介護現場に潜む事故の危険性をあらかじめ察知して、それへの対処法を検討する「危険予知トレーニング」を導入する事業所が広まりつつある。リスクに対する感度を高めるとともに、具体的な事故防止策を考える力が養えるという。そのトレーニングを取り入れた研修の様子を取材した。
ヒヤリハットには共通項が存在する
在宅で福祉用具を利用する要介護者が増えている。介護保険が始まった2000年4月に4億円だった福祉用具レンタルの給付額が、昨年5月にはついに100億円台を突破するという勢い。今や福祉用具レンタルは、年間千億円を超える売上規模の成長産業となっている。
だが、これら福祉用具に絡んだ介護事故も少なくない。ベッドから車いすに移乗する際に転落したり、ベッド柵に手や足を挟み込むなどの事例が見受けられる。
(財)製品安全協会が2000年に在宅介護に従事する理学療法士や看護師、ホームヘルパーらにヒヤリハット事例を調査した結果、その7割が屋内で起こっており、中でも寝室が約4割と最も多かった。また、ヒヤリハット時に使用していた福祉用具として、車いすや介護ベッドなどが多く挙げられた。
在宅生活は病院や施設と異なり、福祉用具を使う環境はさまざま。その正しい使い方が十分に浸透していない面もある。それだけに介護事故が起こる可能性は高い。
そこでホームヘルパーらにあらかじめ介護事故が起こりそうな場面を認識してもらい、事故を防ごうと、医療法人協和会(兵庫県川西市)は危険予知トレーニングを研修に取り入れた。
「在宅介護の現場は、利用者個々によって環境が異なるだけでなく、その時々で状況が変化する。ホームヘルパーは普段と違う様子に気づき、事故につながらないように気を配らなくてはならない。研修でそうした危険性を察知する力を高めてもらいたい」と、協和会北ケアセンターヘルプステーションのサービス提供責任者の阿部登代子さんは語る。
研修の対象者は、同法人ウェルケア事業部(在宅事業部)に所属するホームヘルパーと、病棟勤務の看護師ら約60人。5~6人のグループに分かれて、ヒヤリハットが起こる直前の様子を描いたイラストを見ながら、危険な点を挙げ、それらにどんな対策が必要かを話し合う。
医療法人協和会が主催した危険予知トレーニングの様子。
各グループは5~6人程度が理想。
それ以上になると、意見を出さない傍観者が出るという。
イラストは、サテライト(大阪府住之江区)が開発した「福祉用具安全確認トレーニング研修キット」を使用する。これは5,000件を超えるヒヤリハット事例を収集分析して、起こりやすい事故の直前の様子をイラストに落とし込んだものだ。30通りある。
同キットの開発に携わった兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所課長補佐の小山美代さんは、「事例を収集した結果、人が犯すミスは同じようなものに集約されるのがわかった。それらを事前に抑えておけば事故は減る」と、話す。
トレーニングの実施方法と期待される効果
同キットを使った具体的な研修の進め方をはこうだ。まず、グループの中から記録係を1人決める。後は各グループに配布されたイラストを見ながら、「どんな危険が潜んでいるか」「それら危険にどんな安全確認対策が必要か」について各人が意見を出し合い、それを記録係が書き留める。とにかく思いついた事は遠慮なくどんどん出し合う。他人の意見に異論を唱えないのがルールだ。
途中で意見が出にくくなったら、「人」「用具」「環境」という3つの視点から要因を見つけ出すようにする。1つのイラストには、最低でも20個の危険が潜んでいるという。時間は30分程度。いかに早く、出来るだけ多くの危険性を見い出せるかがポイントだ。
意見が出揃ったら、各グループで重点課題を1つに絞り込み、そのスローガンも考える。例えば、「注意1秒、ケガ一生」などだ。そうすることで行動目標に高めることが可能になるという。最後に、各グループの検討内容を全員の前で発表する。
あるグループに課題として与えられたイラストは、ホームヘルパーが車いす(シャワーキャリー)に乗った高齢者を浴室に移送し、入浴介助しようとする場面だ。「車いすのフットレストから足がずり落ちているので危ない」「浴室と脱衣場に段差があり、転倒する恐れがある」「車いすが高齢者の身体に合っていない」など、参加者から次々に意見が出される。
サテライトが開発した「福祉用具安全確認トレーニング研修キット」のイラスト例。
5,000件のヒヤリハット事例から、事故が起こりやすい直前の様子をイラストに描いた。
同キットは30通りのイラストと研修で使う記入シート、
参考事例集がセットになっている。
付属のCD-ROMにはこれら内容が収まっており、
事業所内でのコピーも可。価格は5万円(税別)。
安全対策として、適切な用具の選定、浴室内にある洗面器などのモノの置き方、住宅改修の必要性などが指摘された。中には、脱衣場の温度や感染症対策にまで検討が及ぶグループもあった。
参加者からは、「現場の様子がイメージしやすい」「講義とは異なり、自分で考えなくてはならないので飽きない」「自分1人では気づかない点に気づける」などの感想が聞かれ、研修の評判は上々のようだ。
研修の講師を務めたサテライト代表取締役の堤道成さんは、「ヒヤリハット事例を集めても、その具体的な解決策がわからないという声が多い。こうした研修を活用して危険を予知し、対策を考える習慣をつけてもらいたい」という。
この研修は、医療と介護の連携にも役立ちそうだ。あるグループは、入浴介助時にホームヘルパーがエプロンを着用しているイラストを見て、医療と介護の視点の違いに気づいた。「利用者と一緒に入浴することがあるのでエプロンは着用しない」と話すホームヘルパーがいる一方で、看護師は「エプロンは感染防止のためにも必要」と話す。
「病院と在宅では患者さんの見方や接し方が違うのがわかった」と、このグループの参加者の1人は感想をこう述べる。
最近は、医療法人が在宅介護事業に進出するケースが増え、病院と在宅を行き来する患者も多いだけに、医療従事者と介護従事者の双方が事故のリスクを把握し、情報交換する機会を持つことが望まれる。
協和会協立温泉病院上席看護課長の角田広美さんは、「両者の連携は不可欠だが、まずは医療側と介護側でどんな視点を持っているかを把握することが大事。そうすれば、患者さんが病院から在宅、在宅から病院へ移る際に、職員同士でどんな情報交換が必要なのかがわかるようになる。こうした研修を積み重ねることで、互いの連携強化に役立てたい」と、話す。
この危険予知トレーニングの特徴は、研修の手順さえ覚えれば、誰でも気軽に始められるという点にある。今回研修に参加したホームヘルパーらも、このトレーニング手法を各事業所に持ち帰り、他の職員とグループワークを積み重ねていく予定だという。
収集したヒヤリハット事例を、具体的な事故対策に結びつけていく方法として大きなヒントになりそうだ。
- サテライトの連絡先
- 電話:06-6615-1017 メール:tsutsumi@s-lite.jp