昨年末から今春にかけて世界数十カ国で広がっていた「重症急性呼吸器症候群」(SARS)は、7月5日にWHO(世界保健機関)が終息宣言を行ったことで、ひとまず落ち着いた。そんな中、厚生労働省と東京都、千葉県は今冬の再流行に備えて、8月25日に初の合同訓練を実施した。
合同訓練は、SARS流行地に、医療用器具の技術指導を行うために訪れた会社員2人(A氏とB氏)が、帰国後に発症したという想定で行われた。その概要はこうだ。成田空港到着後、B氏は咳などの症状はないものの、微熱のあることが判明。一方のA氏は、発熱などの症状はない。成田空港の検疫所は、2人に発熱や咳などの症状が出たら、最寄りの保健所に相談するよう説明して帰宅させた。
その日2人は、空港付近のホテルに宿泊。翌朝、体温を測定すると、A氏は38.2℃、B氏は36.9℃だった。その後、B氏は迎えに来た妻の車で、千葉県内の自宅へ帰宅。A氏は成田エクスプレスに乗車して新宿駅に到着後、レストランに立ち寄ってから都内の自宅に帰った。この時点で、B氏の体温は38℃。A氏は咳症状が出始め、体温は38.2℃だった。
訓練では、自治体職員がこの2人にふんして、東京都の新宿保健所と千葉県の市川市保健所に電話をかける場面からスタートした。東京都側の訓練を例にとると、保健所に相談したA氏は、都が定めたSARSの外来診療を行う協力医療機関に受診。その後、A氏はSARSの擬似症患者であると診断された。SARS発生の届出を協力医療機関から受けた新宿区は、都に報告。都は、それを厚生労働省に報告した。その後、都健康局SARS対策本部にて今後の対応を協議。と同時に、SARSの擬似症患者が発生した旨をマスコミに対しても公表。一方で、感染経路などを把握するための疫学調査も開始された。
また、入院勧告を新宿区から受けたA氏は、SARS患者の受け入れ先病院となっている都立墨東病院に感染症患者搬送車にて搬送された。この搬送車にはアイソレータ(内部の気圧を外部より低くすることで、病原体が外部に広がるのを防ぐ陰圧式となったカプセル)が装備されており、救急隊員は防護服に身を包んで患者を搬送した。訓練は、SARS発生から患者が退院するまでの11日間を1日に凝縮して行われたが、その後に新たな発病者が出ないまま、A氏の退院が決定するというシナリオで訓練は終了した。
「今回の訓練では、SARSが広域発生した場合に、情報連絡体制をいかに確保するかに焦点が置かれた。正確な情報を、関係機関に迅速に伝えるという点では、満足いく結果だった。しかしながら、実際にSARSが発生した場合には、現状の担当部署だけで対応できるのかどうか不安がある。いざとなったら必要な人員を、どの程度確保しなければならないのかという点がわかったことは大きな収穫だった」と、訓練を担当した東京都の職員はいう。実際にはさまざまな情報が錯綜することも予想されるが、いかに情報を1カ所に集約させるかという点も課題として浮かび上がったようだ。
都ではこれまで、健康局内にSARS対策本部を置いて、情報提供や相談、予防対策などを実施してきた。医療の提供体制としては、「東京SARS診療ネットワーク」を構築し、感染症指定医療機関である都立4病院(墨東、荏原、豊島、駒込)を中心に、24時間の診療体制を確保。また、SARS擬似症患者の外来診療に対応できるよう、「協力医療機関」(国公立、民間の22病院)を定め、患者の症状に応じて適切な医療機関に受診できるよう体制を強化してきた。その意味では、今回の訓練は同ネットワークの検証作業でもあった訳だ。9月中には訓練内容を検証し、不備な点や課題があれば対策を講じる予定だ。
「今冬に向けて、外来診療に対応してもらう協力医療機関をさらに増やしていきたい。そのために必要な設備面の補助なども検討したい」(東京都)と、話している。
なお、各都道府県では、冬季に向け、今回行ったようなSARS訓練を順次実施していく予定となっている。
感染症患者搬送車で都立墨東病院に搬送されたSARS患者
(合同訓練の実施場面より)
患者は陰圧式となったアイソレーターで、
墨東病院の感染症専用の入口に搬送される
(合同訓練の実施場面より)
都立墨東病院(墨田区)は第1種感染症指定医療機関(2床)となっており、
SARS患者が発生した場合の入院を受け入れる。