社会技術としての外科医療を外科医や手術に参画している多職種のプロたちはどう思い描き、それぞれの医療レベルを上げるのにどのように腐心しているのか----。11月24日に大宮ソニックシティで開かれた「第7回医療の質・安全学会学術集会」シンポジウム11では、外科医療の質・安全の分析と改善のサイクル(SDCAサイクル)を踏まえて、外科医療に関わる6人の専門家がそれぞれの立場で実践的な報告をした。
写真提供:第7回医療の質・安全学会学術集会 運営準備室
急がれる組織横断的な連携
「手術安全に関する外科系学会の役割」
上田裕一(公益財団法人天理よろづ相談所病院院長)
日本には現在、心臓血管外科領域に関わる3つの学会がある。「日本胸部外科学会」「日本心臓血管外科学会」「日本血管外科学会」の3つだ。3学会は共同で「心臓血管外科専門医認定機構」を立ち上げ、外科関連サブスペシャルティーとしての心臓血管外科専門医の育成、認定を通じて社会に貢献することを目指している。この機構が認定した専門医は2012年7月6日現在、1,816人を数える。
1986年当時2万例に満たなかった心臓血管外科領域の網羅的な手術件数は2008年には6万例と約3倍に増えた。しかし、冠動脈バイパス手術は02年をピークに減少傾向。カテーテル治療が普及してきたからだ。このような背景も専門医認定を促す要因になっている。
一方、海外に目を転じると、例えば「米国胸部外科医会」では学会の使命を「最高の質の医療を患者に提供できるように教育、研究、政策提言を通して心臓胸部外科医の能力を強化することにある」と定めている。
こうした考え方に比べると、各学会の定款は学術事業に偏重していると言わざるを得ない。外科医のなり手が少なくなったこともあり「学術団体から専門職能団体へ」という動きが専門医認定制度を契機に始まったといえるのではないか。
外科医が置かれた状況明らかに
こうした流れを受けて、外科専門医の質を評価して外科治療の質を高めるために全国的な規模でデータベースを構築する機運が高まった。00年に5施設からスタートし、現在485施設が参画する「日本心臓血管外科データベース機構」は1症例あたり250項目程度のデータを入力し、年齢や緊急度などのリスクを調整した死亡率で手術の質を評価している。
この機構の取り組みを参考にして網羅的な外科データベースの構築を目指したのがNCD(National Clinical Database)だ。NCDは1.外科関連の専門医のあり方を考えるための共通基盤の構築 2.医療水準の把握と改善に向けた取り組みの支援 3.患者さんに最善の医療を提供するための政策提言 4.領域の垣根を越えた学会間の連携 5.データの質を担保するための取り組み----などを進める上で有用だ。
このデータベースが画期的なのは、術者と助手を医師登録番号で明記していることだろう。特定医師の年間手術数も分かる。麻酔科医が関与していない手術の有無も一目瞭然。
NCDの事業を通じて、治療成績の向上や外科関連の専門医の適正配置の検討が可能になった。単なる外科医不足か、苛酷な労務環境なのかも明らかになる。要するに、外科医が置かれている状況を開示する手立てになるということだ。NCDは2012年10月現在、利用者数約1万8,000人、週間症例登録数約2万件、累積症例登録数約186万件、登録施設数約3,630を誇っている。
まず、指導者を教育せよ
欧米では外科医であれ、麻酔科医であれ、看護師であれ、手術に関わるチーム全体にノンテクニカルスキルが求められている。しかし、日本では遅れているのが実情だ。特に、指導者を対象としたリーダーシップコースのような実践的な教育プログラムを始めねばならない。学会が主体的に広めようと思うと、教授クラス、施設長クラスにいかに認識させるかが課題となるだろう。
質の高いチームを構成できるのは多職種に及ぶ医療プロフェッショナルたちだ。実際、多職種の共同が始まった施設もある。主として医療安全管理部などが進めているが、本来は外科医の主導が望ましい。今後は手術室内における外科医や看護師、技師などの行動分析も必要になるだろう。こうした分析ができる人材育成も急務だ。
院内ばかりでなく、外科系学会の会員への支援や研修も必要になる。多職種の共同や学会間の共同も求められる。心臓血管外科学会と麻酔学会、外科学会と手術看護学会といった組織横断的な連携が進んでいくだろう。
手術テクニック以外のスキルが重要
「外科医として望まれる行動と能力」
円谷彰(神奈川県立がんセンター消化器外科部長)
