林昌洋氏
2013年5月29日、株式会社メディカルライン主催のセミナーが都内で開催された。その中から虎の門病院薬剤部長・治験事務局長の林昌洋氏の講演「医療機関における医薬品リスクの最小化と情報活用」の一部をご紹介する。
医療機関における医薬品リスク最小化と情報活用
国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 薬剤部長・治験事務局長
薬学博士 林昌洋氏
チーム医療の推進
平成4年、当時の厚生省薬務局企画課によって「21世紀の医薬品のあり方に関する懇談会」が設置され、翌平成5年に出された報告では、「医薬品の適正使用」とは、まず的確な診断に基づき患者の症状にかなった最適の薬剤、剤形と適切な用法・用量が決定され、これに基づき調剤されること、次いで患者に薬剤についての説明が十分に理解され、正確に使用された後、その効果や副作用が評価され、処方にフィードバックされるという、一連のサイクルであると定義されている。
これを1.的確な診断、2.最適な処方、3.調剤、4.服薬支援、5.正確な使用、6.効果と副作用の評価、7.処方へのフィードバックの7つの過程と捉えると、1と5を除く5つの過程でチーム医療に参加した薬剤師が関与することができる。薬剤療法における医師の負担を軽減する、という意味で薬剤師がチーム医療の推進に貢献できるのだ。
しかし、「チーム医療」と言うのは簡単だが、実際には難しい。オリンピックのように「参加することに意義がある」というわけにはいかない。それぞれの専門分野を生かして分担・連携し、質の高い医療を実現しなければならない。
虎の門病院の取り組み
当院では、入院時持参薬の確認、入院時持参薬の処方評価、ガン化学療法・危険薬・重症感染症治療への必要な援助、病棟での副作用モニタリング、適正使用体制の推進、などを薬剤師が行っている。入院時持参薬の確認とは、以下のようなことだ。
- 面談前準備:患者背景、当院処方歴・前回持参薬・紹介状の把握
- 面談:現品確認、問題点把握
- 持参薬情報作成:持参薬確認表・服薬指示表作成、薬学的考察・処方提案
よって医師は、「服薬指示表」を確認し、「継続・変更・中止」を判断するのみである。
また、当院の「医療の質・安全推進委員会」では、次のようなことを病院として決定している。
- 病棟薬剤師が、アレルギー歴のある薬剤の処方薬にオーダリングシステムでロックをかけ、処方できなくする。⇒その結果、危険な薬剤の処方はゼロになった。
- 病棟薬剤師が、患者の疾患禁忌、入院医療で行う検査・治療に対する禁忌薬の処方変更を検討し、処方指示の案を作成し医師に提案する。
- 病棟薬剤師が、がん化学療法施行患者に、化学療法の有効性、スケジュール、副作用・副作用予防・管理が可能なことを文書で説明し、インフォームドコンセントの補助を行うこととし、薬剤師説明前に、医師・看護師は投薬してはいけない。⇒薬剤師が患者にハイリスク薬について事前に説明することで、医師の負担が軽減される。薬剤師の説明により患者の不安度が減少したというデータもある。
- 医師と薬剤師が共同で開発した鎮静プロトコールをキャンサーボードで承認。「院内医薬品集」に掲載。がんサポートチームの支援が得られることも付記。
- 医師と薬剤師が共同で開発したワルファリン導入プロトコール。INRが速やかに目標値に入り、なおかつ出血リスクが軽減された。
採用薬の追加安全性情報に対しては次のようなことを行った。
ラジレス錠への「禁忌」追加に関しては、使用上の注意が改訂される前に、FDAの措置、EUの措置、改訂の根拠となる論文などの情報を担当MRやJAPICから入手していた。そして、院内処方状況を把握し、院内ブルーレターを発行した。しかし、医師のメールBoxは常にあふれている。紙の情報はなかなか見てもらえない。外来時に話しかけても落ち着いて聞いてもらえない。処方医ごとの患者リストを作成し病棟に戻った医師に直接病棟薬剤師が説明し、納得してもらった。
また、ランマーク皮下注のブルーレターに対しては、使用患者および患者背景の把握と処方提案、全医師への文書による情報提供、処方診療科の部長および担当医師への面談による情報提供、看護師・患者への面談による情報提供、を行い病院規模でリスクを回避した。
信頼される薬剤師
ある日、一人の患者から電話が入り、苦情かと思いながら恐る恐る出たところ、「あの背の高い薬剤師さんを呼んでほしい」と言う。話を詳しく聞いてみると、以前、自身のベッドサイドで医師とその背の高い薬剤師が相談をしていて、医師に対するその薬剤師の助言のおかげで治療がうまくいったのだそうだ。「今回は別の薬剤師が担当するが、問題ない」旨を説明したが、納得しない。「どうしてもその薬剤師に担当してもらいたい」というのだ。
くすりにはリスクがある。例えば、テレビや電子レンジなど家電のCMで「10回のうち1回はうまく動きません」などというものがあるだろうか。ありえない。しかし、薬は何人かに1人には副作用があるのだ。花井十伍さんの言葉を借りると「医薬品は不完全な商品である」と言えよう。だからこそ専門職が英知を集めて治療にあたる必要がある。
「安全」と「安心」は同じように使われることもあるが、実際は相当違う。「安全」の反対は「危険」であり、「安心」の反対は「不安」である。「安心」とは心が安らぐこと、不安・心配のない心の状態である。「安全」であっても「安心」できるとは限らない。不安を取り除くためには患者からのチーム内の信頼が不可欠である。