2008年11月22日(土)から24日(月)にかけて標記学術集会が東京ビッグサイトで開催されました。22日に行われたシンポジウム「医療機関における自浄的医療事故調のあり方について」では、長尾能雅(京都大学医学部附属病院医療安全管理室)座長の下、相馬孝博(名古屋大学医学部附属病院 医療の質・安全管理部)、中島和江(大阪大学医学部附属病院中央クオリティマネジメント部)、長谷川剛(自治医科大学医療安全対策部)、加藤良夫(南山大学法科大学院教授)、児玉安司(東京大学医学系研究科弁護士)の講演が行われ、その後討論が行われました。各講演では院内事故調査委員会の具体的な方策が示され、また討論では、委員会がカンファレンス(症例検討会)の延長であるべきか否かといった、委員会のあり方について議論されました。
その中から相馬孝博、長谷川剛、加藤良夫の講演と、討論をレポートします。(敬称略)
「患者有害事象の院内検討」(相馬孝博)
死因究明のための第三者機関設立に向けて、厚生労働科学研究で「院内事故調査委員会の運営指針の開発に関する研究」を行っています。第三者機関の運営のあり方について提言をしながら、院内事故調査の運営指針を開発しています。
院内事故調査委員会は院内での多職種によるM&M(病院死因)検討会が基本になるだろうと思います。医療者は診療アウトカムを検討する責務があり、警鐘的事例には組織を挙げて検討しなければなりません。また、人材は必要に応じて外部から招聘する必要があります。大学病院であっても特殊な領域については専門家を招くことになりますし、中小病院でも近くの病院から来てもらえば、こうした形で行うことが可能かと考えています。
< 指針案の骨子 >
- 対象
- 医療における予期しない結果のうち、死亡または重大な結果をもたらした事例
- 委員
- 医師と看護師を含み、多職種から選定し、管理的立場の者も加える。内容に応じて外部から委員を招聘する(事故調査経験者が入ることが望ましい)。当事者の(非委員としての)参加は義務ではないが、欠席の場合は安全管理者が「事実関係」を必ず聴取しておく。
- 司会
- 開始に先立ち、どのようにすれば不幸な結果を避けられたかという観点からの原因追求であり、個人の責任を追及する目的でないことを確認する。参加者の発言が、経験や上下関係に縛られないように誘導する。
- 人数
- 司会者を含め10人前後。オブザーバ参加はこの限りではない。
- 時間
- 事前に資料を配付し、原則1回のみ、2時間を目処とし、議論の不足分は稟議法で埋める。
- 内容
- 時間節約のため、安全管理担当者が関係者とともにあらかじめ時系列経過図を作成しておく。経過の説明、問題点の列挙、根本原因の追求、対策立案の順に議論を進める。
- 報告
- 列挙された問題点の根本原因とその対策立案をまとめ、開催後2週間以内に作成する。
事故について、医療者と患者では意識が異なるので、検討対象の範囲をどうすべきかが課題として挙げられます。また、報告書が賠償額の根拠あるいは刑事告訴の端緒になりはしないかという懸念もあります。患者さんからすると、院内で医療者のみで検討するとかばい合いになるのではないかという人もいます。しかしある程度ガイドラインを定め、外部から委員を招くことで、かばい合いを避けることができると我々は考えています。プロ医療者の自律的活動をどうすれば社会的に認めて貰うかが課題です。
現在は名大病院のM&M検討会の形式を基にして、単独型臨床研修病院12施設の協力を得て、院内事故調査の検討が進行中です。
「有害事象発生時の院内調査指針」(長谷川剛)
最後に引き金を引いた人間を処罰しても、引き金を引くに至った手前の段階の問題を解決しないと、再び同じ事故が起こります。そうならない学習文化を作る必要があるのですが、なかなか難しいと思います。
医療行為は完璧な成功と明らかな失敗の中間で行われています。患者さんに害が及ばない程度に成功している行為についてもきちんと反省する病院もあれば、成功したからと反省しない病院もあります。本来は質の向上を常に考える必要がありますが、刑事罰などの強制力が働き、医療者が防衛的に立ち回らざるを得ない状況下では「最低限やることはやっているから責められることではない」「うまくいっているなら余計なこと言わずに放っておこう」ということになります。
一方、事例から医療者が学ぶがゆえに医療は進歩します。医師が学習できる制度設計であるべきで、そのためには医療者のモチベーションと患者のニーズが重要です。そうするには部分的でも無過失補償、裁判外紛争処理のような医療者と患者・家族がしっかり話し合う形の解決方法、事故報告・分析・情報還元制度、再教育や広報の制度化なども重要です。
