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見過ごせない患者からの暴力と、その対応策

6月初旬、東京都内のクリニックで、看護師が患者に包丁で切りつけられるという事件が起こった。同じような事件は5月下旬にも大阪市内の病院で起こっており、病院関係者に衝撃を与えている。病院は、患者からの危害や暴力にどのように対応すれば良いのか。今回は都立豊島病院における患者による暴力への対応方法について紹介する。

日本看護協会が2001年10月に行った調査によると、過去1年間に患者からの暴力を経験したことがある病院は約3割に上った。だが一方で、保安に関する職員研修やマニュアルの作成・見直しが不備である、と答えた病院は約5割となっており、患者からの暴力に必ずしも十分な対策が立てられているとはいえない状況だ。

東京都立豊島病院(東京都板橋区、360床)もつい最近までは、いざとなったら警察へ通報する方法しか考えていなかった。その"いざ"というのは、患者が職員に暴力をふるったり、器物を損壊したり、モノを投げつけたり、大声を出したり、暴れるなどの行為があった場合のことだ。

「しかし、これだけでは不十分だということがわかりました。実際には明らかな暴力というよりも、そのすれすれのケースの方が多い。ですから、未然にどう防ぐかも考えておくことが必要です」と、関口令安院長は話す。

そこで同院では、患者からの暴力に予防的に対応する方法と、緊急的に対応する方法を決めて徹底した。予防的対応は、挙動不審者がいたり、トラブルが起こりそうな気配を感じたら、看護職員などが電話で院内の警備員に連絡。連絡を受けた警備員は、現場に急行し、4~5メートル離れた場所から状況を見守り、必要に応じて医事課や警察に連絡するというものだ。この場合のポイントは、遠巻きで見守る者が複数で関わることと、笑顔を忘れないことだという。

看護職員が警備員に連絡すると言っても、患者が近くにいては状況を説明しにくい。その場合に備えて、あらかじめ暗号も決められている。また、外来の総合受付には警備員や医事課に直接つながる隠しブザーを備え付けており、即座に対応出来るようになっている。

外来受付からもいざとなったら警備員に連絡が出来るようになっている
外来受付からもいざとなったら警備員に連絡が出来るようになっている

一方の緊急対応には、「レベル1」と「レベル2」がある。「レベル1」は警察対応のケースで、職員などの身体に危険が及ぶような場合は躊躇せず警察へ連絡するというもの。「レベル2」は、緊急事態で複数の警備員や医事課職員などの応援を必要とするケースだ。

この場合、看護職員らは警備員に電話で連絡することになっているが、具体的な状況を説明しにくいようならば、「業務連絡3号です」と伝えればわかるようになっている。これは「緊急事態発生、警備員などの複数職員は急いで現場に集合してください」という意味を持つ。

他にも、警察への緊急連絡先を患者にも見える場所に、大きな文字で表示しておくことも抑止力になるようだ。また、「お前の名前は何て言うんだ」と特定の職員を攻撃しようとする患者もいるため、外来担当と一部診療科の職員は名札を付けないようにして、危害が及ぶのを防いでいる。

「当院は、比較的、患者さんからの暴言や暴力のリスクは多い。中には、『バカ野郎』『ぶっ殺してやる』という暴言を吐く人もいますが、このような言葉を聞いたら、すぐに警備員を呼び、警察につなぐこと。とにかく早めに対処し、事態が大きくならないようにすることが大事です」(関口院長)

入院患者が治療行為を拒んだり、アルコールを飲んで大声を出すなどの行為が度重なるようであれば、退院してもらうこともあるという。それは、患者側にも守るべきルールがあると考えているからだ。

その拠り所となっているのが、東京都が掲げる「都立病院の患者権利章典」だ(表2参照)。そこには患者が医療を受ける際の権利とともに、「すべての患者さんが適切な医療を受けられるようにするため、患者さんには、他の患者さんの治療や病院職員による医療提供に支障を与えないよう配慮する責務があります」という患者がとるべき責務も示されている。

「患者さんだからといって、病院側が常に言うことを聞いていれば良いという訳ではない。病院も職員の安全を守る責任があるのです」と、関口院長は話す。

東京都立豊島病院の関口令安(せきぐちのりやす)院長
東京都立豊島病院の関口令安(せきぐちのりやす)院長
表1.都立豊島病院における患者による暴力への対応方法
表1.都立豊島病院における患者による暴力への対応方法
表2.東京都立病院の患者権利章典
  1. だれでも、どのような病気にかかった場合でも、良質な医療を公平に受ける権利があります。
  2. だれもが、1人の人間として、その人格、価値観などを尊重され、医療提供者との相互の協力関係のもとで医療を受ける権利があります。
  3. 病気、検査、治療、見通しなどについて、理解しやすい言葉や方法で、納得できるまで十分な説明と情報を受ける権利があります。
  4. 十分な説明と情報提供を受けたうえで、治療方法などを自らの意思で選択する権利があります。
  5. 自分の診療記録の開示を求める権利があります。
  6. 診療の過程で得られた個人情報の秘密が守られ、病院内での私的な生活を可能な限り他人にさらされず、乱されない権利があります。
  7. 研究途上にある医療に関し、目的や危険性などについて十分な情報提供を受けたうえで、その医療を受けるかどうかを決める権利と、何らの不利益を受けることなく、いつでもその医療を拒否する権利があります。
  8. 良質な医療を実現するためには、医師をはじめとする医療提供者に対し、患者さん自身の健康に関する情報をできるだけ正確に提供する責務があります。
  9. 納得できる医療を受けるために、医療に関する説明を受けてもよく理解できなかったことについて、十分理解できるまで質問する責務があります。
  10. すべての患者さんが適切な医療を受けられるようにするため、患者さんには、他の患者さんの治療や病院職員による医療提供に支障を与えないよう配慮する責務があります。

医療現場では、警察を呼ぶのをためらうケースは多いだろう。しかし、豊島病院のように、いざという時の対応とともに、未然に防ぐ方法をあらかじめ決めておくことが大事に至らない秘訣かもしれない。

カテゴリ: 2003年6月17日
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