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医療メディエーションは医療の未来を変える-日本医療メディエーター協会(JAHM)首都圏支部設立シンポジウム報告-

3月9日、東京で日本医療メディエーター協会首都圏支部設立シンポジウムが開催された。医療機関内で発生する苦情や事故の初期対応に力を発揮するとして、院内医療メディエーター(医療対話推進者)のニーズが高まっている。日本医療メディエーター協会は2008年に発足したが、各地に続々と支部が設立され、この日の首都圏支部設立、4月の東北支部設立をもって、全国に支部ができることになる。本シンポジウムは「医療メディエーションの未来」をテーマに開かれ、関東一円から、院内メディエーターや市民が集まった。ここでは、基調講演とパネルディスカッションのパネラー発言から、医療者の発言を中心に紹介する。

院内医療メディエーター(医療対話推進者)とは

メディエーションとは当事者間の対話の場の形成と促進を通して、お互いに納得のいく創造的な合意と信頼の構築をはかる支援をすること。医療メディエーター(医療対話推進者)は、院内での様々な患者と医療者の認知の齟齬や苦情・事故などの初期対応の際に、患者側と医療側の対話の橋渡しをする役割を担う。日本医療機能評価機構で、2004年教育研修が始まり、2008年から、日本医療メディエーター協会(JAHM)が発足した。2012年に発表された患者支援サポート加算の策定にあたっては、日本医療メディエーター協会の研修データが採用され、厚生労働省の指針への策定に寄与した。日本医療機能評価機構の医療メディエーター研修を受講すると、同協会が商標登録する「認定医療メディエーター」に登録され、また診療報酬の患者サポート体制充実加算を得られる。

基調講演

「医療メディエーションの可能性」

日本医療メディエーター協会 専務理事
早稲田大学大学院法務研究科教授 早稲田大学紛争交渉研究所所長
和田仁孝氏

和田仁孝氏
和田仁孝氏

医療メディエーションを必要とする医療環境

医療メディエーションが重要な役割を果たすであろうということは、背景にある今の日本の医療体制からも言える。中でも長い間の医療費抑制政策の結果として、日本の医療費は安く、医師数、看護師数が絶対的に不足していることが挙げられる。1床当たりの人数で比較すると、日本の病院はボストンの病院の、職員、医師は3から10分の1、看護師も3から8分の1の数である。そして、日本は病床数が多い。ということは、日本では医療スタッフが少ないにも関わらず、国民側からすると、医療へのアクセスがしやすい。一週間の労働時間が60時間と、イギリスなら20代の医師に匹敵する時間数を日本の医師は60代までこなしている。一方で、国民皆保険制度や高額医療費控除制度により、世界でもトップレベルの質の高い医療が受けられる。

このような背景から、医療者が多忙で、個々の患者に十分な時間が割けないにもかかわらず、患者の医療への期待値は高い。日常診療の現場と患者の期待度との間の大きなギャップが、不信感につながりやすい。このギャップを埋めるためのスキル、モデルが必要である。ここに医療メディエーターが求められる素地がある。そして、対立を好まない日本人は、もともと、メディエーター的要素を持っていると考えられる。

医療メディエーションの概念とは

メディエーションは「幅広い関係調整のソフトウェア」全般をさす言葉である。狭い意味では、裁判所が紛争解決の手続きとして行う「調停」の意味もある。広い意味では、日常的な人間関係調整のモデルとして海外ではとらえられている。

海外ではメディエーションは、初等教育・中等教育の中で、子ども同士が行う「ピア・メディエーション」や、ビジネスの中で管理職が行う「ワークスキル・メディエーション」、地域住民による「コミュニティ・メディエーション」など、さまざまな分野で用いられている。この点は、「仲裁」という言葉が、法的手続きを指す狭い意味から、「ケンカの仲裁」といった日常的用法で用いられるのと似ている。医療メディエーションは、後者の日常的モデルにほかならない。

医療では、終末期の「倫理メディエーション」や院内の「ヘルスケア・メディエーション」がある。メディエーションが応用される場面はどんどん広がっており、セルフ・メディエーションといって第三者を入れないスキルへの応用も可能である。また、医療者と患者間の調整だけでなく、管理職がスタッフ間の人間関係を調整するスキルとしてもメディエーションが行われている。海外の例で例えばフランスでは2002年に制定された法律で病院内にメディエーターを配置することとなり、リタイアしたドクターなどが、患者と医療者の橋渡しの活動を行っている。

