福岡地方裁判所平成 15年8月27日判決 判例時報1843号 133頁
(争点)
通所介護サービス施設運営者の過失の有無
(事案)
X(事故当時95歳の女性)は、夫や娘と同居していたが、介護支援専門員(ケアマネージャ)Oの作成した介護計画(Xは要介護4)に基づき、平成12年4月1日から午前中2時間程度、自宅にヘルパー派遣を受けていたが、夫の認知症が激しくなったため、その処置が必要となり、他方、Xは、ヘルパーと接触することによって、認知症が収まりを見せ、夫から逃げようとする行動も見られた。Xの娘はOに相談し、Xの夫を施設に入所させ、Xについては通所介護とすることにし、Oは、同年6月28日に介護計画を変更し、総合的な援助の方針を「精神機能・身体機能の低下の進行を防止し、問題行動の発生予防に留意。特に転倒等による骨折防止に対する十分な配慮が必要である(環境整備)。」などとした。
Oは、Y特定非営利活動法人が経営する、比較的少人数で、一対一といった形で利用者の送迎をしているY介護サービス施設(以下、「Y施設」という)をXの娘に紹介し、平成12年7月4日、Xは娘を代理人としてY特定非営利活動法人との間で通所介護を内容とする契約を締結した。
通所介護サービスの開始にあたり、Oは、Yに対し、居宅サービス計画書を示した。Xの娘は、Yに対し「耳が遠いので人との会話がよくできない、左足の膝の関節の軟骨がほとんどなく歩行困難である、トイレではズボンは降ろすが下着を脱ぐことを忘れる、・・・家にいるときは午前午後1時間から2時間昼寝をする。もしくはベッドに横になり体を休めている。」旨、書いて渡した。
Xは、平成12年7月4日から、訪問介護に加えて、概ね火曜日と木曜日の週2回、7月下旬からは土曜日も入れた概ね週3回、Y施設で介護サービスを受けた。
Y施設で、Xは、主に午前中入浴し、12時ころから昼食を食べ、昼寝等の後、午後は2時ころから風船バレー(他の利用者とともに、ソファーに座って、風船を落とさないように叩くゲーム)などのレク活動や体操をした。
Xは、左膝関節痛を訴えて、Y施設を利用する前の平成10年9月21日からK町立病院に通院し、平成11年8月10日からはN医院に通院していた。N医院では、左関節内にリノロサール(ステロイド剤)、ロカイン(局所麻酔剤)を注射し、イドメシンパップ(抗炎症外用剤)を処方した。Xは、平成12年9月からは右膝についても同様の措置及び処方を受けるようになり、9月には8回(うち1回は発熱のため)、10月には5回N医院に通院した。同医院では、両変形性膝関節炎と診断した。
Xは、平成12年11月9日午後1時40分頃、Y施設内の静養室において、昼寝から目覚めた後に転倒し、右大腿骨顆上骨折(大腿骨の膝側部分(遠位骨端)には内側顆及び外側顆という著しく膨大した部分があり、その骨折)の傷害を負った(以下、「本件事故」という)。本件事故に至るまで、Xは52回Y施設を利用した。
本件事故当時、利用者はXを含めて7名おり、Y従業員のH及びTが利用者の見守りをしていた。当日の利用者は84歳から102歳の高齢者であり、うち認知症のある者がXを含め5名おり、一人で歩行すると転倒の危険のある者が、Xを含め5名いた。
Y施設の静養室(6.6㎡)は、畳敷きであり、床との段差が約40cmあり、静養室の前には、四角いテーブルを囲むようにして、ソファー3個がコの字型に配置され、テーブルのもう一辺のところに一人用椅子が置いてあった。
本件事故当時、静養室前のソファー2つ及び一人用椅子には、利用者5名が座っており、もう一つのソファーには利用者1名が横になって寝ていた。Hは、静養室に背を向ける形でソファーに座っていた。利用者は話をしたり、眠ったりしていた。
また、ソファーから少し離れたところに、机が置いてあり、そこにTが座って、午前中の利用者の状況について記録を作成していた。静養室は、食堂兼機能訓練室とカーテンで区切られ、事故当時、カーテンは半分くらい閉められていた。Tの位置から静養室の内部を見ることはできない。Tは事故前の10月23日にY施設で働き始めたばかりであった。
Hは、Y代表者からXの状況について説明を受けており、「足が悪くて軟骨が薄いため歩行が困難である」と聞いていた。
本件事故の状況の詳細は次のとおりである。
平成12年11月9日の昼食後、Hがソファーに座っていたXを、両手を介護しながら静養室に連れていき、寝かしつけた。Hは、ソファーのところに戻り、カーテンを半分くらい閉めた。そして、静養室に背を向けるような形でソファーに座り、また、他の利用者の側に行ったりした。Tは離れた机の前に座り、記録を作成していた。
