診療記録であるカルテを使って、医師の資質を評価している病院がある。第三者がカルテをチェックする事で、業務の改善にもつながっているという。本当にそんな事が可能なのか、その取り組みを取材した。
統一されていない医薬品の外観表示
相澤病院(長野県松本市、463床)では毎月1回、医療評価委員会を開き、医師の診療内容を評価している。院長をはじめ、医療安全推進部長、外科系および内科系の医師、看護師、薬剤師など計12人の委員がカルテを見ながら、適切な医療が行われたかどうかを検証する。
ある月の医療評価委員会では、退院後10日以内に再入院した患者に対する診療の評価が行われた。
「主治医の説明が不足しており、患者の家族や看護師と情報が共有されていない」「チーム制であるにも関わらず、主治医の働きが明確にされていないため、さまざまな支障が生じている」「退院後の指導内容についてカルテに記載がない」などの問題点が挙げられると同時に、その改善策についても話し合われた。
「カルテを見れば、どんな診療をしていたかがわかる。きちんと記録が出来ていない医師は、良い診療もやっていない」と、相澤孝夫院長は話す。
同院がこうした医療評価を始めたのは、昨年11月からだ。医療の質を高める取り組みの1つとして、相澤さんの発案により導入された。中でも医師の診療行為に焦点を当てたのは、チーム医療のリーダーとしての役割を重視しているからだ。「医師が変わらなければ、医療の質も変わらない」という考えに基づいている。
「インシデント報告書は、医療行為の過程で起こったヒヤリハットを報告するもの。医療評価の取り組みは、アウトカム(結果)から評価する試みです」と、相澤院長は説明する。
医療評価のフロー
同院の医療評価の手順はこうなっている。まず、診療情報管理室において、カルテの中から次の基準に該当する症例を収集し、医療安全推進部に報告する。その数は毎月60件程度に上るという。
- 退院後10日以内の死亡、再入院
- 入院または術後24時間以内の死亡例
- 輸血、輸液、薬剤、手術、麻酔による予期せぬ合併症
- 予期せぬ再手術
- 入院時診断からみて、あまりにも長期にわたる入院例
- その他入院中のあらゆる予期せぬ重大な出来事
ただし、この基準はあくまでも一定数のカルテを抽出するためのもの。これに該当するから医療の質が悪いという訳ではない。
「本来は全てのカルテを評価したいが、それは現実的に無理であるため、抽出する基準を設けた」(相澤院長)という。
診療情報管理室から報告を受けた医療安全推進部は、これとは別に収集している「ヒヤリハット・事故報告書」と併せてデータを整理。カルテを見ながら、インフォームド・コンセントや院内カンファレンス、その他問題事項がないかどうかを洗い出し、医療評価委員会の委員長(院長)が1次スクリーニングを行うための資料を作成する。このスクリーニングは、医療評価委員会で話し合う事例を絞り込むために行うものだ。
委員長はこの資料を見ながら、1次スクリーニングを実施。該当するカルテと1つひとつ突合せしながら、診療内容をはじめ、必要な情報が不足していないか、インフォームド・コンセントが適切かどうかなど、医療の質を検証する。その検証の観点を整理すると、次のとおりとなる。
- カンファレンスが適切に行われているか(適時、カルテへの記載内容)、あるいは情報の共有が適切に行われているか
- インフォームド・コンセントが適切に行われているか(適時、カルテへの記載内容)
- 他科の医師との連携は適切に行われているか(適時、カルテへの記載内容、その他)
- 主治医はその役割を適切に果たしているか
- 診療、看護の方針は適切に立案、実行されているか(医師は診断経過から治療方針が導き出されているか、看護師は看護診断が適切に行われ、看護計画の立案とそれに基づいた看護介入が行われているか)
- その他問題と考えられる事項(改善すべき事項)はあるか
委員長はカルテの中から改善すべき問題点を含んでいると思われるものを抽出し、気づいた点などコメントを記入。医療安全推進部へ差し戻す。この時点で、カルテの数は30件程度に絞り込まれる。
医療安全推進部は、委員長が記入したコメントに基づき、該当する各部署に質問書を提出。質問書を受け取った各部署の責任者は、対象事例に関して事実関係を確認するとともに、回答書を提出する。この作業は、適正な検証をするために、あらかじめ必要な情報を入手するのが目的だ。