日本でも、メディエーションという言葉とその意味がようやく定着しつつあり、一定の市民権を得始めている。

もともと、20年近く前に、私が医療メディエーションを考えるきっかけになったのは、医療事故で高校生の息子さんを亡くされ、医療裁判を起こしたある家族の方との出会いである。「自分が望んでいるのは病院側との対話だ」と感じて、弁護士による法的論争をやめ、「本人訴訟」という形の裁判を行った。それを知り、私は、対話の場こそ必要であり、裁判でもADR(裁判外紛争解決手続き)でも解決できない事例があるのではないかと考えた。そして2003年に日本医療機能評価機構の依頼で院内医療メディエーターの研修プログラムを作り、2005年から研修を開始した。現在までに12,000人以上が研修を受け、約2,500人が院内医療メディエーターの認定を受けている。

愛媛県医師会では、平成19年からメディエーター育成事業に取り組み始め、年間約100名の方にメディエーション研修を行っているが、医事紛争処理委員会に上がってくる紛争が減少傾向にあり、裁判もほとんど起こっていないという。

図 愛媛県医師会医事紛争処理委員会の取り組み
図 愛媛県医師会医事紛争処理委員会の取り組み

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また、全国社会保険協会連合会でも、メディエーター養成を開始後、有害事象等報告件数が減少傾向にあるという。

図 全国社会保険協会連合会の取り組み
図 全国社会保険協会連合会の取り組み

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これらのデータは、少なくとも、トラブルになる前に患者との間でよい形で問題が解決されたことを意味していると考えている。

メディエーションの実践がさまざまな効果をもたらしているということは、メディエーターへのアンケートからも明らかである。とくに、日常診療での患者対応の質、患者に向き合う姿勢に大きな変化がみられる。患者からの表面的な怒りに対し、短絡的に反応して、とにかくなだめて抑え込む、という従来の接し方でなく、患者の怒りの背景にある気持ちを受け止めて、そこに働きかけるという対応が、日常の医療者の対応の中にあらわれていると考えられる。さらに職員間のコミュニケーションの向上など、さまざまな変化により、職場の風通しがよくなり、患者とのコミュニケーションも図られ、医療安全が図られるという流れができている。

図 メディエーションの実践の効果
図 メディエーションの実践の効果

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これからのメディエーションの可能性

今後のメディエーションはどう展開するのか。

一つ目の課題は、インシデントや有害事象後の関係修復対話モデルとしてのメディエーションという、当初からある役割の確立である。有害事象が発生したとき、医療者、患者の間にメディエーターが入り、バレーボールのセッターのような役割を果たす。患者が語りやすいようなパスをあげ、医師が患者にわかりやすいボールを投げられるように、言葉を引き出し、良いラリーができるようにして、みんなで問題を克服することが重要なのである。

二つ目の課題は、医療者の基礎的コミュニケーション教育の中で、トラブルを未然に防ぐためのセルフ・メディエーションの教育プログラムを作ることだ。すでに看護師向けのプログラムは出来つつあるが、医師になって数年目の新人教育の中にプログラムを位置付けたい。

三つ目の課題は、臨床倫理メディエーションのモデルを作ることである。終末期の生命倫理の領域で、例えば、家族の意見がまとまらないときにメディエーションを活用し、家族同士の対話をサポートする活動である。

四つ目の課題は、医療者だけでなく、市民の立場から医療者と患者をつなぐ視点である。医療市民マイスター協会との連携など、日本でもその可能性は広がっている。

また、医療の現場だけでなく、教育の領域でも教師がメディエーションスキルを学び、いじめ問題に生かすような動きが始まっている。これから、ますます注目される分野であることは間違いない。

パネルディスカッション 「医療メディエーションが拓く新しい医療文化」

「医療の陥った罠と最近の話」

パネリスト
自治医科大学医療安全対策部 長谷川 剛氏

長谷川 剛氏
長谷川 剛氏

医学・医療の専門化、高度化は、医療の断片化、分断化を起こす。全人的医療の重要性が叫ばれるが、私の恩師は20年前から総合医ほど専門医を目指せ、専門医ほど総合医を目指せと言っていた。