Hは、何回か、静養室の方を向いて、Xの様子を見た。明確に記憶があるものだけで2回は静養室に見に行った。これまで、Xが昼寝する時間は1時間以内であった。
午後1時40分ころ、玄関で誰かが「こんにちは」と挨拶をしたのでHが応対に出た。Tには見守りを交代するよう声をかけなかった。Xの様子も確認しなかった。そして、Hが来客にY施設について、説明をしているときに、「ドスン」と音がしたので、静養室に戻ったところ、Xは、静養室入り口付近の段差にやや背を向け、膝を少し曲げた状態で尻をついて座り、「痛い、痛い」と言っていた。
HはTとともにXを静養室の畳の上に一緒に抱え上げ、Xのバイタルチェックや軟膏を塗ったりと応急措置をした。そしてXをシーツにくるんで車にのせ、N医院につれていった。
Xの娘は、Xの帰りが遅いのでY施設に電話を掛けたところ、Xが骨折してN医院から、K町立病院に移ったと聞いた。
Xは、平成12年11月9日から平成13年1月21日まで(74日間)K町立病院に入院し、同月22日からA病院に入院している。
Xは、平成13年4月14日、症状固定の診断を受けた。
Xは、Yに対し、介護サービス契約上の安全配慮義務の債務不履行に基づき、損害賠償の支払いを求めて訴訟を提起した。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 1340万円
(内訳:傷害慰謝料120万円+後遺障害慰謝料1100万円+弁護士費用120万円)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 470万円
(内訳:後遺障害慰謝料350万円+傷害慰謝料120万円+弁護士費用0円)
(裁判所の判断)
通所介護サービス施設運営者の過失の有無
裁判所は、通所介護契約は、事業者が利用者に対し、介護保険法令の趣旨にしたがって利用者が可能な限りその居宅において、その有する能力に応じた自立した日常生活を営むことができるよう通所介護サービスを提供し、利用者は事業者に対し、そのサービスに対する料金を支払うというものであるところ(契約書1条)、同契約の利用者は、高齢等で精神的、肉体的に障害を有し、自宅で自立した生活を営むことが困難な者を予定しており、事業者は、そのような利用者の状況を把握し、自立した日常生活を営むことができるよう介護を提供するとともに、事業者が認識した利用者の障害を前提に、安全に介護を施す義務があるというべきであるとしました。
さらに裁判所は、Xは、本件事故当時95歳と高齢であり、両膝関節変形性関節症を有しており、歩行に困難を来すとともに、転倒の危険があり、このことは、通所介護の開始に当たって示された居宅サービス計画書及びXの娘からの書面でYには知らされていたと判示しました。
本件事故までに、Yは、Xの52回にわたるY施設の利用状況及びその記録から、XのY施設内での活動状況を把握しており、それによれば、Xは、風船バレーのレクリエーションでは立ち上がることもあり、尿意を促すと自らトイレを探し、ものに掴まるなどして、歩行を開始することがあったのであり、Xが通所介護を重ねていくことにより、活動能力が回復してきたことが窺われ、さらに、布団で寝て上体から起き上がること、そこから一人でいざって移動することもできたと指摘しました。
裁判所は、以上の諸点に鑑みれば、Xが、静養室での昼寝の最中に尿意を催すなどして、起き上がり、移動することは予見可能であったとしました。さらに、居宅サービス計画書にあるとおり、Xは、視力障害があり、認知症もあったのだから、静養室入口の段差から転落するおそれもあったといわざるを得ず、この点についてもYは予見可能であったとしました。
そして、本件事故時、Yの従業員は、Xに背を向けてソファーに座っており、Xの細かな動静を十分に把握できる状態にはなく、さらに、Xの状態を確認することなく、他のY従業員に静養室近くでの「見守り」を引き継ぐこともなく、席を外して、玄関に移動してしまい、他のY従業員は、本件事故が発生した静養室が死角となる位置で「見守り」をしていたのであるから、Xが目を覚まし移動を開始したことについても、気付く状況になく、当然、Xの寝起きの際に必要な介護もしなかったとしました。
したがって、本件事故は、Yが、Xの動静を見守った上で、昼寝から目覚めた際に必要な介護を怠った過失により発生したといわざるを得ず、Yには、本件事故によりXに発生した損害を賠償する責任があるとしました。
以上より、上記の裁判所認容額の支払いを命ずる判決が言い渡されました。
その後、判決は確定しました。