北原光夫氏
2008年11月9日、日本医師会館で医療安全推進者養成講座講習会が行われました。「医療事故防止へのシステム構築」(慶應義塾大学病院・病院経営業務担当執行役員 北原光夫(きたはら みつお))の概要を掲載いたします。
事故事例
今年度から2年間、日本医師会医療安全対策委員会の委員長を拝命しました。唐澤会長より「医療事故予防に焦点を当てた『医療事故削減戦略システム』の提示」という諮問を受け、その作成を目指しています。診療所でも取り組めるような具体的なものであることが重要です。
主として診療所における医療事故事例350例の中から、多く見られた例を挙げます。
・見落とし
肺がんに関しては、胸の写真で病変に気づかずに手遅れになってしまった事例が全部と言って良いかと思います。肝がんはC型あるいはB型肝炎の患者さんで、がんに関して検査が行われませんでした。胃がんに関しては内視鏡で異常が見つかっても組織の取り方が悪かったなどで、がん組織が採れずに見逃された事例です。意外と多かったのが骨折の見落としです。写真の撮り方によって骨折部位が見つからないという例です。
がんの見落とし | 21件 |
肺がん | 6件 |
肝がん | 4件 |
胃がん | 3件 |
大腸がん | 3件 |
その他 | 5件 |
骨折の見落とし | 16件 |
・手術に関連した事例
最も多かったのが臓器損傷です。手術中に腸穿孔を起こしてしまった、胆嚢に穴を開けたなどです。次に異物遺存、主としてガーゼです。病院での症例が多いです。臓器損傷と言えるかもしれませんが、神経損傷を別に挙げました。術後、腕が麻痺していたなどです。その他の例としては、3例ほど左右の取り違えがありました。
臓器損傷(腸穿孔など) | 29件 |
異物遺存 | 17件 |
神経障害 | 12件 |
眼科術後障害 | 4件 |
術後瘢痕形成 | 4件 |
その他 | 5件 |
・産婦人科系事例
妊娠中絶関連では出血あるいは中絶がしっかり行われていなかった例がありました。妊婦への投薬では、使ってはならない薬を投与した例や、X線で被曝させた例、風疹ワクチンを妊婦に打ってしまった例があります。まさに基本を忘れてしまったのです。
分娩関連 | 12件 |
妊娠中絶関連 | 7件 |
妊婦への投薬、X線検査、ワクチン | 4件 |
手技による子宮穿孔 | 2件 |
その他 | 2件 |
・他
内視鏡の事故では腸への穿孔・出血が見られました。多かったのが診療所内の転倒・受傷です。転倒に関してはレントゲン撮影後に台から落ちた例、階段につまずいて転んだという例があります。薬剤に関する事故としては、副作用、誤薬、アナフィラキシーが挙がっています。中には、アナフィラキシー症状がある旨がカルテに書かれていたにも関わらず、つい見落として、アナフィラキシーを起こす薬を投与してしまったという報告もありました。採血・点滴によるものはしびれなどが挙がっています。
内視鏡による事故(穿孔、出血) | 12件 |
診療所内の転倒、受傷 | 18件 |
薬剤に関連する事故 (副作用、誤薬、アナフィラキシーなど) |
33件 |
採血・点滴による事故 | 28件 |
感染症の発症、誤診 | 9件 |
医師会の取り組み
医師会会員レベルで再発防止に取り組むためには、やはり診療所単位のインシデントレポートの励行が重要です。医療の向上と反省を含めた形で取り組むのが良いと思います。ヒヤリハットの月次統計・推移状況が分かるように、また職員とともに改善策の検討することを含め、診療が終わったときに簡単に書き込めるフォーマットを作っていきたいと思います。
それから、薬の副作用等が挙がっていましたが、自分で慣れた薬を使うことが大変重要です。自家薬籠中のものを自分で持ち、副作用あるいは相互作用をきちんと知っておくべきです。
「内科医の薬100 Minimum Requirement」という、私の作った本を挙げておきます。内科医にとって最小限必要な100の薬の使うべき量・主な副作用・主な相互作用等が記載されています。自分で使う100、あるいは50でも結構です。十分な知識を持ち、アナフィラキシーなどの可能性を下げてください。
また、診療所用の救急キットを設置しておくことはアナフィラキシーへの対応策として挙げられます。アドレナリンなどの必要な物が箱にまとめてあって、診療所に用意してあるという話を聞きました。こうした物を置いておくと、いざというときに役に立ちます。
医師会レベルでの削減法を提案しますと、一つには医師会の中にリスクマネジメントセンターを設けることです。弁護士にも参加していただき、何か起きかけたときに意見を聞いたり、ほかの医師に相談したりする窓口を設置してほしいところです。一人で診療しているとどうしても独りよがりになってしまい、そこから事故になるということが、報告書を拝見して感じられました。コンサルテーションは気軽にできるように広げていくべきだと思います。
それとともにセンターが医療事故防止対策のための講座を主催すべきです。出席者を公表したり、あるいは診療所に掲げて患者さんにお見せできるような認定証を贈呈したりすることで、インセンティブが上がると思います。
地域医師会の行動目標としては、当然の事ながら、カルテやインフォームドコンセントの記録をしっかりとることを強調していきたいと思います。日本医師会に寄せられたた事故事例を見ますと、カルテが書かれていないので、患者さんに何をしたか分からずに、医師の不利に働いていることがたくさんあります。
また前述した、意外と多かった骨折の見落としなども、内科医が写真を撮ってもよく分からない場合には整形外科医にすぐ見てもらえる様な当番医制度を作ったり、あるいはおかしな状況ならすぐに病院に紹介して見てもらったりするといった、医療連携の拡大が重要だと思います。自分の能力を分かっていない医師が、一人で患者さんを抱え、後で大変なことになっている例が結構あります。守備範囲でない部分はきちんと人に聞く必要があります。
委員会として、報告のフォーマットの作成、前述の頻度の高い医療事故への対策、委員会の役割の明確化を掲げていきたいと思います。外に向けてどんな行動を取っていけるかを考えていきたいと思います。また今、日本医師会雑誌には事故事例が毎号発表されています。解剖的な図譜など、してはならないことがすぐに分かる様なものを作り、医師会雑誌で発表していきたいと思います。