その後、内科系と外科系の医師による2次スクリーニングを踏まえ、委員長が医療評価委員会で審議する症例を決定。毎月、4例~6例程度が医療評価委員会にかけられ、委員によって評価が行われると同時に、改善策についても検討される。ちなみに、評価の視点は次のとおりとなっている。
- 医療技術上の問題
- 医療判断上の問題
- 医療者の労働条件
- 医療者の心理的背景
- 病院のシステムの問題、チェック機能が働いているか
- 患者側の問題
- 医療行為を取り巻く問題
医療評価委員会が終了すると、事務局が「評価報告書」を作成。院長の承認を得た後、各部署に改善指示が通達される。個別に指導が必要なものについては、各診療科で会議を開催して話し合い、その徹底を図ることになっている。
運営のポイント
「この取り組みを開始してから1年になるが、医師の質は確実に向上している。人は努力すれば変われる。無限の可能性がある」と、相澤院長は手応えを感じているようだ。
実際に、カンファレンスが定期的に開催されるようになり、医師と看護師との間のコミュニケーションが円滑になったり、インフォームド・コンセントも患者がきちんと納得するように説明方法を工夫するなどの改善がみられるようになってきているという。また、医師が提出するヒヤリハット報告書の件数も、以前と比較して格段に増えているそうだ。
とはいえ、診療内容が評価されるという事に、医師の反発はないのだろうか。
「確かに導入時は『なぜこんな事をやるのか』と責められた。医師は、非難されると思ったのでしょう。でも、この取り組みは医師の能力を評価するものではなく、患者さんに質の高い医療を提供したいという思いからやっているもの。回を重ねるうちに、理解されるようになった」(相澤院長)
医療評価によって業務内容が改善される事で、以前より仕事がしやすくなるのがわかった効果も大きかったようだ。また、院長自らが毎月一定の時間を費やしてカルテを検証している事も、医師の理解につながったのだろう。トップダウンとはいえ、人は命令するだけでは動かないからだ。
ただし、医師に改善を働きかける場合には、単に「ここが悪い」と問題点を指摘するのではなく、医師の意見も聞きながら、関係者が一緒に考える姿勢が大切だと説く。そして、どうすれば現状よりも良くなるのかを、具体的にアドバイスすることも必要だという。
医療安全推進部部長の元島昭精さんは、「医療評価の一連のプロセスを、組織の明確な指示命令系統に乗せる事も不可欠」と、運営のポイントをこう話す。
さらに同院の医療評価の取り組みが機能している背景には、2002年4月に導入された電子カルテ化も一役買っている。
同院には約600台に上るパソコン端末があるが、医師をはじめ、看護師、薬剤師、理学療法士など患者に関わった医療関係者全てがカルテに記録し、その内容を見る事が可能になっている。
「紙のカルテだと、医療評価のために何枚もコピーしなければならない。だが、電子カルテ化されているので、該当するカルテを随時取り出して、内容をチェックする事が出来る。関係者が情報共有するには好都合」と、相澤院長。まさに電子カルテの効用と言えよう。
こうして見てみると、医療評価の取り組みは医療の質の向上に役立っているようだが、課題もある。評価結果に基づいて改善指示された内容が、確実に実行されているかどうかのチェックだ。
現在でも、部署別の問題点を月ベースで把握出来るようなシートを作成し、問題点が解決されていなければ、各科で会議を開催するなどの方法で改善を図っている。今後はこの方法に加え、組織的にチェックする仕組みも検討したいと考えている。
「患者さんのカルテは医療の教科書。これを活用して教育に結び付けていく事こそが、医療の質を高める事につながる」(相澤院長)というように、カルテという情報の宝庫を利用しない手はない。
相澤病院院長(理事長)の相澤孝夫さん。
「医療評価で、医師がすごい勢いで変化しているのがわかる。
人は努力さえすれば変われる。人には無限の可能性があるんです」と話す。
医療安全推進部の皆さん。 相澤病院では専任のリスクマネジャーを、メディカルコーディネーターと呼んでいる。
手前左が医療安全推進部部長の元島昭精さん、
手前右が院長補佐兼医療安全推進部副部長の小池秀夫さん、
後方は同部メディカルコーディネーターの皆さん。
左から宮島義人さん、今溝静子さん、丸山勝さん。
毎月1回開催される医療評価委員会の様子。
カルテを見ながら、委員が医師の診療内容を評価する。