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「医療版失敗学のすすめ」 濱口哲也氏

2012年12月11日、「医療版失敗学」のすすめ〜インシデントから学び、真の医療安全にチャレンジする!〜と題して、財団法人医療関連サービス振興会(http://www.ikss.net/)の月例セミナーが都内で開催された。講師は東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻社会連携講座の特任教授である濱口哲也氏。氏のこれまでのセミナー参加者の感想はさまざまなホームページで紹介されており、とにかくわかりやすい、面白いと大好評である。そこで今回、事務局も受講してみた。「本日の話を聴くポイントは第1に楽しむこと、第2にわが身に置き換えて考えること、第3に連想ゲームをし続けること」という言葉で始まった当日の講演概略をレポートする。

「医療版失敗学」とは

人の振り見てわが振り直せ、とはよく言われる言葉だ。言い換えれば過去の振り見て未来の振りを直せ。ただ、このわが振りや未来の振りを直すにはちょっとしたコツが必要だ。そのコツを伝授するのが失敗学である。このコツを医療界にも導入しようというのが「医療版失敗学」である。

マニュアル化の弊害

本屋に行けばたくさん並んでいる管理本。これとこれをこうやって管理すればうまくいきますよ、というマニュアル。最近は、「課長職のマニュアルをください」と言ってくる新任課長が増えているそうである。まさにゲーム攻略本を使って育ってきた世代の言葉である。マニュアル作業だけなら中学生でも出来る。マニュアルは必要だが頭までマニュアル化されると思考停止を招く。文化が成熟した今、日本は1億3千万人総マニュアル化時代、そういう危機的な時代が来ている。

マニュアルの問題点を挙げると

  1. マニュアル通りやっていれば大丈夫!という使う側の気持ちがいけない
  2. そこに書かれていることがどれほど重要なことか(程度問題)が伝わらない
  3. なぜマニュアルにそのように書いてあるのか、なぜこのマニュアルが必要だったのか、真意(理由、メカニズム)が伝わらない
  4. 順番の重要性(重要なのか否か)が伝わらない

などがある。

私は家電品などの操作マニュアルを読んでは頭に来て投げつけている。だから家のマニュアルはたいていボロボロだ。ただそれで終わりにしない。試行錯誤でうまく操作できた後、必ずマニュアルを読み直す。そして読み直すと、その家電品のカラクリをよく知っている人が読んだ時だけわかるように書いてあることに気付く。つまり、作り手と使い手で認識が異なり、行間を読まなければならないマニュアルになっているのだ。せめてこれからマニュアルを作る人は、行間を読ませるようなマニュアルは作らないでほしい。例えば、左側には文章で書いた作業手順書、右側には誰が見ても当たり前だと理解できるような図、漫画、絵。これらがセットになっているような活きたマニュアルにしてほしい。

そもそも日本人の論理は破綻している。国語の授業で習った「起承転結」なんてビジネス文書ではありえない。「A=B、B=Cと思ったら実は何とB=Dでした!」などと書いてあるビジネス文書はまずない。社会に出たら結・起・承・結。まず結論である。何がなんだかわからないヒヤリハット報告書を見ると、もう少し論理的に書いてほしい、と言いたくなる。お決まりのフォーマットで報告を集めて、毎回同じグラフを作っても事故は減らない。まずは論理的に考え、そして何かを変えなければ何も変わらないのだ。

失敗学のエッセンス

マニュアルを見ても自分にあてはまるドンピシャの事例など、そうそうはない。管理本や過去のヒヤリハットに書いてなかったことが起こって失敗する。大失敗は「想定外」という手口を使って攻めてくるのだ。過去の失敗を有効に活用しよう。

(失敗学のエッセンス1:言い訳こそが重要、フィクション歓迎)

"真の原因""動機的原因"を、敷居を下げてわかりやすく言うと"言い訳"となる。時系列で事実だけ書かれたヒヤリハット報告はただの観察日記でしかない。いかに仕方なかったか言い訳を書いたときにだけ役に立つのだ。

よく「周知徹底」と書いてあるのを見るが、これで何回目かと言いたくなる。同じ事を徹底しても昨日と同じことしか起こらない。人間は同じ過ちを繰り返す動物である。過去と同じか似たような形で次の失敗が起こる。「周知徹底」の文字をみたら、よくよく掘り下げて考えてみてほしい。

「申し訳ありませんでした」で終わるのは始末書であって、ヒヤリハット報告ではない。確認不足でした、で終わったら病院は何も変わらない。反省だけで終わらせるな、自分だけ成長して終わるな、自分だけ成長して終わるのはずるい、その病院の発展に貢献しなさい、と言いたい。逆に、言い訳したナースには報奨金を出したいくらいだ。言い訳を教えてくれないと次にやってしまうのは自分かもしれないのだから。

