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シンポジウム「組織行動と組織の健全性診断システム」

石橋明氏

石橋明氏

2008年11月25日、東京大学弥生講堂アネックスで開催されたシンポジウム「組織行動と組織の健全性診断システム」での基調講演「組織事故研究の課題」(講演者:NPO失敗学会組織行動分科会代表 石橋明氏)の概要を掲載します。

このシンポジウムは、「組織の構造的要因によって起こる事故・不祥事を予防するための『組織の健康診断セルフチェックシステム』」で提案されている簡便な「組織の健全性診断システム」の実用化研究に関するシンポジウムで、本講演は、組織事故研究を取り進める上での課題とその中での簡便な「組織の健全性診断システム」の位置付けについて紹介しています。

事故防止のステップと組織行動研究

事故や不祥事などを未然に防ぐ活動は、以下のステップを踏んで高度化してきている。

  1. 人類は永い進化過程を通じて失敗から学ぶ知恵を培ってきた(第1ステップとして事故を起こさないように個人の生存本能に基づく行動や考え方を改善する段階)。
  2. 失敗は「事故」になって当事者のみならず多くの犠牲を伴うようになり再発防止対策が考えられるようになった(第2ステップとして当事者並びにその作業環境に注目して事故を起こさないよう安全対策をとる段階)。
  3. 潜在リスクを把握し事故を未然に防ぐ取り組みが始まっている(第3ステップとして当事者が属する組織の要因に注目して事故を起こさないよう根本的な改善を目指している段階)。

労働災害は第3ステップでの対策が取られ始めて死亡者数も逓減している。一方、交通事故は第2ステップ以降の対策がなかなか取り難く死亡者はそれほど減っていない。

組織では、その組織を構成する個人の能力や考え方によらず、所属する組織の影響により意思決定が行なわれる。組織行動研究では、その意思決定に基づく組織的行動が主原因となって引き起こされる失敗を対象に、それらを未然に防止すべく個人行動の視点と組織行動の視点の両方の視点から研究を行なうことを目指している。  具体的には、失敗事例と組織の諸要素を詳細に調査し把握することにより、組織の事故・不祥事の背後要因を推定し、意思決定のプロセスや行動様式の形成過程における影響要素を究明し、再発防止対策の構築を行なう。

組織行動分析のアプローチ

事故・不祥事は、直接の当事者のエラーと当事者エラーを誘発し事故・不祥事を防ぐことができなかった環境や背景(これを組織エラーという)に起因して生じるとする。当事者エラーと組織エラーの関係は図1のとおりで、水面下の氷山に匹敵する組織のマネジメントを含む潜在的なエラー要因を顕在化させ、それらを取り除く研究を行なう。具体的には、図2のエラーを誘発する状況の流れの概念の中における、企業ポリシー、職場の指揮・監督、雰囲気・手順などに視点を置く。

図1 当事者エラーは氷山の一角
図1 当事者エラーは氷山の一角
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図2 ERROR FORCING CONTEXT
図2 ERROR FORCING CONTEXT
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図3に示すように、事故・不祥事が起きたら、どんな不安全行為があったかの視点でヒューマンエラーや違反行為などトリガーとなった行為を顕在化させ、一方でそれらヒューマンエラーを誘発した作業現場要因にはどんなものがあったかの視点で、タイムプレッシャー、不適切な工具や設備、人手不足、手順書の不備などの問題点を顕在化させる。そして組織行動要因としての視点での経営層の意思決定に影響をうける予算配分、人員配置、スケジューリング、コミュニケーションなどマネジメントの問題でそれら顕在化した事項とどんな相関があったかを明らかにする。

図3 組織行動学へのアプローチ
図3 組織行動学へのアプローチ
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組織エラー対策

組織エラーの対策は以下の手順で行なう

  1. エラーの実態の把握:責任追及を先行させない事故調査、不具合調査を実施する。
  2. エラーの背後要因を把握:顕在化したエラーだけでなく、それを誘発した背後要因を、例えばM-SHEL(※用語説明 )モデルで広範囲にわたって究明する。
  3. トータルシステムの視点から対策を構築:当事者や当該部署だけでなく、トータルシステムのどこに脆弱な部分が存在するのか、という視点で検討する。
  4. システマティック・アプローチ(組織的取り組み):組織の管理要因を突き止め、制度を作り、体制を整えて担当者と予算を確保した対処法を策定する。

図4は、当事者エラーから組織エラー対策に重点をシフトし、安全文化を定着させている航空分野での具体的な取り組みである。

図4 航空分野における組織行動への取り組み
図4 航空分野における組織行動への取り組み
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航空分野以外での組織行動に起因する失敗事例として、JCO臨界事故(1999年)、雪印食中毒事故(2001年)、コロンビア号事故(2003年)、ダイアモンドプリンセス号火災事故(2002年)、原子力発電所蒸気配管噴破事故(2004年)、名古屋空港での中華航空機事故(1994年)、テネリフェ空港でのジャンボ機衝突事故(1977年)などが挙げられ、これらの組織行動要因を分析している。また、現時点で過度なリストラ、生産第一主義、安全管理の不備、ブランドへの過度な自信、トップダウン式のカリスマ社長、現場軽視の利益追求、スケジュール遂行型のマネジメント、業績指向型の発想、予算獲得をにらんだ組織運営などが問題点として抽出されている。

事故事例分析の結果、組織行動に起因するケースが非常に多い。それらを改善するためには「安全文化」を作り上げることが不可欠である。安全文化の育成は以下の手順で行なう。

  1. 不安全な組織行動の予兆を把握する。
    システマティック・アプローチの例としては、安全報告制度を制定し、日常業務に潜む不安全組織行動を正確に把握する。
  2. 組織の健全性を診断する。
    安全文化度を定量的に評価する手法として、1例として、LCB研究会の提唱する「組織の健全性診断システム」で組織の健全性を客観的に診断し、不足部分を補強する。併せて安全活動を展開する。

※用語説明

M-SHEL(MANAGEMENT-SOFTWARE、HARDWARE、ENVIRONMENTLIVEWARE)
事故や事件などの原因としてヒューマンエラーに加えた要因があると推測される場合に使用される事故などの原因解析手法のひとつ。事故などが起きた事象が、人(LIVEWARE)と作業マニュアル、規則などのソフトウエア(SOFTWARE)との間にどういう問題があったか。同様に設備、機器(HARDWARE)などとの関係、事故等が起きた環境(ENVIRONMENT)との関係、更にマネジメント(MANAGEMENT)との関係から問題点を絞り込み、事故などの原因を究明するモデル。
M-SHELモデル
M-SHELモデル
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カテゴリ: タグ: 2009年1月21日
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