リハビリテーションで自立度向上を図る回復期リハビリテーション病棟(以下、回復期リハ病棟)では、医師や看護師、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)などの関係者が患者のADL(日常生活活動)について共通の認識を持って関わることが不可欠になる。江戸川病院(東京都江戸川区、310床)の回復期リハ病棟は、訓練室のPTらリハビリテーションスタッフと連携して、患者の正確なADLの把握に努め、安全で効果的なリハビリテーションの実施を目指している。その取り組みを取材した。
ADL評価の差異を検証
江戸川病院は2003年春、回復期リハ病棟のスタッフ(看護師や介護職員)と、PTやOTら訓練室のリハスタッフがそれぞれ患者のADL評価を行い、その評価の差異を明らかにした。きっかけは、リハビリで獲得した能力(できるADL)が、必ずしも病棟で生かされていないという課題に直面したからだ。
「回復期リハ病棟のスタッフと訓練室のリハスタッフでは、患者さんのADL評価にギャップがあった。そのため、リハスタッフが『できる』と評価しても、病棟で患者さんが過剰な介助を受けている例が見受けられた。逆に、介助が必要であるにも関わらず、適切な介助を受けていない例もあった。それらは転倒などの事故を引き起こしかねない」と、同院リハビリテーション科理学療法主任の川瀬美紀さんは話す。
なぜ病棟と訓練室の間で患者のADL評価に差異が生じるのか。川瀬さんらリハビリテーション科のスタッフは、その原因を突き止めようと試みた。回復期リハ病棟の患者39人(年齢30歳~80歳)を対象に、病棟のスタッフと訓練室のリハスタッフそれぞれが患者のADLを評価。その採点結果から、どの項目に差異が生じているかを検証した。
ADLの評価にあたっては、FIM(機能的自立度評価法)を使用。FIMは排泄や食事などの運動ADLと認知ADLの18項目を、介助量に応じて7段階で評価するもので、「全介助」であれば1点、「完全自立」であれば7点となる。
その結果の差異を示したのが図表1だ。18項目のうち、病棟のスタッフと訓練室のリハスタッフの評価が一致したのは、食事や排泄管理、ベッドと車いすの移乗などに関する項目。だが、歩行については、リハスタッフが病棟スタッフに比べ介助量が軽いと評価。また、整容や清拭、更衣、トイレ動作、移乗(トイレ、浴槽)などの項目は、病棟スタッフがリハスタッフに比べ介助量が軽いと評価した。
「歩行は、病棟スタッフが転倒などのリスクを考慮して慎重になり、過剰な介助をしていた可能性がある。本来は装具や介助があれば歩けるにも関わらず、患者さんの正確な能力が病棟スタッフに伝わっていなかった」と、川瀬さん。
一方、整容や清拭、更衣、トイレ動作などの項目は、患者の麻痺の程度やバランス力、高次脳機能など複合的な能力が求められるもので、その介助量の判断にはPTらリハビリ職の視点が不可欠になる。だが、それらを介助するのは病棟スタッフが中心となるため、訓練室のリハスタッフが必ずしもその正確な能力を把握している訳ではなかった。
「病棟スタッフと訓練室のリハスタッフとの評価の差異は、両者の情報交換の不足によるものだとわかった」と、同検証に携わったリハビリテーション科言語療法主任の五十嵐浩子さんは述べる。
従来は、患者の状態について口頭で情報交換がなされることが多く、その内容もスタッフ個人の資質に委ねられていた。そのため伝達する内容や頻度などに格差が生じており、患者のADLの実態が十分に把握されていなかったという。
目標はスタッフ間の共通認識
そこでリハビリテーション科のスタッフは、患者のADLについて病棟スタッフと共通認識が持てるよう「歩行能力表」と「ADL能力表」を作成した。
歩行能力表は、患者の歩行能力を「自立歩行」「見守り歩行」「介助歩行」の3段階で評価し、その結果をベッドサイドに掲示することでスタッフ間の共通認識を図ろうとするものだ(図表2参照)。ADL能力表は、移乗や移動、排泄などの能力を「自立」「見守り」「介助」の3つのレベルに分けて評価したもので、同じくベッドサイドに掲示する(図表3参照)。
これら能力の判定にあたっては、リハビリテーション科が独自に作成したチェック表を使用。その際には、病棟の医師や看護師、介護職員、患者の家族にも立ち会ってもらうという。
「患者さんの能力を実際に見てもらうことで、どのような場面が危険なのかを病棟スタッフや家族と共有できる。また、患者さん本人も自らの能力を知ることになるので、無理に動こうとしなくなる」と、川瀬さんはその効果を話す。
病棟のスタッフからは「便利だ」という声が聞かれ、評判は上々だという。
評価の実施は、通常1カ月ごと。その際、患者の歩行能力に応じた介助方法が、リハスタッフから病棟スタッフに伝達される。また、ベッドサイドに能力表を掲示するのは個人情報保護の問題が絡むため、あらかじめ患者や家族に了解を得てから掲示しているという。
さらに、患者の整容や清拭、更衣などの能力を正確に把握できるよう、訓練室のリハスタッフが病棟に積極的に出向くようにした。毎朝、寝巻きから普段着に着替える際の更衣場面にリハスタッフが交替で参加して、その能力を判断。清拭や入浴場面にも立会い、患者の能力に応じた動作や介助方法などを伝えている。
「短期間で効果的なリハビリテーションを実施するには、チーム医療の充実が欠かせない。今後もチェック表を見直したり、スタッフ間の情報共有の機会を増やして、自立度の向上と安全を両立させていきたい」と、川瀬さんと五十嵐さんは意欲は見せた。
- 注1
- 「リハビリスタッフ=病棟スタッフ」は、訓練室のリハスタッフと病棟スタッフによる評価が同一であったものを示す。「リハビリスタッフ<病棟スタッフ」は、リハスタッフが病棟スタッフに比べ介助量が軽いと評価したもの。「リハビリスタッフ>病棟スタッフ」は、病棟スタッフがリハスタッフに比べ介助量が軽いと評価したもの。
- 注2
- FIMは18項目から構成されるが、図表では「歩行」と「車椅子」を分けて表示したため、19項目となっている。
- 注
- 「自立」「見守り」「介助」の横に記された数字は、FIMの評価点数を記入したものである。
左が江戸川病院リハビリテーション科の言語療法主任の五十嵐浩子さん、
右が同科理学療法主任の川瀬美紀さん。