医療事故を防止するために業務マニュアルを作成しても、それが実行されなければ意味がない。関西労災病院(兵庫県尼崎市、670床)は「医療安全パトロール」という方法を通じて、マニュアルの内容を職員1人ひとりに浸透させ、中身のレベルアップも図っているという。その取り組みを取材した。
午後1時30分。循環器病棟のナースステーションに、副院長、外科部長、看護副部長、薬剤部長、事務局次長の5人が集合した。場は一瞬緊張した空気に包まれたが、病棟の医師や看護師らは即座に状況を把握した。これから医療安全パトロールのメンバーによる抜き打ちチェックが始まるのだ。
医療安全パトロールを始める前に、メンバーによる打ち合わせが行われる。
当日の役割分担と重点的にチェックするポイントを確認する。
- 「患者さんに対する薬の説明は誰がしているの?」
- 「新たに処方する場合は看護師が簡単に説明して、詳細は薬剤師が行うことになっています」
- 「その辺りの業務分担や話し合いはきちんとなされているの?」
- 「はい、今までトラブルになったことはありません」
医療安全パトロールのメンバーから次々に鋭い質問が投げかけられるが、病棟の看護師らは日頃の業務手順を思い出しながら、1つひとつ丁寧に答えている。
質問は与薬の確認方法にも及んだが、どうやら課題が見つかったようだ。患者に1回分のみの薬を手渡しする場合は服用したかどうかを看護師がその場で確認しているが、1日分をまとめて渡した場合にはその確認が不十分であることがわかった。中には、患者のベッドシーツに薬が落ちているのを看護師が後になって発見することもあるという。
「では、服薬確認の方法をきちんと決めておかないといけないわね」と、医療安全パトロールメンバーの桟裕子看護副部長は看護師に伝えた。マニュアルを見直す必要性があることも指摘した。
循環器病棟の看護師(左から2番目)に薬剤の保管方法などを質問する医療安全パトロールのメンバー達。
左端が桟裕子看護副部長。
関西労災病院では、このような医療安全パトロールを定期的に行っている。メンバーは病院全体の医療安全を司る「医療安全推進委員会」の委員だ。副院長を含む医師や看護部長、看護副部長、看護師長、薬剤部長、放射線科・検査科・リハビリテーション科技師長、事務局次長、医事課長の総勢21人が6つのグループに分かれ、それぞれが毎月1回、各部署を巡回している。あらかじめパトロールを行う部署や日時は相手に知らせないのが特徴だ。
「医療安全パトロールのメンバーは専用の腕章を付けて各部署に出向きますが、それでも以前は職員に抵抗感がありました。しかし、最近は受け入れがスムーズになり、非常に協力的です」と、大澤清美看護部長は話す。
医療安全パトロールの手順はこうだ。まず、メンバーは各部署に出向くと、チェックリストに基づきながら、マニュアルどおりに業務が行われているかどうかを職員に確認する。その際、口頭での質問だけでなく、カルテや看護日誌なども見る。また、ナースステーションだけでなく、診察室や病室、廊下なども巡回する。患者の反応の他、張り紙の内容が患者にわかりやすいかどうかを確認したり、廊下に転倒の危険性があるモノが置かれていないかどうかもチェックする。そして、チェックした結果は、毎月1回開催される「医療安全推進委員会」で報告され、必要があれば対応策を検討。各部署でマニュアルの見直しも随時行われることになっている。
この日のパトロールは約1時間に及んだが、前出の与薬の確認方法の他にも、検討すべき課題があることが判明した。人工呼吸器などの医療機器について、日々の点検は行われているものの、定期的な点検がシステム化されていない事などがわかった。これらは次回開催される医療安全推進委員会で報告され、対応策が検討される予定だ。
約1時間に及ぶ医療安全パトロールが終了すると、
メンバーは再度集まってその日のチェック内容を報告し合う。
この結果は医療安全推進委員会に報告され、必要があれば対策が検討される。
右端が奥謙副院長(前ジェネラルリスクマネジャー)。
真中が現ジェネラルリスクマネジャーの大里浩樹外科部長。
「たとえマニュアルがあっても、それが守られているかどうかをチェックする仕組みが必要。マニュアルも常に見直しを行い、レベルアップしていかなければならない。そのためには医療安全パトロールという方法は有効です」と、奥謙副院長は説明する。
同院が本格的に医療安全対策に取り組み出したのは、2000年からだ。医療安全推進委員会を設置し、各部署にリスクマネジャーを配置。インシデント・アクシデントレポートの提出を義務づけ、その内容に基づいて、「医療安全対策マニュアル」も作成した。翌年、そのマニュアルの実行状況とマニュアルに不備がないかどうかを検証するために、医療安全パトロールがスタートしたのである。
活動が始まってから約2年になるが、成果は少しずつ出ているようだ。医療安全パトロールの回数を重ねるごとに、チェックリストの『YES』の項目が増えてきているという。 また、インシデントが起こったら、マニュアルに戻って業務を見直すという姿勢が徹底しつつあるようだ。
「パトロールは出来ていない部分ばかりを指摘するのではなく、出来ている部分も確認しながら、それをフィードバックしている。それがやる気につながっているようです」(桟看護副部長)
医療安全パトロールのメンバーも、チェックするコツを掴むようになってきた。例えば、インシデント・アクシデントレポートであらかじめ部署ごとの特性やインシデントの傾向を把握しておき、パトロール時にその部分を重点的にチェックするのも1つの方法だ。そうすることで、部署ごとに起こりやすいインシデントや事故を未然に防ぐことが可能になる。
「医療事故対策はキリがない。たとえ一度改善されたとしても、時間の経過とともに注意力が低下し、再び事故が起きる可能性もある。だからこそ、医療安全パトロールによって繰り返し安全に対する意識を植えつけていくことが大事です」と、奥副院長。
計画したことを常に検証しながら見直していく。そうした継続的な取り組みが安全対策には不可欠であることがよくわかる。