医療廃棄物が適正に処理されなかったり、不法投棄された場合、処理を委託された事業者だけでなく、廃棄物を出した医療機関の責任も問われる。処理ルートの管理と安心して任せられる処理業者の確保は、医療機関にとっての課題だ。東京都医師会はそうした状況を打開しようと、2003年5月から医療廃棄物適正処理モデル事業に取り組んでいる。同事業の仕組みと今後の展望を、東京都医師会副会長の鈴木聰男さんに聞いた。
- Q.医療廃棄物適正処理モデル事業を始めた経緯とその仕組みを教えてください。
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医療機関から出される医療廃棄物の中には、人に感染する恐れのある感染性廃棄物が含まれています。その処理を適正に行うのは、医療機関の責任です。専門の処理業者に委託する場合でも、「産業廃棄物管理票(マニフェスト)」を交付し、処理の流れを確認することが廃棄物処理法によって義務付けられています。
しかしながら、こうした仕組みがあっても、不適正な処理や処分をする処理業者は後を絶ちません。マニフェストに虚偽の記載をして、あたかも適正に処理されたかのように装う処理業者もいます。そうした場合に、処理業者だけでなく、委託した医療機関も責任が問われることになります。
そこで東京都医師会は、東京産業廃棄物協会や東京都環境整備公社と共同で、感染性廃棄物の収集運搬から処理・処分に至るまでの流れを、コンピュータで追跡確認できるシステムを作りました。
葛飾区医師会に所属する医療機関を対象に、東京都産業廃棄物協会が選定した収集運搬事業者や処理業者が感染性廃棄物の処理を請け負い、その処理状況を東京都環境整備公社の情報センターが管理する仕組みとなっています。
医療機関はあらかじめ配布された専用容器に感染性廃棄物を入れ、それが満杯になったら情報センターに収集を依頼します。すると指定業者が収集に出向き、専用容器にバーコードを張り付けて、携帯端末で読み取ります。そのデータは情報センターに送付され、いつ、どの医療機関が、何個出したかが管理されます。
その後、中間処理場へ搬入され焼却される際にも再度バーコードが読み取られ、感染性廃棄物の流れをリアルタイムで確認できるようになっています。
処理業者から医療機関にマニフェストも返送されますが、このシステムによって廃棄物の処理状況を追跡確認できるため、不法貯留やマニフェストの虚偽記載による被害を回避できるわけです。
また、処理業者は東京都産業廃棄物協会に加盟する事業者の中から選ばれているので、一定の質が確保されています。もし処理業者の処理方法に疑問を感じた場合でも、東京都医師会から処理業者に調査を求めることが可能になっています。
- Q.これら処理にかかる料金はいくらですか。
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25リットルの専用容器1個あたり3,000円(税別)になります。この中には、容器代の他、収集運搬や中間処理、最終処分の料金も含まれています。
- Q.モデル事業に参加した医療機関の反応はいかがでしょうか。
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モデル事業を開始した2003年5月から10月までの6カ月間の状況を分析したところ、葛飾区医師会に所属する309医療機関のうち136カ所が参加しました。参加率は44%です。
これら医療機関から出される感染性廃棄物の個数は、毎月100個程度です。1カ所の医療機関が出す量としては月に1個あるかないかぐらいですから、それ程大きな負担にはなっていないと思います。実際に、「料金が高い」という声は聞きませんでした。
むしろ指定業者が、感染性廃棄物以外にも、個別契約で廃プラスチック類やレントゲン廃液などの収集もしてくれるので、喜ばれました。
- Q.モデル事業の収支状況はいかがですか。
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現時点では、赤字です。廃棄物を回収するための配車や運搬のコストが大きく、現状の排出量ではそれらをカバー出来ません。収集運搬事業だけでみれば、月に240個程度の収集をしないと採算がとれない状況となっています。