日本におけるノンテクニカルスキル=NOTS(Non-Technical Skills)への認識は低い。
テクニックとノンテクニックは相関関係にある。だから、両者を見ないと優秀な外科医は育たない。ノンテクニカルスキルは航空機産業や廃棄物産業では盛んだが、医療では立ち遅れている。航空機分野で早くからCRM(Crew Resource Management)が根付いたのは、事故のほとんどがヒューマンファクターであることが分かってきたからだ。CRMは安全確保のために、リソース(人・機器・情報など)の有効利用を狙いとして開発され、スタッフ教育を通じて事故の減少に寄与してきた。同じようにハイリスクであるにもかかわらず、手術の分野ではCRM的手法が一般化されていない。
健康人を扱うのではない医療では、死亡数も頻度も圧倒的に高くハイリスクと言わざるを得ない。最近のインシデントの主な要因はコミュニケーションのブレークダウンによるものが半数以上といわれる。また、私が関わっている消化器外科分野をみると、胆管損傷に関してはテクニックではなく、ほとんどが状況認識の判断の誤りによるという報告がある。それに気づいていない外科医が多いということだ。
外科医に照準合わせたNOTSSも
NOTSはチーム全体はもちろん、患者にとっても良い結果をもたらす。近年、WHOの手術チェックリストのアウトカムについてのエビデンスが示された。SDCAサイクルではこれをスタンダードのひとつとして捉えていく必要がある。これがなぜ改善をもたらしたかというと1.チームワーク 2.状況認識 3.リーダーシップと意思決定 4.メンタルモデルの共有(コミュニケーション)----というNOTSの要素に適っているからだ。
良い外科医の条件として、一般的には器用さ(テクニック)や性格が挙げられるが、最も重視されるのは認知・行動(スキル)だという調査結果がある。改善しやすい部分でもあるので、ここで良い外科医を育てていく必要がある。危ない行動を術中に多変量解析した結果によると、乱暴さは自分だけでなく看護師の離職率などといった形で周りにも及ぶことが明らかになっている。患者安全に関わるヒューマンファクターの中では「性格や個性」ではなく「行動やメンタルモデル」といった改善可能なモデルを作ることが大切だ。
外科医や心理学者、麻酔科医などの学際的グループが中心となり、外科医の「良い手術」に関して観察可能な、主要なNOTSを項目化して開発したのがNOTSS(Non-Technical Skills for Surgeons)である。世界的に導入されており、日本にもそのような機運がある。NOTSSには、手術室における外科医の行動を階層的に観察・評価し、訓練の必要性が明らかになる効果がある。手術室や模擬手術室での適用が望ましいが、開発段階であるため、正式の評価基準としては必ずしも推奨はできない。
SDCAサイクルを支えるのはNOTS(S)
より良い外科医を育てるためには1.負の文化からの脱却=対話から学習する組織へ 2.ヒューマンファクターの理解=テクニックだけでなくNOTSも大事 3.NOTSS/ANTS * の研究推進 4.学会レベルでのNOTS教育システムの整備----が肝要だ。
とりわけ、教育システムについては、形式的な研究会だけでは実効性がない。紙レベルではなく、スマホなども活用した組織横断的な取り組みが必要になる。SDCAサイクルを支えるのはNOTS(S)である。外科医が標準手技・テクニックを身につけ、高アウトカム低リスクを実現すれば、チーム全体のやりがいを高めることができる。
正しく運用することで外科医が効果的に能力を発揮でき、患者やスタッフからの信頼と感謝を得られるNOTS(S)は今後、ますます重要になってくるだろう。2013年には学会横断的な取り組みを進めたい。e-ラーニングを受けるだけでも意識が変わるはずだ。
* Anaesthetists'Non-Technical Skills
麻酔科医の質・安全の確保を
「外科医療の質・安全にかかわる麻酔科医療の役割」
古家仁(奈良県立医科大学附属病院院長)
麻酔科医の役割は、患者に対して安全で質の高い麻酔科医療を提供することだ。外科医にとって手術がやりやすい環境を提供することも大切だ。また、手術室内の調和を保つことも求められる。そのためには、麻酔科医の質を高める一方、麻酔科医を取り巻く環境を整える必要がある。では、それぞれを確保するためにはどうすればいいか。
