最新動向:最新記事

医療的ケア児に対する緊急時対応の質を決める、教員と医師、看護師の協働意識

ナースファイト 代表 植田陽子さん

痰吸引や経管栄養などの医療的ケアを受けながら特別支援学校や小中学校で学ぶ「医療的ケア児」の全国総数は約9500人(令和元年度、文部科学省)とされている。医療的という言葉が示すように、ケアの中身は医療行為である。このため、彼らには原則的に教員ではなく「学校で働く看護師」という専門職が対応にあたる。とはいえ、学校と家庭、教員と看護師など、生活環境や職種の違いによるヒヤリ・ハットは高い頻度で起こり得ると言われる。学校で働く看護師たちは無用の事故を未然に防ぐため、どのように臨んでいるのか。元看護師で、現在は学校で働く看護師をフォローする「ナースファイト」の代表を務める植田陽子さんに現場の実態や課題、ナースファイトを立ち上げた狙いなどを聞いた。

植田陽子さん
植田陽子さん

学校生活という枠組みの中で行う看護

――学校で働く看護師として赴任するにあたって、医療安全に対する事前研修は行われているのですか。

植田 この先のお話は基本的に、私の携わった豊中市(大阪府)での体験がベースであることを予めお断りしておきます。まず、教育現場で働く看護師を文科省の文書では「医療的ケア看護職員」と呼んでいますが、ややお役所的な感じがするので、私たちは「学校で働く看護師」とか「学校の看護師」などと言い慣わしています。

また、彼女たちは自治体(各教育委員会)を介して働くので、その職場は医療現場ではなく教育現場です。教育の場では「医療安全」という言葉が馴染みにくい。そこで「緊急時対応」と便宜的に言い換えています。

多くの看護師は入職すると仕事柄、リスクマネージメントを非常に気にします。ですから「早く適切な指導をしてほしい」という要望が寄せられます。いわゆる緊急時対応についての研修は毎年度、1学期中に通常の研修におけるプログラムの一つとして行われます。

医療的ケア児は医療機器を用いた医療的ケアを日常的に必要とします。ですから、緊急時対応の講習では、新たに赴任した看護師を中心に、業者を招いて機器や機材の使い方、それらのトラブルが起きたときの対処法などを教えます。多くの医療的ケア児が使う人工呼吸器などのトラブル対応を想定した研修は欠かせないからです。

「なぜ、医療安全と言わず、緊急時対応と言うか」というところで少し触れましたが、一般的な看護職にとってのホームグラウンドである医療施設と教育の場とでは隔たりがあります。実際、ある学校の校長先生と話していて、無意識に「患者さん」という言葉を使ったら「ここで学んでいる子どもたちは患者である前に児童、生徒です」とやんわりと訂正されたことも。

それ以来、私は、学校で働く看護師として従事する以上「学校生活という枠組みの中で看護を行う」ことを肝に銘じ、これまで半ば当たり前であった「医療という世界の価値観や手法」などに縛られてはいけないと考えるようになりました。

学校で働く看護師の職場は教育現場
学校で働く看護師の職場は教育現場
※クリックで拡大

できるのに、してはいけないジレンマ

――医療的ケア児ならではの「起こり得る事故」にはどのようなものがありますか。

植田 医療的ケア児の症状や必要なケアの内容は一人一人異なるので一概には言えませんが、どの地域でも話題に上るのは、気管切開している子どもの「気管カニューレ」の事故抜去(計画外抜去)だと思います。服を脱いだ時に引っ張られて抜けてしまうといったケースもあります。学校で働く看護師としてはぜひ、対応をシミュレーションしておきたいアクシデントです。

悩ましいのは、再挿入が基本的に看護師ではなく医師の業務であることです。病院などの医療機関では、ドクターコール案件の一つとされています。しかし、学校には当然、常駐の医師はいません。その場に居合わせた看護師は「命を救うために自分がやらねばならない」という使命感に燃える一方で「病院で医師が行うことを自分がしてもいいのだろうか」「病院で医師が行うことを自分にできるだろうか」などと葛藤し、行動することをためらい、悩みます。しかし、事は一刻を争う。

