に罹患し、精神科に通院しているといわれている。しかし、クリニック患者の自殺について、実態は明らかでなかった。埼玉精神神経科診療所協会(埼精診)は、2007(H.19)年から、会員診療所での自殺の実態調査を始めた。9年間で自殺の症例報告は347例あり、症例検討は60例余りに及ぶ。

埼精診の自殺対策の理念は、「日常診療そのものが自殺予防であり、特別な秘策というものはない」ということである。精神科に来ていること自体が自殺のリスクである。しかし、診療所の場合、患者の自殺があっても症例が少なく、一人の医師が診療しているため、十分な反省や対応を考えにくい。そこで、患者の自殺情報を共有し、実例から学び診療に当てることを目標に実態調査に取り組んだ。多くの会員が参加しやすいよう、調査項目は簡略なものとした。同様の調査を2015年からは上部団体である日本精神神経科診療所協会(日精診)でも行っているが、そちらの調査用紙はさらに簡略にした。

自殺調査項目
自殺調査項目
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調査から次のようなことがわかってきた。全国的に自殺件数が減り、埼精診でも同様である。性別の割合は、警察白書で見る世界および日本の全自殺者数で約7割が男性であるが、埼精診の調査では55%が男性、45%が女性と差が少なかった。年齢分布も一般人口を対象にした調査では40-50台の働き盛りが多いのに比べ、埼精診調査では20-30代の若年層の割合が高かった。診断(ICD-10)は半数以上がF3(気分障害)、4分の1がF2(精神病性障害)、次にF6(パーソナリティ障害)の順だった。F4(神経症性障害など)は、外来の患者数では多いが自殺する人は少なかった。統合失調症(F2)の自殺については埼玉県の精神科病院の調査と比較すると、病院の方がクリニックより割合がやや高いことがわかった。

最終受診日から自殺までの期間は、受診から1週間以内の自殺が最も多く、続いて2週目、3週目の順で、ほとんどは1ヵ月以内という早い段階であることがわかった。日精診の調査でも同様の傾向が見られ、患者の自殺は早い段階に集中している。

自殺までの期間
自殺までの期間
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自殺経路
自殺経路
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最終受診日の処方を調べたところ、投薬は1週間処方、2週間処方より4週間処方と長期処方のほうが多かった。

今回、おそらく初めての調査と思われるのが、自殺の情報経路の調査である。警察からが6割を占め、家族からの連絡が約3割であった。家族からは、「お世話になりました」という謝意をこめた電話が多く、患者との信頼関係が薄ければ連絡もないと思われる。警察からも家族からも連絡がないこともあり、連絡がないからといって自院の患者に自殺者がいないという意味ではないことがわかる。

自殺手段は縊首(主に首つり)が多く6割前後。一般には過量服薬が多いと誤解され、そのように報道されたこともあったが、クリニック患者の自殺手段は飛び降り、過量服薬、列車への飛び込み、と分散する傾向があり、過量服薬による自殺は8.9%しかみられなかった。埼玉県の救急医療機関の自殺未遂の調査で向精神薬とその他の薬剤による過量服薬がほとんどであるのとは、異なる。自殺企図があった患者は約3割でそれほど多くはない。希死念慮や自殺企図は最大のリスクと考えるが、実際はどちらの既往もない人が自殺する割合が高い。それをどうすればいいかが大きな課題である。

この調査結果からわれわれは何を学ぶべきか、次に挙げる。

  1. 診療所の医師は患者の自殺と向き合うことが大事である。そのため、情報を共有し、互いの経験に学ぶ姿勢が必要だ。
  2. 自殺企図がある人の通院間隔は短くすべきだ。

うつ病の場合、通常、1週間処方で精神療法を週1回行う。しかし、初診で患者の希死念慮が強く、よりリスクの高い患者に対しては週2回の通院のほうが安全である。慢性的な希死念慮がある、パーソナリティに問題のある患者に対しては、毎週の受診を勧めることが、関係性を深め、自殺予防に役立つこともある。とにかく、リスクのある人は通院の間隔をあけないことが大切である。

ハイリスク者の自殺対策

河西 千秋(札幌医科大学医学部神経精神医学講座)

救急医療の自殺再企図予防と一般病院内での自殺予防・事後対応

河西 千秋氏

日本の自殺対策は社会的な要因への取り組みが必要であるという位置づけで、基本法成立後、内閣府が主管していたが、今年度から厚生労働省主管になり、主に保健省が主導する西欧諸国と同様のかたちとなった。保健省主導には理由がある。自殺を企図する人の大半は精神疾患に罹患した結果、その行為に及ぶ。慢性、あるいは進行性の身体の病気を持つ人が知らず知らずのうちにメンタルへルス不調から精神疾患に罹患し、自殺に至ることも少なくない。WHOが「自殺は公衆衛生上の最大の課題の一つであり、予防が可能である」と位置づけているように、医療・保健における予防対策が重要である。なお、自殺未遂者は、再び自殺を企図し、死に至るリスクが高いハイリスク群であることが知られている。