日本医療機能評価機構の患者安全推進協議会に院内事故調査モデル検討会ができました。頻繁に事故に遭遇するわけではないので調査経験無しの医療関係者が多いですから、ガイドがあってしかるべきという趣旨で作ったものです。
< 調査の体制 >
医療安全管理者一人がインタビューし、撮影し、報告書をまとめているということが現実にある。インタビュー2名程度、事務、器械の専門知識をサポートする人間、医師にインタビューできる人間で4~6名必要。
- 対象
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- 院内の安全管理上重要な問題をはらんでいると判断され、その対応・対策が医療安全推進に寄与すると考えられるもの。
- 重篤な結果を招き、病院としてその責任範囲を明確にしなくてはならないもの
- 患者や家族から要請があり、説明責任を果たす上で必須だと考えられるもの。
- 初期情報収集・現場の同定把握
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- 機器・装着器具:手術で患者が突然亡くなった場合、必要に応じて関係機器、装着器具等の現状維持。
- 検体保存:採血した血液。外注なら業者に連絡。取り違えに関しては遺伝子で同定。培養検体は盲点。
- 器械からの情報抽出:無理だと思ってもやってみるとログを拾え、心電図のデータが出てくることも。
- 関係職員の情報収集やインタビュー
- 議論された問題点
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- 医療科学調査研究所の必要性:機器の不具合の際、その機器のメーカーではなく、本来は利害関係のない第三者に調べて貰うべき。医療界にはそうした発想が全くなく、また手立てもない。
- 中小病院での難しさ:地域単位のサポートチーム・アドバイザリーチームの必要性。
- 調査・検討の人材:事故を経験し、その反省から医療安全に関わっている人は多い。双方の気持ちや問題点を理解している有害事象当事者が有効。
- 情報還元
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- 報告書の諸問題:目的に応じた書き方がある。フルディスクロージャーの重要性を理解しつつ、しかし報告書の機能を考えていく必要がある。
- 院内への周知: IT、各種カンファレンス(症例検討会)を使用。
- 患者・家族への説明
- 専門団体・学会・行政への情報還元:医療関係者・国民への周知がもっとも重要。
「医療の安全確保に活かす院内事故調査のあり方」(加藤良夫)
院内事故調査委員会は小病院ではなかなか自前でできません。学会、または地域で連携して委員会を設け、各医療機関の委員会を支援する役割として、医療安全調査委員会が必要と考えています。
最も重要なのはそのケースについて批判できる外部の臨床医が加わることです。日頃から患者側で活動している弁護士も必要です。それから事故分析ができる人材の育成も喫緊の課題です。内部委員と外部委員の割合はだいたい1対1が望ましいところです。日弁連の10月2日のシンポジウムで事故調査のガイドラインを公表しました。事故調査が全国的に広がってほしいと思います。
課題としては(1)事故調査報告書の集約と公表する拠点作り(2)学会等がきちんとレビューするしくみ作り(3)外部委員相互の経験交流(4)医療事故調査委員の研修プログラム―などが必要です。ガイドラインやルールについては厚労省で具体的に示す必要があると思います。患者側弁護士の懸念として、医療界に隠蔽体質が色濃く残っているのに果たして公正に院内事故調査ができるだろうかという思いがあります。ピアレビュー(同僚による評価)が十分にできない環境下で第三者機関ができても機能しないでしょう。しかし新しい芽は着実に育っており、そこに期待したいと思っています。医療法を改正し、きちんと事故調査を義務付け、調査結果を公表するしくみ、また、市民の目から調査をレビューするしくみが必要です。
討論
■参加者
◎長尾能雅(京都大学医学部附属病院医療安全管理室)
相馬孝博(名古屋大学医学部附属病院 医療の質・安全管理部)
中島和江(大阪大学医学部附属病院中央クオリティマネジメント部)
長谷川剛(自治医科大学医療安全対策部)
加藤良夫(南山大学法科大学院教授)
児玉安司(東京大学医学系研究科弁護士)
◎:座長
- 長尾
- 「院内事故調査」という言葉が何を指すのかが曖昧です。カンファレンス(症例検討会)の延長線上だという意見と、それとは区別すべきで外部からも招聘すべきだという意見がありました。
- 加藤