そういう状況を想定して示された一つの解決策が10年ほど前に厚生労働省医政局看護課長名で出された文書です。その要点は「校内に限らず、命を守るための行動として認める。ただし、事後速やかに医師に報告し、確認すること」です。

緊急時には保護者と主治医が許可すれば看護師が処置をしてもよいという前提で、練習用のシミュレータ(人形)を使って研修したこともあります。

看護師が学校で実施する医療的ケアでは、気管内吸引の際の吸引チューブの挿入の深さの調整も非常に気を遣う処置の一つです。挿入が深すぎると出血リスクがあるため、挿入の長さを確認する必要があるからです。

「安全な長さ」は子どもによって異なるため、主治医が許可する範囲で一人一人の状態に合わせて実施しています。看護師は職業的に、細心の注意を払っていますが、誤って気管の奥にある肉芽を突いて粘膜を傷つけることの内容、慎重に実施しています。

厚労省は一部の医療行為について、講習を受けた認定特定行為業務従事者であれば、教員や介護関連に携わる社会福祉士、ヘルパーといった人たちでも、一定の処置にあたることを認めています。このケースで言うと、カニューレの中であれば気管内壁を傷つける恐れがないので、教員でも吸引できますが、この体制は自治体によって対応が異なっています

多くの看護師は気管の奥に絡まっている痰を取って楽にしてあげたいと思う一方で、そのために安全な長さを超えて挿入すると出血させてしまうかもしれないということを気にしています。ここでも、看護師は職業的な葛藤に直面します。万が一の事態が起きたとしても、それを適切に処置する医師がいないからです。ですから、看護師は、少しでも子どもを楽にしてあげたい気持ちで「無理をしない」という判断と出血リスクを一種の天秤にかけているのです。

しかし、学習の継続が困難なほど子どもの体調が不安定になっている場合は、学校で看護師が処置をし続けるのではなく、教員と相談し早退を促す連絡を教員から保護者に入れてもらう判断をする看護師がほとんどだと思います。

そう考えると、やや後ろ向きの考えになるかもしれませんが、こういう場合の正解は「子どもの状態を見ながら、決められた挿入の長さ(深さ)を守ることが子どもの安全を守っている」ということになるのではないでしょうか。

ナースファイトのミッション
ナースファイトのミッション
※クリックで拡大

与薬内容の変更は口頭でなく書面で確認

――緊急時対応として、教育現場ではどんなことが行われているのですか。

植田 医療的ケア児の緊急時対応とは要するに教育活動中の事故に対して行うものです。実際の処置は看護師が行いますが、教員の動きと連携する場面が多いため、教員との情報共有が欠かせません。特に、リスクマネージメントに関する意識や対策を教員と看護師が共有することは医療的ケア児に対する緊急時対応の質の大きな決め手になると強く思います。

例えば、気管カニューレが抜けないようにするには、医療的ケア児と最も長く接する教員にリスクマネージメントの意識を持ってもらうことが大きな力になります。また、学校での与薬がある医療的ケア児については、その内容が変わったときには口頭でなく、書面で確認してもらうことを徹底するように努めています。後者のケースは私の経験上、教員と看護師の感覚にある種のズレがあることによって生じると思います。

例えば、教員は保護者から「昨日病院に行ったら〇〇という薬を●●に変えたと言われましたのでお願いします」と口頭で説明される。そして、その内容を看護師に伝えます。しかし、看護師であれば「なぜ変わったのか、どのように変わったのか」という点に反応するはずです。

専門職である看護師は「与薬は正確に実施すること」という訓練を当然受けています。それは看護師の普通の感覚です。与薬内容の変更を口頭でなく、書面で確認するように努めていることも、事故の未然防止につながっていると確信しています。

高めたい、リスクマネージメントの感度

――現在の緊急時対応をどのように受け止めていますか。改善すべき点はなんですか。

植田 文科省は共生社会の形成に向けた取り組みとして、障害のある子とない子が一緒に学ぶ「インクルーシブ教育システム」の重要性を指摘しています。その方向性は正論だと思うのですが、現状では、リスクマネージメントに対する教員と看護師との感度に隔たりがあるように思います。