日本麻酔科学会は1994年から麻酔科認定病院の麻酔科が管理した症例を対象に偶発症例調査を行っている。偶発症例とは「原因の如何を問わず、麻酔がかかっている状況下で生命危機状態となった症例」をいう。直近の第三次調査(2004年から08年までの5年間)では計3,910施設から回答が寄せられた。術後30日以内に死亡した症例を対象とする原因大分類によると、最も多いのは術前合併症、手術、術中合併症で、年間1万例あたりの死亡率は5.6人。このうち、術前合併症によるものは3.8人、手術によるものは1.1人だった。ちなみに、麻酔による死亡は0.1人だった。
偶発症例調査に占める割合のうち、術前合併症では出血性ショックが多く、手術においても大出血が原因となる症例が多かった。また、麻酔管理が原因となるヒューマンファクターでは、薬物の過剰投与や選択不適切、気道確保の不適切などが多かった。
能力のある麻酔科医が必要に
こうした状況を踏まえると、能力のある麻酔科医の確保、気道確保困難時の対策、薬物誤投与をなくす対策などが必要とされることが分かる。特に、能力のある麻酔科医の確保は喫緊の課題だ。これまでの麻酔科医は「先発完投型」だった。孤立無援だ。実際、気道確保困難時にパニックになったとき、麻酔を理解している他職種からの助言が役に立ったという報告もある。薬剤だけでなく、医療機器などもダブルチェックが必要だ。こうした現場の状況を考えると、認定医ではなく専門医以上が必要ではないかと思われる。
日本麻酔科学会の調査では、大学における麻酔業務で麻酔科専門医が関わっている割合は80%とかなりの部分を占め、麻酔科医が関与していない症例は3%だった。これに対して、一般病院では、麻酔科専門医が関わっている割合は74%、麻酔科医が関与していない症例は22%だった。10年前の調査では33%だったから、10年で1割減ったことになる。
手術件数が現状のままだと、それほど遠い未来でなくとも麻酔科医以外が麻酔を担当しなければならない状況は解消される可能性がある。それだけに、手術件数がこのまま推移するのかどうかがカギになる。
欧米並みのチーム医療体制構築が急務
安全な麻酔科医療実現のためには、術中に外科的な緊急事態が生じたとき、麻酔科医がチームリーダーになる必要がある。しかし、麻酔科医が一人きりで麻酔している場合、その場のリーダーとして、また事態に対応する麻酔科医として余裕をもって活動できるかどうかが問われよう。複数の麻酔科医あるいは麻酔科医と訓練を受けた医師以外のメディカルスタッフがひとつの麻酔に関わることも安全な麻酔科医療には必要だ。
例えば、奈良医大では麻酔科医療に複数で関与するため、臨床工学技士を1年間教育して認定する仕組みを取り入れている。
外科医療の質・安全を確保するためには、麻酔科医療の質・安全を確保する必要がある。わが国における麻酔科医療は1.専門の麻酔科医が不足している 2.単独で行われる機会が多い----など、まだまだ質、量、内容とも不十分であると言わざるを得ない。
麻酔科医療の質・安全の確保には、麻酔に関わる複数のスタッフを整え、欧米と同様のチーム医療の体制を構築する必要がある。
心臓外科医師が手術しやすい環境を
「人工心肺の安全性を向上させ、信頼性を高めるために」
安野誠(一般社団法人日本体外循環技術医学会安全対策委員長、
群馬県立心臓血管センター臨床工学課)
日本体外循環技術医学会は1976年に学術団体として発足した。人工心肺業務を行う臨床工学技士の80%以上が加入する本邦唯一の体外循環専門学会だ。学術大会と生涯教育を目的とした教育セミナーの開催とを主な事業としている。
体外循環技士の役割は心臓外科医や麻酔科医、手術室看護師と協力し、チームの一員として、体外循環の計画、実施、管理などを行うことにある。人工心肺による体外循環の重点は外科医に手術を行いやすい環境を提供することにある。ひいては、それが患者さんのメリットにつながるからだ。
その一方で、人工心肺はリスク要因でもある。リスク要因であっても、心臓外科医が人工心肺を必要とするのは1.無血視野 2.静止野----の確保による確実な手術手技を可能にするからだ。人工心肺は手術中、特に心停止中は患者さんの呼吸及び循環機能を同時に代行するため、トラブル発生による短時間の停止でも生命を脅かす危険性を持ち合わせている。
人工心肺ハンズオンを積極的に開催
学会が2008年から09年に行った調査によると、インシデント・アクシデントの発生件数は5万9,523症例中1,161件。約2%の割合だ。体外循環におけるトラブル、アクシデントには1.ポンプ停止 2.送血異常 3.脱血異常 4.人工肺の故障 5.空気塞栓 6.薬剤の誤投与----などがある。こうした事故を未然に防ぐためには体外循環そのものの安全を確保しなければならない。