EBM(Evidence-Based Medicine)は治療方針を意思決定するためのツールであるが、これをどんどん進め、科学性、統計データ、診療ガイドラインを重視していく中で、EBMを言いだした医師本人たちが、その対極にあるNBM(Narrative-Based Medicine)が重要であると主張してきた経緯がある。

私も医療安全対策部の活動の中で、また医療現場で同じように感じている。

ある若い母親が、当院で検査を受けた後に、はっきりした異常が見つからずに帰宅し、その後にくも膜下出血で倒れ、亡くなった。ご両親は「見落としではないか」と相談窓口に来られたが、調査したところ、当院の各科の医師は、それぞれのところでは最善の対処をしていた。そのことを具体的に、誠意を持ってカルテを閲覧しながら説明した結果、最初は戦闘モードだったご両親から、もともと卵巣出血など血管が破たんしやすい傾向があったことなど、患者のヒストリーをお話しされ、最終的に、当院の対応について納得してくださった。また、ご両親は悲しみと今後の不安を聞いてもらう場をもてたことで落ち着きを取り戻したように感じられた。

この経験を通じ、患者一人ひとりが置き換え不能な「単独性」を持っていることを、対話文化の中で引き出すことは、患者側、医療者側、双方の人たちの前向きに生きる勇気になりうる。メディエーションには、患者の置き換え不能な単独性を支援する役割があるのだと思っている。

「医療メディエーションが拓く新しい医療文化」

パネリスト
厚生中央病院 院長補佐 荒神裕之氏

荒神裕之氏
荒神裕之氏

メディエーションは新しい医療文化を拓くのではないか。メディエーターのトレーナーの立場を踏まえ、市中病院の臨床医の目線で、病院の中でどんな文化が拓かれるのか、をお話しする。

メディエーションとは、三者の話し合いの場に限るものではなく、プロセスそのものである。トラブルが発生したときに、メディエーションの考え方を持って対応していくすべてのプロセスであると理解している。

メディエーターは当事者ではなく第三者として、トラブルなどを俯瞰的に認知する。バルコニーから眺めるように、分析的にものを見ていくことによって、今まで、個人の感情など医療から離れてとらえられ、こじれがちだった問題を、再構成して、医療の中で、関係性に注目して、問題解消を図る。

また、メディエーションは医療機関の安全文化の形成に寄与する。この背景には「正直文化」がある。情報開示や真実開示、正直な文化を病院に定着させることに寄与し、安全文化の基盤となる。

具体例では、当院で2月にノロウイルスの食中毒が発生し集団感染があった。院長は隠さない文化を目標としており、とにかく隠さず話す、そして当院の経験を生かしてもらうのだという考えを持っている。事件発生時の患者への説明を徹底した。正直文化は、職員にとっても、心理負担を軽減し情報開示姿勢を前向きにするものであり、重要である。

和田氏とともに、医療メディエーション教育プログラム創案者で担当理事の中西淑美氏(山形大学医学部総合医学教育センター)からは、医療メディエーションという概念による、「関係の質」という新しい医療の組織文化が提示され、今後は、「質の向上」とともに「質の創出」ということが重要であり、具体的な包括概念として、「ナラティブ・セイフティ・マネジメント」に基づく医療メディエーションの重要性が説かれた。

阿真京子氏(医療市民マイスター協会)からは、市民の立場で患者と医療者のコミュニケーションにかかわる活動の報告があった。このあと、会場からの質問に答える形で討論があり、どのようにメディエーションの意義を医療者に広めていくのか、誰がメディエーターになるのがよいのか、など実践的な質疑応答が続いた。この中で「理想形が唯一の答えではなく、問題に応じて、各々の現場に即したフォーメーションを取るべき」という柔軟な発想が重要であることが浮き彫りになった。最後に、日本メディエーター協会首都圏支部常任理事の上塚芳郎氏(東京女子医科大学医療・病院管理学教授)から、「メディエーションは紛争が起こった後の対処だけでなく、紛争が起こる前から必要なものであり、これからの医療では欠かせないものである」という総括があった。

取材:山崎ひろみ
カテゴリ: タグ:, 2013年4月12日
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