学校は教育現場ですから、医療的ケア児と触れ合う時間や接触の機会は教員のほうが長いに決まっています。にもかかわらず、医療的ケアのリスクマネージメントは看護師だけに任されがちです。子どもたちの様子をつぶさに見ている立場から言っても、教員と一緒に取り組まねば意味がないと思います。

「リスクマネージメントに対する教員の感度を高めてほしい」という声は、私が主宰している「ナースファイト」(後述)に寄せられる相談の上位を占めています。

また、現状では、学校における医療的ケアに対する医師の関与が薄いとも感じています。ですから、主治医も学校での医療的ケア児の教育活動の様子を見て、彼らの安全な教育環境の整備に、医師としてしっかりと関わっていただきたいと痛切に感じます。

看護師と教員との情報共有が大切
看護師と教員との情報共有が大切場
※クリックで拡大

一人で抱え込まず学校の管理職に相談を

――ナースファイトは学校で働く看護師をどのように支えているのですか。

植田 ナースファイトは、豊中市の病院や教育委員会勤務を経て2021年5月に立ち上げた事業です。設立にあたっては、小中学校や特別支援学校で働く看護師のやりがいや悩みを共有し、医療的ケア児の学びを支える看護のモチベーションやスキルの向上を目指しました。医療的ケア児の学校生活が安全・安心な環境であることは、看護師にとっても重要だからです。つまり、学校という職場が安全・安心な環境でなければ成立しません。そのためには、学校で働く看護師の未来をしっかりとした職域に構築する必要があります。

活動の柱として「学校で働く看護師を支援したい」「この仕事の素晴らしさを共有したい」「この仕事をしている人を増やしたい」――の3点を心がけています。

緊急時対応に関して、学校で働く看護師からは「リスクマネージメントに関する教員の意識が低い」「看護師の職務を教員が理解してくれない」「このままではすべての責任を看護師が負うことになるのではないか」といった相談が多く寄せられています。学校に看護師が一人しか配置されていない場合には「一人で抱え込んでいないで、学校の管理職に率直に気持ちを伝えたほうがよい」とアドバイスしています。

学校という職場で孤軍奮闘しなければならない一人配置の看護師の場合には、誰がバックアップしてくれるか、誰とペアを組むか、といった基本的な仕組みが整っていることが重要だと思います。

実際、活動をしていく上で、リスクマネージメントの感度が高い教員とペアを組んでいるケースでは、総じて良い結果をもたらしているようです。研修を細かく行って看護師と一緒にメッセージの発信ができている学校はまとまりがあるし、トラブルに際してもうまく乗り切っているという印象を持っています。教員との良好な関係は、医師に対しても求められていると感じます。

ナースファイトの活動の柱
ナースファイトの活動の柱
※クリックで拡大

医師がもっと学校教育に関わる仕組みを

――これまでの取り組みを踏まえた、提言などがあればお聞かせください。

植田 繰り返しになりますが、医師にはもっと学校教育に関わっていただきたいと強く願っています。医師との連携は学校で働く看護師にとっても非常に重要だと考えているからです。

例えば、病院併設の特別支援学校の中には、施設同士を廊下一つでつなげ、医師に来てもらったり、病院に運んだりすることができる連携体制を構築しているところもあります。そういう環境があるかないかは緊急時対応にも大きく影を落とします。

学校で働く看護師が日常業務の中で何か引っかかることがあった時、医師にスムーズに相談できる体制が整っている学校と、そうでない学校とでは、看護師にかかる負担に大きな違いがあります。それだけに、いつでも相談したり、報告できたりする医師と看護師との関係性を学校で働く看護師の職場である「学校」においても作って欲しいと思います。

プロフィール

植田陽子(うえだ・ようこ)さん

1992年国立小児病院に看護師として入職。1993年市立豊中病院に転職。2001年豊中市教育委員会事務局に異動。2008年豊中市立小中学校における医療的ケアのマネージメント業務開始。2021年豊中市を退職し「ナースファイト」を設立。

企画・取材:伊藤公一

カテゴリ: 2022年4月27日
ページの先頭へ