そのためにはまず、医療に関わる人たちのチームワーク強化や相互理解が必要だ。大切なのは、科学的理論に基づいた体外循環技術の研鑽を積むことだ。手術室内での情報公開を積極的に行うことも重要。心臓外科医、麻酔科医、看護師、体外循環技士相互のコミュニケーションによる意思疎通は信頼関係に基づくチーム医療の発展にも寄与すると考えられる。特に、指示する医師には体外循環の方法、使用機材、薬剤などの把握と理解が求められる。
このため、学会では心臓外科医に対して「人工心肺ハンズオンの開催」や「安全対策窓口の設置」を行っている。人工心肺ハンズオンは医師と体外循環技士に対する標準的な実技教育として意義がある。ハンズオンでは人工心肺の基本操作とシステムの理解、報道された事故事例や対処方法の理解、最新の知識の補完といった教育プログラムを設けている。また、発信する情報が技士だけの一方的な考えになることを避けるため、3人の専門医をアドバイザーに選任し、医師・技士双方の意見交換や情報内容の監修を受けている。
2件のヒューマンファクター事例
11年度に安全対策窓口に寄せられた報告のうち、ヒューマンファクターに関する事例は1.人工心肺装置の主電源を誤って切ってしまった 2.ガス出口ポートに誤接続した----の2件。いずれも、メーカーとの話し合いを設け、安全対策を講じた。同時に、使用者への周知や情報提供の必要性も痛感した。
寄せられた事例とそれに対する改善策については、安全性情報という形で関係者に発信している。また、補助循環のインシデントに対する理解を深めるための啓発DVDを用意している。今後は安全対策窓口の守備範囲を学会を横断したデータマネジメント事業にまで広げたい。
われわれは国内唯一の体外循環専門学会として、今後も体外循環の安全性向上を目的とする活動を進めていきたい。そのためには、心臓外科関連学会や全国の医療機関と連携し、医療スタッフによるチームワーク強化と情報共有・公開が必要だ。今回紹介した人工心肺ハンズオンセミナー開催や安全対策窓口事業ばかりでなく、心臓外科医と共に実施する病院相互監査にも力を入れていきたい。
手術安全チェックリストは有用なコミュニケーションツール
「外科医療の質・安全のために手術室のSDCAサイクルを回すには」
ミルズしげ子(日本手術看護学会指名理事、長野赤十字病院手術室師長)
日本手術看護学会は1979年に手術室の看護研究会という形で設立された。近年は医療技術の高度化、IT化、細分化、多様化が進み、手術を取り巻く環境が大きく変わってきている。他職種との連携や患者さんの高齢化、ハイリスクな状況などによって手術看護師の業務や役割も変化している。このため、学会では1.チーム力の推進 2.リスク管理を含めた手術看護師の安全教育 3.技術・知識の習得----などに重きを置いた活動に取り組んでいる。
手術に関する団体である日本手術医学会では、2008年のガイドラインで、安全管理の視点で事例からの分析・改善計画を立てることの必要性が述べられている。その中では、原因の分析によるシステムが大きな対策になるとして、手順の見直しやスムーズなコミュニケーション、分かりやすい表示、確認方法の見直し、準備方法の見直し、手術関連機器の整備、手術室内の整理、マンパワーの確保などが挙げられている。このような対策や改善はある程度期間を置き、それがどれほど機能しているか評価することが重要だ。
鍵言葉は手術室内のコミュニケーション
手術看護師の業務量調査(2011年7月20日〜8月26日、107施設中76施設が回答)によると、手術患者の受け入れ業務はほとんど看護師に委ねられている。手術後の片づけや物品管理も看護師の大切な仕事だ。最近は外注業者も参入しているが、看護師にかかる負担は大きい。
当院の看護師のタイムスタディによると、本来の業務である手術が終わったとしても2時間ほどは、それ以外の業務に取られていることが分かった。そこで、手術前準備時間の改善策として、手術器材のピッキングに注目し、キット化を進めると同時に新たなピッキングリストを作った。この結果、ピッキング物品の保管場所や動きやすい動線を工夫することでピッキングの距離を縮める一方、時間を従来の4分の1に減らすことができた。併せて、これまで科ごとに独自に作っていたリストを統一化し、新人看護師でもすぐ使えるように分かりやすくした。
