岡山市立市民病院院長の松本健五さん。
脳神経外科医で、数多くの手術を手がける。
岡山大学医学部の臨床教授(脳神経外科)も務める。
患者が病気を理解するのは、治療への第一歩となる。岡山市立市民病院(岡山県岡山市、396床)では、手術時の様子を録画したビデオを活用し、病気への理解を深めてもらおうとしている。その取り組みを取材した。
岡山市立市民病院の脳神経外科では、手術を控えている患者に、あらかじめ手術時の様子を録画したビデオ(サンプルビデオ)を見せている。脳の内部や医師が患部を切除している様子などが録画された映像は約5分間続く。バックには心地良い音楽が流れ、字幕や患者の手術前後の様子も映し出される。手術を終えた患者の笑顔が印象的な内容だ。
「これを見て、患者さんは安心するようです」と、同院の院長で脳神経外科医の松本健五さんは話す。
同院がサンプルビデオを治療方法の説明に使おうと考えたのは、松本院長の発案によるものだ。それまでは医学書を見せたり、図を書くなどして患者に説明してきた。だが、患者にわかってもらうのに時間がかかっていた。
他方、松本院長はインターネット上で一般の人からの医療相談にも応じているが、患者が医師の説明を思うように理解していない様子も実感していた。
「インターネットを通じて寄せられる質問は、通常ならば医師が説明しているはずの内容が多い。恐らく、患者さんは医師が説明した内容の2割程度しか理解していないのでしょう。これでは医師がいくら説明しても、『聞いていない』と言われかねない。何をどう説明すれば、患者さんにわかってもらえるかを考えなければならない」(松本院長)
そこで思いついたのが、ビデオの活用だ。もともと同院では、松本院長が着任した頃から、執刀医が手術内容を検証したり、他の医師の技術を学ぶために手術内容をデジタルカメラで撮影し、保存していた。それを患者への説明に使えば、理解が深まるのではないかと考えた。
映像を使用する患者には事前に了解を得て、手術のサンプルビデオを作成。実際にこのビデオを見せて患者に説明したところ、病気への理解度は高まったという。自分と同じ手術を受けた患者が短期間で退院する様子を見て、勇気づけられたり、後遺症への不安を抱いていた患者が、映像を見て安心する場合も少なくないという。サンプルビデオは病気への理解を深めるだけでなく、患者の手術に対する不安感を軽減するツールとしても役立っている。
この試みをきっかけに、2000年からは、希望する患者に手術時の様子を録画したものをDVDにコピーして配布するようにもなった。サンプルビデオを見た患者から、「自分の手術も記録して欲しい」という要望が寄せられたのが始まりだ。
DVDには手術時の映像をはじめ、患者の入退院時の様子、医師や看護師などと接している場面などが収められている。収録時間は約5分。脳神経外科の医師が撮影した録画を、松本院長や同科の医師が編集。作業にかかる時間は、1患者あたり1時間程度だ。患者からは実費相当として500円をもらう。年間20人程度の希望があるという。
「患者と医療従事者は一緒に病気と闘う仲間。患者のつらい思いや苦しみを共有し、病気を克服した喜びを一緒に分かち合えるような医療を目指したい。入院から退院までの様子を撮影するようにしたのは、患者さんに思い出として記憶にとどめてもらいたいから。後でDVDを見て、『こんなに自分は頑張ったんだ』と思い返してもらえれば良い」と、松本院長は笑顔を見せる。
このDVDは、患者と医師が手術内容を検証するためにも使われる。録画した手術の映像を一緒に振り返ることで、安心して退院する患者も少なくないようだ。
これは医師の技術向上にも役立つ。手術場面を患者に開示することで、医師は誰に見られても恥ずかしくない手術を心がけようとするからだ。患者1人ひとりの手術を大事にしようという思いにもつながるという。
こうした一連の取り組みは、「心の通い合う医療を提供したい」という同院の姿勢に通じている。同院がホームページ上で各診療科の医師の顔写真やプロフィールを紹介しているのも、いかに患者が知りたいと思う情報を提供するかを考えた結果だ。
「医療は感動的な仕事です。患者が病気にかかり、手術を受けるというのは人生における大きなイベント。医療従事者は患者の人生に参画させてもらっているという自覚を持つことが大事。そして、どうすれば患者の期待に応えられるかを考え、創意工夫する姿勢を忘れないようにしたい」と、松本院長は話している。
岡山市立市民病院の手術室の様子。
脳内顕微鏡手術はデジタルビデオカメラに録画され、
希望する患者にはDVDにコピーして手渡される。
手術の様子。デジタルビデオカメラに録画された手術内容は、
医師が技術を学ぶ絶好の教科書にもなる。
(出典:「脳神経外科 わたしの手術記録~岡山市立市民病院厳選手術記録Ⅱ50例収録」、
松本健五著、メディカ出版、2004)