ホテルで客のあらゆる相談に応じる、コンシェルジュ。それを病院に導入し、患者サービスの向上に成果を上げている病院がある。前回紹介した、都立豊島病院(東京都豊島区、360床)だ。その取り組みは、安全管理にも一役買いそうだ。
「初めてなんですけど、どうしたらいいですか」
都立豊島病院を訪れた初老の男性が、不安な様子で病院コンシェルジュの菊池美佐子(看護科科長)さんに尋ねた。
「では、こちらの用紙に記入して頂いてよろしいでしょうか」
菊池さんはそう言いながら、男性を机と椅子のある場所まで案内する。男性が記入を終えると、所定の窓口に書類を出すのを手伝った。
その後も、「薬だけもらいたいんだけど......」「予約してないけど、受診できますか」「○○へ行きたいのですが、どこですか」など、患者からの問い合わせが相次いだ。その1つひとつに菊池さんは丁寧に答え、必要があれば専門の担当者につないだり、目指す場所まで案内する。不安な様子の患者さんを見つけると、相手からの質問を待つまでもなく、菊池さんの方から声をかけていた。
病院コンシェルジュとして、総合案内デスクの脇に立つ看護科課長の菊池美佐子さん。
腕章が目印になっている。
これは同院が2001年11月から始めた、「病院コンシェルジュ」という取り組みだ。「病院コンシェルジュ」という言葉は聞き慣れないが、簡単に言えば「よろず相談承り係」のこと。毎朝10時~11時の1時間、外来の総合案内デスクの脇に立ち、菊池さんのように患者や付き添い者などからのあらゆる質問や相談に答えている。
患者からの問い合わせに答える病院コンシェルジュ。
質問は受診の手続き方法や、場所を尋ねるものが多い。
「病院は、苦痛や不安を抱えた人が来る場所。ましてや初めて来院する人も多く、わからない事が多いのは当然です。ですから、病院コンシェルジュが案内することで、少しでも不安を和らげ、気持ち良くお帰り頂きたいと思っています」と、関口令安院長は話す。
きっかけとなったのは、患者からの苦情だった。同院は1995年に病院の老朽化と狭隘化のために全面改築。4年間の休診後、1999年7月から診療を再スタートした。その際、患者に高度専門医療を提供するとともに、地域の医療機関との連携を柱に据え、紹介・予約制を原則とした。だが、病診連携の意義はなかなか理解されず、「都立病院なのに、なぜ予約や紹介状が必要なのか」という患者からの苦情が寄せられた。看護師2人が常駐する総合案内デスクだけの対応には限界があった。
また、同院の外来には、総合案内デスクをはじめ、初診受付、文書受付、会計受付などさまざまな窓口があるが、患者はすぐに目指す場所を探せなかった。案内板があっても目に入らない様子で、困惑している患者を見かけることが多かった。外来フロアの中心にある総合案内デスクは、それら患者からの問い合わせに追われる日々だった。
この状況を何とか打開出来ないか。そう考えていた関口院長の目に、ある時、雑誌の特集が飛び込んできた。それは、ホテルのコンシェルジュの仕事内容を紹介するものだった。どんな質問にも、「出来ません」「わかりません」とは答えず、自身でわからなければ、わかる人に聞いたり、引き継いだりするコンシェルジュの姿勢に、「これだ」と思ったという。
そこで、外来の混雑時に患者からのさまざまな質問に答えたり、病診連携の意義を理解してもらおうと、病院コンシェルジュの取り組みを始めることになった。ネーミングはもちろん、ホテルのコンシェルジュからヒントを得た。
とはいえ、いざ始めようとしても、時間が空いている職員は病院幹部しかいない。そのため、院長をはじめ、事務局長、看護科科長、庶務課長、医事課長の5人でスタートすることになった。今年2月からは、検査科科長、技師長、栄養科科長、薬剤科科長も加わったが、院長らの取り組みを見て、「私たちもやってみたい」と申し出てくれたのだという。
患者から寄せられる質問は、冒頭で紹介したような受診の手続方法や、エレベーター、食堂などの場所を尋ねるものが多い。中には、「手術後、何を食べればよいか」「リハビリを続けるため、近くの病院を紹介して欲しい」という具体的なものもある。
地域の医療機関の問い合わせについては、独自にリストを作成して配布している。以前は、地図を開いて説明していたが、それでは時間がかかり、他の患者を待たせることになる。リストを作成することで、速やかに対応出来るようになった。紹介を受けた地域の医療機関からも喜ばれているという。
患者からの問い合わせがあれば手渡しする。地域の医療機関からも好評だという。
「こうして病院コンシェルジュとして立ってみると、実にさまざまな事に気づきます。例えば、案内板の文字が小さくて見にくかったり、患者の目線に合っていませんでした。また、館内放送の声が早口で大きすぎたり、職員の服装が乱れていることもわかりました。それらを1つひとつ改善した結果、職員の接遇態度も良くなってきました。時々、患者さんから誉められることもあります」(関口院長)
他にも、「患者さんと接することで、こちらが把握しておくべき事がわかった」(看護科科長)、「患者さんの聞きたい情報がわかるようになってきた」(検査科科長)、「医療部門の流れがわかるようになった。病院全体として改善しなければならない点があれば、速やかに対応出来るようになった」(事務局長)という声が聞かれるなど、評判は良いようだ。
「これまでは幹部と言えども、病院全体を職種横断的に見るチャンスがありませんでした。しかし、病院コンシェルジュを行うことで、さまざまな視点でモノゴトを見れるようになっています。目標は、職員1人ひとりがコンシェルジュのようになり、患者の視点で医療サービスの提供に努めること。医療はサービス業であり、その究極が安全なのです」と、関口院長は言う。
近々、総合案内デスクやその他の窓口を1カ所に取りまとめ、そこであらゆる患者からの相談に対応出来るようにしていく予定だ。窓口の効率化を図る目的もあるが、患者にとっては、まさに1カ所で全てが解決出来る場所となることを目指している。
関口令安院長も病院コンシェルジュとして患者に接する。
通りかかった職員から業務改善案を持ちかけられる事もあるという。