フィクションも大歓迎である。お年寄りの顔は良く似ているから患者を誤認した。耳が遠いお年寄りは全ての質問に「はい」と答えるから患者を間違えた。20年後、自分が山口さんとか山内さんと呼ばれてもきっと「はい」と答えてしまうだろう。濱口姓にとって山口、山内は要注意である。このように、フィクションでも構わないから起こりそうなことは全部書こう。リスクマネジメントはフィクションから始まるのだ。そして未来に残る知識にしよう。

(失敗学のエッセンス2:上位概念に登って知識化せよ)

上位概念に登るとは、下位概念の属性を外し一般化することである。例えば、食堂で配薬ミスをした要因として「ベッドから離れたら患者識別不能」が考えられる。今後このことに気をつけるのは再発防止である。ここでベッドをラベル、患者を本体というように一般化したらどうだろう。「本体とラベルを分離したらID識別不能」となる。こうして上位概念に登ったら下位概念に下りてくる必要がある。この例であれば、本体をシャーレ本体、ラベルをシャーレ蓋と置き換えてみる。すると、シャーレの蓋にしか名札がついていなかったため、本体に入っている受精卵を取り違えた、という事故の要因にもなる。血液、尿、検便などに関する多くの容器も危ないことになるのだ。本体とラベルをキーワードにもう一度病院を巡視パトロールしてみてほしい。これが未然防止になるのだ。

このように概念には下位、上位と階層がある。下位概念の事例を「つまり」と一般化して上位概念に登り、「たとえば」と属性をつけて下位概念に降りる。この「つまり」「たとえば」の繰り返しで水平展開することができる。同時に再発防止と未然防止が違うということもわかっていただけただろう。

図 概念の上下動が必要
図 概念の上下動が必要

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ヒヤリングや分析の際の注意点

  1. 当事者を責めてはいけない。厳罰が抑止力になるのは犯罪の時だけ。事故は犯罪ではない。
  2. 言い訳を聞きだせ。ほとんどの失敗の真因は動機的原因にあり。
  3. 仮説をいくつか立ててからヒヤリングせよ。
  4. 「過去の結果の重大さ」と「リスク管理」は別の話である。
  5. 論理性と日本語力が必要。

宮崎県の野尻中央病院(http://cgi.nojiri-ch.com/)は、この失敗学のエッセンスを取り入れ、インシデント・アクシデント報告書の記入欄に「勇気を出して言い訳を書こう!」という文字を入れた。そして集まった報告書を、上位概念を用いて分類したのが以下の表である。分類はもちろんこの11種類でなくても良い。分類することによって対策を考えるのが大事なのである。最後に、病院長にはトップダウンをお願いしたい。失敗情報はボトムアップでは伝わらない。だからトップが失敗を情報として吸い上げて、本気になって未然防止活動をしてほしい。

どちらかといえばシステムエラー どちらかといえば個人のエラー
1 情報ミス 145 6 過信 52
2 不適切状態の放置 45 7 変更点不管理 33
3 教育不良 43 8 自工程不完結 10
4 不適任業務 9 手順の形骸化
5 緊急多重業務 10 真のヒューマンエラー
    11 患者側原因 21

表 病院内の失敗はたった11種類の原因から生じる!
野尻中央病院の2011年9月〜2012年3月の報告書を分類

(事務局感想)

氏が各地で話をする目的は、病院で役に立つヒヤリハット報告を書ける人、上手に分析できる人を少しでも増やすためだという。時折混じる少々大胆な言い回しも、全て、受講者の心に残るようにするためのフィクションなのだろう。また、会場に向けての「大失敗を未然に発明する優秀な発明者になってください」というエールには、山中伸弥教授の「いっぱい失敗してほしい」という名言を思い出した。今年話題になったスギちゃんやローラのものまねも飛び出し、会場内は最初から最後まで笑いが絶えず、冒頭の第1のポイント通り、思いっきり楽しむことが出来た。今後、一人でも多くの方に聴いてもらいたいと思うセミナーであった。

濱口哲也氏 プロフィール

濱口哲也氏

濱口哲也氏

略歴

東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻修士課程修了後、日立製作所中央研究所入社。東京大学工学博士、東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻助教授を経て、現在、東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻特任教授。
一般社団法人元気医療ネットワーク機構(http://www.genki-medical.net/index.html)の講師も勤める。

著書

『実際の設計−機械設計の考え方と方法−』(共著、日刊工業新聞社)
『情報機器技術』(共著、東京大学出版会)
『実際の情報機器技術』(共著、日刊工業新聞社)
『創造設計の技法』(共著、日科技連出版社、2008)
『2009品質月間テキスト 失敗学のエッセンス---品質保証のりスクマネジメントへの活用』(濱口、品質月間委員会、2009.9)
『失敗学と創造学---守りから攻めの品質保証ヘ---』(濱口、日科技連出版社、2009.10)
など多数

カテゴリ: 2012年12月17日
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