私は、同僚と横浜市立大学附属病院の救命救急センターを拠点に2002年から自殺未遂者ケアに取り組んだ。今でも、自殺未遂者が運び込まれてきたら手当てをしてすぐに家に帰すというのが普通に行われているが、それは本来、自殺をするまで追い詰められた人にすべきことではない。私たちは、未遂者に心理的危機介入を行い、精神科的評価、生活問題の評価を行い、心理教育を行い、そして精神科治療と生活支援、地域ケアの導入を多職種によるケース・マネージメント手法で一例一例行った。これが、後に「自殺対策のための戦略研究」(厚生労働科学研究費補助金)の一環として実施された「自殺企図の再発防止に対する複合的ケース・マネージメントの効果:多施設共同による無作為化比較研究」(通称 ACTION-J)につながった。そして、この研究によって、ケース・マネージメントが自殺未遂者の自殺再企図を強力に抑止することが示された(報告は「The Lancet Psychiatry」に掲載)。

一方、一般病院内の自殺予防も大きな課題である。これについては、日本医療機能評価機構が「院内自殺の予防と事後対応に関する検討会」を2010年に立ち上げ、私(当時・横浜市大付属病院所属)が座長を務めさせていただいた。 日本医療機能評価機構の調べでは、日本の自殺の数%が病院内で起こっており、ありとあらゆる診療科で自殺が起こっている。しかし、院内自殺が重大医療事故であるという認識がなく、予防対策が遅れている現状がある。

一般病院と総合病院の自殺
一般病院と総合病院の自殺
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検討会では岩手医大や横浜市大の附属病院での取り組み例などを参考に、院内自殺を予防するための様々なレベルでの取り組みと発生後の対応を学ぶための研修プログラムを作成し、研修事業を行ってきた。特に重要なのは、精神科以外のスタッフが患者のメンタルへルス不調や自殺のリスクに気づき対応すること、医療安全的な視点で予防に取り組むことであり、また自殺事故が起こった際には、当事者である医療スタッフのケアが重要だ。

日本では、自殺率と失業率が並行しているのが特徴であるが、失業率と関係なく安定的に自殺率を下げていかなければならず、そのためには、医療・保健分野でさらに自殺予防対策とその基盤になる研究を着実に進めることが何よりも必要だと考えている。

案内
「平成28年度第1回 院内自殺の予防と事後対応のための研修会」
7月16日(土)-17日(日)
http://jcqhc.or.jp/pdf/event/2016/H28jisatsu_1.pdf PDF

「性的マイノリティと自殺予防 -医療としてできる支援-」

織田 裕行(関西医科大学総合医療センター)

多診療科や地域、外国医療機関との連携も必要

織田 裕行氏

精神科医が避けて通ることが多いのが、性と自殺にかかわる問題だ。性同一性障害(Gender Identity Disorder, GID)に関する大学病院における公的な医療は、1998年に埼玉医科大学において施行された性別適合手術から始まり、2003年に「性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律」が成立、翌年から施行され、一定の条件のもとで、戸籍の性別変更が可能になった。しかし、日本に1万人以上いるといわれているGIDを抱える当事者に対応出来る医療機関は極端に少なく、多くが海外に行くという現状がある。

NPO法人「関西GIDネットワーク」はこうした現状を変え、性同一性障害者が、全国どこに住んでいても同じ治療が安全に受けられるようにするため、GIDの治療と研究、医療従事者の育成、当事者への情報提供と交流の場の提供などの活動をしている。GIDの医療には精神科、婦人科、泌尿器科、形成外科など、科を越えた医療の連携が必要になる。私は精神科医として身体治療判定会議に参加し、5年間で1100件余り、月20件ぐらいの判定にかかわってきた。また、海外で手術を受けた人の合併症や後遺症の治療ができる国内医療機関が少ないため、岡山大学病院ジェンダーセンターの難波祐三郎教授に随伴し、タイ・バンコクの病院に出向いて、対策を要請するなどの活動をしてきた。

精神科医として自殺対策への取り組みは、2001年に関西医大の救命救急センターに派遣されたことをきっかけとして、ACTION-Jにも参加し、大学のある守口市ではケース・マネージメントを中心とした事例検討会を行い、保健所、市役所、医師会、消防、警察などと地域密着型の連携体制を構築し、自殺再企図の予防対策に力を入れてきた。また、2016年1月には、大阪府から委託を受け「大阪府自殺未遂者支援センター IRIS」が当院に設置された。

GIDに対する医療は、自殺予防対策と「環境を整える」という視座に立てば極めて類似している。包括的治療が可能な組織の構築や、学校、自助グループとの連携などを充実させることが、間接的であるが重要な医療支援であると考えている。

用語説明
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性同一性障害の医療と自殺予防
性同一性障害の医療と自殺予防
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座長まとめ

今回の会議では、自殺の要因は国により違い、宗教的な価値観や報告の仕方などの違いから、単純に国際比較することは難しく、実態が正確につかめない面があると感じられた。そうした中で、日本の自殺をどう減らすか、それぞれが情報を駆使し、精神科を中心として医療から予防策にアプローチすることがわれわれの課題である。今後は自殺企図のない患者の自殺予防まで対策を広げる必要がある。

取材:山崎ひろみ

カテゴリ: タグ: 2016年6月20日
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