大阪大学医学部附属病院(大阪府吹田市、1,076床)では、3年前にイントラネットを活用したインシデントレポートの提出システムを導入した。集まったインシデント事例を基に、さまざまな事故対策も講じられている。その一部を紹介したい。
メーリングリストで委員会の意見を集約
「インシデントレポートはただ集めるだけでは意味がない。それを分析して、事故対策を検討し、いかに早く現場に戻せるかがポイント。そうでないと、レポートは提出されなくなる」
そう言うのは、同病院中央クオリティマネジメント部副部長の中島和江さんだ。2001年6月、病院内イントラネットを活用し、800台の端末を通じてどこからでもインシデントを入力出来るようにしたのはそのためである。
コンピューターに表示された画面には、インシデントの発生日時や場所、報告者の職種、内容などが簡単に入力できるようになっている。入力時間は平均10分程度で済む。システム導入から2年になるが、あらゆる職種の職員から報告がなされるようになったという。中でも、これまで提出の少なかった医師からの報告が、全体の10~30%程度を占めるほどになった。
提出されたレポートは、23人のリスクマネジメント委員会の委員が当番制で毎日チェックする。その日のうちにインシデントをとりまとめ、根本的な原因を分析し、予防策についての提言を書き込む。さらに、それを他の委員にメーリングリストで回覧。他の委員は意見があれば記入し、委員会全体としての予防策や改善策をまとめていくという段取りだ。
一般的に、このような活動は定例的に開催される会議で検討されることが多い。だが、同院の場合は、ITを活用して、毎日のように会議が開催されているのが特徴だ。
そして、この委員会で決定された内容を、実行に移すための組織が中央クオリティマネジメント部となる。今年4月、新たに設置された。医師2人と専任のリスクマネジャーが配置されている。
委員会で取りまとめられた予防策は、同部が発行する「リスクマネジメントニュース」で周知される。イントラネットと紙媒体の両方を使うという念の入れようだ。
「インシデントや事故防止に関連したマニュアルが作成されている旨や、他病院での事故事例を紹介するなど、いかにして目にとめてもらうかに気を配っています」と、中島さんは言う。
事故を防ぐための具体的な取り組み事例
同院ではこれら収集したインシデントレポートを基にして、さまざまな事故防止策を実施している。
患者の誤認を防止するために患者名が記載されたリストバンドを導入したり、点滴ルートの誤接続を防ぐために専用の注射筒をメーカーと共同で開発したこともある。
また、手術部位の間違いを防ぐために、手術の手順も見直された。「手術部位確認チェックリスト」に部位を必ず記入するとともに、術前には医師をはじめ、麻酔科医、看護師それぞれがこのリストを見て、部位をチェックするようにした。
さらに、術後、患者の身体にガーゼやスポンジ、針糸などが残っていないかどうかを確認するため、レントゲン撮影を実施。2人の医師によって遺残物がない事が確認出来た時点で、手術を終了するようにした。
患者の転倒転落は、同院でも比較的多いインシデントの1つである。離床センサー付きのマットや高さの低いベッド、衝撃緩衝マットなどを活用して、その防止に努めている。転倒のリスクが高い患者に対しては、カルテにその旨を記入した専用シールを張って、注意を喚起する取り組みも行っている。
他にもさまざまな対策が講じられているが、中でも、間違った血液型の輸血をする、異型輸血の防止システムはユニークだ。
同院が1993年から1997年にかけて、近畿地方の12大学病院に調査した結果によると、5年間に26件の異型輸血が起こっていた。その原因の多くは、患者あるいは血液製剤の取り違えと、輸血検査ミスによるものだったという。
そこで同院ではこれらミスを防ぐため、輸血直前に病院情報端末を使って、血液製剤が患者のものであるかどうかをコンピューターでチェックするようにした。血液製剤に付けられたバーコードを情報端末で読み取り、患者のものでなければ、コンピューター画面に警告が表示されるという仕組みになっている。
血液バッグに付いたバーコードを情報端末で読み取り、
患者の血液製剤かどうかをチェックするコンピューターシステム
さらに、患者のベッドサイドにおいても、チェックが働くように工夫されている。血液バッグを吊す点滴スタンドに、血液型を表示したプレートを掲げるようにした。このプレートを見れば、医師や看護師だけでなく、患者も自己の血液型と相違がないかどうかを確認出来るという訳だ。
患者のベッドサイドに吊るされる血液型表示プレート。
医師や看護師だけでなく、患者も確認出来る
採血時に他の患者名が記載された試験管に採血してしまうという、採血間違いも少なくないという。もしこのミスに気づかなければ、患者の血液型が誤って登録されてしまう危険がある。そうなると、せっかくのコンピューターによるチェックも機能しなくなる。
そのため同院では、入院時に1回、さらに輸血前にも1回、合計2回採血するようにしている。それぞれが一致した時点ではじめて患者のものであると確定する。以降は、先に紹介したコンピューターでチェックをすれば、患者と血液製剤の取り違えは防止可能となる。
「失敗例の方が人は学びやすい。だからこそ、各自が提出したインシデントレポートを、いかに具体的な事故防止策につなげていくかが大事。事故やインシデントを隠すよりも、出来るだけ早く開示した方が自分にとって都合が良い。そう思ってもらうためにも、スピーディな対策を講じる事が不可欠なのです」と、中島さんは話している。
大阪大学医学部附属病院の中央クオリティマネジメント部副部長の中島和江さん