手術室内では、多くの職種がチームとして手術に関わっている。だから、看護師だけでなく、チームとしての行動が重要だ。言い換えれば、チーム間のコミュニケーション不足が事故につながるということだ。主治医や執刀医の先生、麻酔科の先生だけでなく、臨床工学技士、業者の方とのコミュニケーションも重要だ。その意味で、手術室内のコミュニケーションを深めることは外科医療の質・安全を確保するためのキーワードといえる。
全手術室に手術安全チェックリストの導入を
にもかかわらず、コミュニケーションの不足や不良はなぜ発生するのか。手術看護学会では、その背景にはある種のハラスメント状況があるのではないかと考えている。言いたくても言いにくい環境があるということだ。調査によると、最も多いのは言葉の暴力だ。全身麻酔のかかった患者さんには聞こえないことから、手術室では怒号が飛び交うことがある。
このような状況だからこそ、コミュニケーションツールが必要になる。WHOの手術安全チェックリストは、従来のタイムアウトではなく、麻酔導入前、皮膚切開前、患者の退室前にチェックするように推奨している。このリストはチェック項目を中心にしたコミュニケーションツールとして使えるので有用だ。
手術室でのSDCAサイクルを回すには、日常業務の分析と改善が重要だが、まず、スタンダードな行為として手術安全チェックリストがすべての手術室に導入されるように勧めたい。
米国における「全国手術の質改善プログラム」の取り組み
「外科医療の質を標準化された方法で測定する」
安田あゆ子(名古屋大学医学部附属病院医療の質・安全管理部)
外科医、麻酔科医、臨床工学技士、そして看護師と手術に携わるさまざまな職種から「外科医療の質を向上させる取り組み」を聞き、改めて医療の質と安全管理に取り組む一外科医として、SDCAサイクルを回す方法について考えたい。
日本国内での新たな取り組みとして数年前からWHOの手術安全チェックリストが導入されつつあるが、これはまさに、ノンテクニカルスキルも含めたチーム医療としての外科医療の標準化(Standardaize)であると考えられる。
このチェックリストには付属のガイドラインがあり、そこにはチームが達成すべき10項目の目標が掲げられている。これが「Do」にあたる。そして、その10番目の目標には、社会が、病院がサーベイランスを確立せよとある。これは「Check」に該当する。その方法についても、ガイドラインに求めたところ、アメリカ外科学会(ACS)が取り組んでいる全国手術の質改善プログラム「National Surgical Quality Improvement Program」(ACS NSQIP)という取り組みを知るに至ったので、その紹介をさせていただく。
より良い治療選択に役立つACS NSQIP
ACS NSQIPは外科治療のアウトカムをネット上のソフトウエアに入力するデータベースであり、その結果をベンチマーキングとして示す取り組みを2004年から行っている。ACS NSQIPでは、診療報酬などの管理部門に集積されているデータではなく、surgical clinical reviewer(SCR)と呼ばれるトレーニングを受けた医療専門職(主に看護師)がカルテレビューもしくは直接追跡調査をして30日目までの手術のアウトカム情報を収集することになっている。
標準化された方法で収集されたデータから、全米約500の参加病院の中でのリスク調整後の各治療行為のアウトカムが計算され、各病院の真の特徴を明らかにする。また、経時的データにより、それぞれの病院の改善の成果が数値化される。データはベンチマーキングも含め各病院に返され、改善行動(Act)に利用される。
病院にとっては、質のレベルが可視化されることによってアウトカムが設定でき、合併症が減少し、医療の質向上につながり、医療費の減少が期待できる。外科医にとっては、臨床的で客観的な質の良いデータやベストプラクティスが得られることで、より良い治療選択ができる。自分たちの治療レベルを知ることで改善すべき点を同定できることなども長所として挙げられる。
周産期医療の安全性向上にも成果
このようなベンチマーキングデータベースの維持運営には非常な時間と資金、労力を要するが、周産期妊産婦死亡率を測定することにより、周産期医療の安全性の向上が成果として表れている例もある。
手術という複雑な医療行為に対しては、このような複雑かつ労力のかかる測定系が必要である。社会の要請として、また、これからのプロフェッショナリズムを考える意味でも、各医療施設の改善のために導入することが急務と思われた。