しかし、モデル事業に参加する医療機関を増やすことで、黒字化は可能だと考えています。すでに7月から足立区でも事業がスタートしており、今後も都内各区に広げ、参加する医療機関の数を増やしていく予定です。1年半以内に3,000カ所の医療機関の参加を見込んでいます。
東京都はスーパーエコタウン構想を掲げ、2006年度を目処に都内に大型処理施設を完成させようとしています。それまでに収集運搬の流れを作っておきたいと考えています。
- Q.対象地域が拡大されると、処理業者の数も増やさなくてはなりませんね。
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7月には、これら処理にあたる事業者の協同組合が設立されました。現在は、処理業者9社が加盟していますが、将来的には15社程度で運営にあたる予定です。
モデル事業の採算性を向上させるには、収集運搬事業者がいかに各医療機関を効率よく回れるかが鍵となります。各処理業者の担当地区を決め、隣接した地域を回ることによって効率が上がるものと考えています。
- Q.モデル事業に参加する医療機関を増やすための方策はありますか。
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各区医師会で説明会を開催したり、パンフレットを送付して、会員への周知を図っています。現在は診療所を対象としていますが、将来的には都立病院などにも参加してもらいたいと考えています。
この事業については、すでに東京都医師会、東京産業廃棄物協会、それに東京都環境整備公社の三者が基本契約書を結び、これを元に地区の医師会が加わって覚書を交わせばすぐに事業の開始となるので、動き始めれば早いと思います。あと、2,3の地区医師会が参加すればモデル事業ではなく、本事業となります。
医療機関が安心して任せられる処理業者を探したいと思っても、そのための情報を入手するのは容易ではありません。行政の窓口にたずねても、許可業者のリストを手渡されるだけです。その点、モデル事業は処理ルートが明確化され、透明性の高いシステムになっているので、医療機関も安心して任せられます。この点は大きなメリットとなるでしょう。
- Q.事業を拡大するにあたり何か課題はありますか。
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将来的に都立病院や大学病院などが参加した場合の処理料金の設定が課題と言えるでしょう。大規模な医療機関は廃棄物の量が多いため、現在の料金設定ではコスト負担も大きくなる。排出量に応じたコストの段階的な軽減策もいずれ考える必要があるかもしれません。
行政の処理業者への対応にも課題があります。処理業者の数が多いため、現在の人員体制では十分な指導が出来ていない面があります。
廃棄物処理法にも問題があります。そもそも産業廃棄物と一般廃棄物の処理を、同一の処理業者によって行えるようになっているのはおかしい。不適正な処理を招きかねません。
今春、感染性廃棄物の分類が改正され、以前よりは明確になりましたが、それも必ずしも十分とは言えない。本来は、新たに「医療廃棄物処理法」を制定して、医療機関から出される廃棄物は全てそれに順ずるようにすべきだと考えています。
ですが、これら法改正がなされるのを待っているだけでは問題解決になりません。医療機関の団体である都の医師会が率先して、民間主導型で望ましい方向に持っていくことが必要です。
国民の健康と安全な生活環境を守るべき医療機関が、感染性廃棄物の不法投棄などによる環境汚染に注意を払うのは当然のことです。廃棄物の処理コストを抑えたいという気持ちもわかりますが、排出者としての責任を自覚して、安全への配慮も忘れないでもらいたいと思います。
不法投棄などの問題が明るみに出ることで、国民の感染性廃棄物への関心が高まっています。モデル事業においても、例えば、参加する医療機関に「医療廃棄物適正処理事業参加医療機関~本院は医療廃棄物を適正に処理しています」と書かれたシールを交付するなど、患者さんに認知してもらえるような仕組みを作って、信頼性の向上に寄与していきたいと考えています。
東京都医師会副会長の鈴木聰男さん。
専用容器に張り付けられたバーコードを携帯端末で読み取ると、
データが情報センターに送信される。
収集運搬、中間処理、埋め立て処分に至るまでの流れを
バーコードによって個別に追跡管理出来る。
医療機関が感染性廃棄物の収集を依頼すると、指定業者が専用容器の回収に来る。