第6回医療の質・安全学会学術集会が、平成23年11月19日(土)、20日(日)、東京ビッグサイトで開催されました。参加した読者より、河野龍太郎先生による教育講演についてレポートが届きましたので紹介します。
教育講演
「ヒューマンエラーを制御するシステム 〜医療の安全は本当に実現できるのか?〜」
- 日時:
- 11月19日(土)10:00〜10:55
- 会場:
- 東京ビッグサイト会議棟 6F 605+606会議室
- 演者:
- 河野龍太郎(自治医科大学 医学部 メディカルシミュレーションセンター)
医療安全を考えるキーワード
- どんな優秀な人でも、必要な情報がなければ判断できない
- 人は能力以上のことは出来ない
- 医療情報は情報システムである
「竹やり精神型安全」では追いつかない
- 横浜市大患者取り違え事件では、取り違えられた患者は他人の名前に返事をした
- 常識では、他人の名前を呼ばれても返事はしないが、医療現場では、他人の名前を呼ばれて返事をする患者がいることは、よく知られている
- 注意力が足りないのではない。そのような前提に立ち、「システム」として、患者の識別方法を規定しておくべきである
ヒューマンエラーとは何か?どう防ぐか?
- システムの許容範囲を逸脱する判断や行為のこと
- 人間の行動がある期待された範囲から逸脱したこと
- 必要な行動をしないエラーとやるべき行為と違う行為の実行のエラー
- 行動を理解することが必要である
- 心理学者レヴィン(Lewin)の行動の法則
B=f(P, E)- B:Behavior(行動)
- P:Person(人)
- E:Environment(環境)
- コフカの考え
ヒトは、現実空間(物理的空間)を見て、それを頭の中で理解し「心理的空間」に置き換えて理解している(マッピング)。従って、エラーした本人は、正しいと思って行動している。ミスは、マッピングの失敗と考えられる - 医師は、目の前の患者をみながら、検査値、画像などを頭に思い浮かべ、治療すべき患者をシミュレートしている。正しい情報がなければ、正しい診断・治療はできない
- ヒトは、まわりの全ての情報を取り入れているわけではない。例えば、見たいもののみを見、聴きたいもののみを聞いている
従って、聴きたいことを聞かせない→航空管制では、B、Dは「ビー、ディー(同じ破裂音)」ではなく、「ブラボー、デルタ」とフォネティック・コードを使う
また、指差呼称(指差しだけより事故が少ないことが証明されている)やコミュニケーション(Read back や Hear back による内容確認)も重要。「半筒(ハントウ)」が「三筒(サントウ)」として伝わってしまうこともある - 飛行機や原発では、全ての情報がコックピットや中央制御室の前面に掲示され、同時に全ての情報を見ることが出来る。今後、医療においてもそのようなシステムが重要
医療事故の原因者とその後のフォロー
医師の指示 | 代行者(複写) | 薬剤師* | 看護師 | |
---|---|---|---|---|
ミスの割合 | 4 | 1 | 1 | 4 |
次の工程でのミスの発見(%) | 48 | 33 | 34 | 2 |
山内桂子、山内隆久:医療事故.朝日文庫.2005
*患者情報が薬剤部(調剤薬局)に来ない現状では、薬剤師による処方箋の内容妥当性の判断は難しい
他産業の経験を医療に応用できるのか?
- 原子力、航空、医療における防護壁などのシステム構造上の違いは、各システムの開発の歴史に由来している
原子力 | 航空 | 医療 | |
---|---|---|---|
スタート ↓ 現在 |
理論 ↓ 技術 ↓ 実用 |
経験 ↓ 技術・理論 ↓ 実用 |
実用・経験 ↓ 実用・経験・理論 ↓ 実用・経験・理論 |
分類 | 科学技術 | 技術科学 | 経験科学 |
- 原子力、航空、医療の構造上の違い
原子力 | 航空 | 医療 | |
---|---|---|---|
制御対象 | プラント | 飛行機 | 患者 |
1 | 1 | 複数 | |
不確実性 | 少 | 中 | 大 |
サイズ | 大 | 大 | 小 |
状態 | ノーマル | ノーマル | アブノーマル 常に変化している |
事故の影響 | 極めて 大 | 大 | 基本的に 1 |
標準化 | 進んでいる | 進んでいる | バラバラ* |
制御者 | チーム | チーム | 個人 |
能力管理 | 資格 | 資格 | 個人努力 |
ライセンス | 更新制度 | 更新制度 | 永久 |
操作 | ハンドル | 操縦桿 | 指示・機器 |
実操作 | 運転者 | パイロット | 医療従事者・患者 |
制御 | 直接 | 間接 | 直接・間接 |
*部分最適を追求してきたが、全体としては、不適合となっている(ガラパゴス現象)
- 原子力、航空、医療の「企業」としての違い
原子力* | 航空 | 医療 | |
---|---|---|---|
売り上げ | 5兆 | 1兆5千億 | 300億 |
従業員 | 4万 | 3万 | 3000 |
従業員あたりの売上 | 1億2千万 | 5千万 | 1千万 |
リソース | 適切 | 適切 | 3N** |
効率 | 適切 | 適切 | 悪い |
*東日本大震災前のT電力
**NO Money, NO Manpower, NO Time 加えて、NO Management の場合も多い
医療システムはリスクが高い
- 通常業務が、異常状態である。エラー誘発要因が多いが、防護壁が弱い
- タスクが多いが、要員は少なく、労働環境は悪い
- 改善にはリソースが必要だが、3N
- 手抜き(仕事のトリアージ)が必要。また、国が医療安全に関するマニュアルの雛形を公開したり、医療機関がリソースを出し合ったりして、共同で教育資材を作るなどの考えが必要