- 事故調査委員会と症例検討会の線引きは難しいところです。管理者・担当者の判断で構わないと思います。院内で事故調査をするためには普段からピアレビューがなされている必要があります。症例検討会がないままに事故調査はできないでしょう。
- 相馬
- ほとんど同じところから出発しているが、結論が微妙に違います。院内委員対外部委員の割合が1対1で院内事故調査委員会を作ることは本当にいいのでしょうか。基本は院内のM&M検討会であるべきです。というのは、診療科ごとのピアレビューは行っていても、普段、多職種の目からレビューしているわけではありません。必ずしも外部委員を入れる必要はないのでは。
- 長谷川
- 病院という複雑なシステムの中で起こった事故においては、従来のM&M検討会やカンファレンスはあまり有効ではありません。有効に機能するためには多職種でしっかり議論させられる司会者が議事進行する必要があります。できればどの地域でもできるようにすることが正しい解決だと思います。また、報告書の扱いは難しい問題で、研修医に教える書き方、病院管理者に分かってもらう書き方など、書かれた内容がどう機能するのか考える必要があります。ある一つの報告書が、全ての医療従事者、あるいは国民に対して役に立つわけではありません。目的のための書きぶりがあります。なぜ事故調査するかをもっと議論する必要があります。
- 長尾
- 自分たちで調査すべきだが、自分たちだけでは駄目という矛盾があります。線引きは可能でしょうか。
- 児玉
- 医療事故が起こったときに、500床サイズの病院を想定しても病院の中だけでピアレビューをきちんと整理させるのは容易ではありません。加藤先生が言うような理念型としての事故調査と、日常のカンファレンスの間に線引きは難しいと思います。ただ、医療のレベルの問題と、誤投薬といった警鐘事象を取り扱うときの調査のあり方は異なります。後者は病院の抱えているシステムの問題を明らかにするという事故調査方法が必要です。
- 長尾
- そうは思いません。患者の求める真実と、医療従事者の求める真実はずれます。大野病院事件もそうですが、患者の求める真実は実は最初にそぎ落とされる枝葉です。その観点から、患者を代表する立場である弁護士を入れる意義はいかがでしょうか。
- 加藤
- 主治医の説明との食い違いに対して、患者にはとまどいも多い。医学的な真実では、ナースの人員配置といったシステム的な背景要素が落ちています。背景事実までさかのぼって再発防止策につながることを引き出すのが医療事故調査の眼目です。国の施策まで目を向ける必要があるという意味では医療の専門家だけではできないでしょう。
- 中島
- 線引きは難しいです。医療の質の向上と家族への説明責任という観点から、一連という意識があります。診療科ごとのカンファレンスとは別に、職種横断的に委員会を開催しています。年間60件程度で、医療の質の向上と家族への説明責任という観点から、予期しない出来事、まれな合併症など医療のプロセスに問題があるかもしれないものを取り上げます。患者・家族が納得しないと判断した、透明性の必要なものは、外部の専門家を招聘したり、モデル事業(診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業)に付託したりしています。報告書の使われ方が現場の安全に取り組むモチベーションになっているとともに、逆の方向にも働いています。
- 長谷川
- 医師が専門家として取り扱う病気の概念と、患者が一人の人間として経験する病(やまい)は異なります。医療者は専門家として知識を持ちつつ、患者ごとに対応する必要があります。EBM(evidence based medicine,科学的根拠に基づく医療)に対する批判としてNBM(narrative based medicine,(患者個別の)物語に基づく医療)が出現したのと同様です。遺族なら、例えば最期に何を言ったかなどを知りたいですが、事故調査ではそうしたことはまったく明らかにしません。ナラティブ(物語)は大事だが、しかしそれだけでは事故防止にはなりません。両立させる必要があるが、そこが難しいところです。
- 児玉
- 結局、専門性が求められている時にはそれが患者の納得を生みますが、専門性そのものに疑いの目が向けられている時には、非専門家の関与が必要なこともあります。非専門家の関与を一つの方策として考えていくべきです。
- 長谷川
- 今の時代、専門職は単に医師対患者のプライベートな関係では済まなくなっています。公共性が含まれ説明責任の必要があります。
- 加藤
- ありのままを語ると民事や刑事の証拠になるというが、とんでもないことをして患者さんが亡くなった場合は謝罪があってしかるべきです。語ることが大事で、それが身を守るのだと思います。正直者が馬鹿を見ないしくみ作りが大切です。