平成19年12月8日医療事故・紛争対応研究会 第2回年次カンファレンスが開催された。その中から奥山絢子氏(大阪大学大学院医学系研究科総合ヘルスプロモーション科学講座)の会員報告「裁判で問題となった看護記録の記載内容―過去10年間の判例調査と具体例の紹介」をレポートする。
なお、本レポートは事例部分の紹介だけに留める。
事例分類
裁判所の「判例検索システム」から、看護記録の問題点が指摘されている裁判例を抽出し、以下の3事例に分類。
- 看護師が観察すべきであり、実施したケアが記録されていない。
- 診療録など他の記録との記載内容が一致していない。
- 事実が客観的に記載されていない。
事例1 観察したことが未記入であった例
- 痙攣重責状態で人工呼吸管理を受けていた患者が、心肺停止状態に陥り、その後自発呼吸を再開するも、約4ヶ月後に死亡した事案。
- 患者は、痰が非常に多く、夜間も常時吸引を必要としていた。
- 原告の主張
- 夜間でも常時痰の吸引が必要で、呼吸停止の危険があったにも関わらず、原告らの常時付き添いの申出を拒否し、夜間十分な人員の看護師を配置することなく、極めて不十分な頻度の観察しか行わなかった。
- 被告病院の主張
- 事故当時、当直の看護師2名が仮眠を取らず、緊急事態が発生した場合もすぐに対処できるようにしながら、患者の巡回をしていた。看護師は昼夜を問わず、患者の巡回の際には痰が噴出していないか、夜間も30分から1時間ごとに確認するとともに、頻繁に吸引を施行していた。
- 看護記録の記載
- 午前0時 体温表 ○○度
午前3時、及び午前4時30分ごろ
Aは特に以上を示すことなく眠っており、心拍数60と安定。痰の吸引を行ったところ、通常と同じような白色の粘稠の痰が引けた。- 事件番号
- 平成13(ワ)25931
- 事件名
- 損害賠償請求
- 裁判年月日
- 平成16年03月31日
- 裁判所名
- 東京地方裁判所
事例2 記載内容の不一致
- 不妊症の治療のために、被告病院で腹腔鏡検査及び腹腔鏡を用いた癒着剥離術を受けた患者が、術中、循環不全、呼吸不全を起こし、低酸素脳症に陥り、その後死亡した事案
- 看護記録と診療録との間で、上級麻酔科医師の手術室への到着時刻に違いがあったこと等から、患者の状態変化時の医師の対応(注意義務違反)について、患者側遺族と被告病院との間で争いとなった。
- 原告の主張
- 看護記録には「G医師午前10時40分に来室」と記載があり、G医師の来室が遅かった。
- 被告病院の主張
- 診療録に、午前10時35分の段落に、「G医師が来室」とあり、午前10時38分ころ、患者のETCO2・SpO2の低下時G医師の判断で、麻酔薬・笑気の投与を中止し、100%酸素による換気を行った。
- 事件番号
- 平成9(ワ)1623
- 事件名
- 損害賠償請求
- 裁判年月日
- 平成13年12月13日
- 裁判所名
- 札幌地方裁判所
事例3 事実が客観的に記載されていない例
- 冠状動脈バイパス術を受けた患者が、胸骨の離開のため胸骨再固定術を受けなければならなくなった事案。
- 原告の主張
- 看護記録に(1)「開胸手術操作による胸骨、肋骨損傷と思われる」(2)「胸骨切開後の不適切なワイヤー固定」 と記載があり、過誤があったことを裏付ける。
- 被告病院の主張
- (1)胸骨切開に当然伴う損傷についての記載であり、胸骨の切開部の痛みである。
(2)患者の入院時に、患者を看護する上での留意点について最初に書き出したものである。- 事件番号
- 平成12(ワ)136
- 事件名
- 損害賠償請求
- 裁判年月日
- 平成14年04月23日
- 裁判所名
- 神戸地方裁判所
補足すると、いずれも原告の請求が棄却されているが、1の事案については看護師の観察が不十分であるという原告側の主張を裁判所が認めた。2、3の事案ついては、裁判所は被告側の主張を認めている。
なお、本発表の後に座長の前田正一氏(東京大学大学院医学系研究科医療安全管理学講座)が次のように述べた。「記載に留意することと、時計の時刻合わせはただで出来るリスクマネジメントです」。