筑波大学医学医療系 三木明子准教授を中心とするグループが、科学研究費補助金「病院における患者・家族の暴力に対する医療安全力を高める体制の醸成(基盤研究C 課題番号:25463288)」の助成を受け、6種類の暴力防止啓発ポスターならびに暴力のKYT場面集を作成した。
http://www.md.tsukuba.ac.jp/nursing-sci/mentalhealth/seika.html
そこで、三木先生に作成のコンセプトや効果的な使い方を伺った。
暴力防止啓発ポスターについて
- Q1.なぜ医療機関向けの暴力防止啓発ポスターを作ったのでしょうか?
- A1.医療機関向けの暴力防止啓発ポスターがないためです。
今回、警察OBである慈恵大学の横内昭光氏と聖路加国際病院の佐藤太郎氏との共同監修で、ポスターを作成しました。このようなポスター作成は、医療業界ではまだ個別の対応ですが、鉄道業界での取り組みは進んでおり、第三者行為暴力を防止するために、毎年、ポスターを作成しています。平成25年7月-9月のポスターは、以下をご覧ください。
http://jr-central.co.jp/news/release/_pdf/000018933.pdf
加えて、鉄道事業者では共同で「暴力行為防止ポスター」を作成しています。共同で作成し、共同で使用することは、業界全体の強い意志を示すことにもなり、重要な取り組みと考えています。平成25年度では、日本民営鉄道協会、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR四国、JR九州、東京都交通局、横浜市交通局、名古屋市交通局、大阪市交通局、東京モノレール、北総鉄道、横浜新都市交通、愛知環状鉄道が、共同でポスターを作成し、駅構内、列車内に掲示しています。
それに比べて、医療業界では、共同でポスターを作成することはまだなく、各医療機関が独自でポスターを作成しているのが現状です。
- Q2.各医療機関でポスターを作成しているとのことですが、あまり見たことがありません。
- A2.全ての医療機関でポスターが掲示されているわけではありません。
ポスターが掲示されている医療機関は、組織のトップ(病院長、事務長、看護部長など)が病院内で暴力発生を防止するという強い方針を示しているところといえます。多くの利用者が目にするところにポスターを貼るのか、どのようなメッセージを含む内容なのか、それはトップが最終判断をするものではありますが、医療安全に携わる方々には積極的にトップに働きかけていただきたいと思っています。
鉄道業界全体では結束して暴力行為に対して、毅然とした態度で対応することを強く訴え、参加事業者数は76社局に及びます。医療業界も、ポスターにいかなる暴力も絶対に許さないという強いメッセージを込め、掲示していただくことを望んでいます。
- Q3.医療機関向けのポスターはどのようなコンセプトで作りましたか?
- A3.患者・家族の皆様と職員にとって、暴力のない安全で安心な医療機関となるように願って作成しています。
今回作成した暴力防止啓発ポスターは、患者から職員への暴力に焦点を当てています。しかし、病院内で発生する暴力は、患者から職員への暴力だけではありません。患者どうしの暴力、職員どうしの暴力、職員から患者への暴力も存在します。言うまでもなく、病院においてはいかなる暴力の発生も防止する必要があります。
- Q4.ポスターの活用方法について、教えて下さい。
- A4.各医療機関の実情にあわせてポスターを選び、許可をとって「病院長」「○○警察署」と明記すると良いでしょう。
職員の意識や暴力の被害状況は、医療機関ごとに異なります。各医療機関の実情にあわせてポスターを選ぶことをお勧めします。ポスターで示している暴力には、「セクハラ」「迷惑行為」「悪質クレーム」「暴言」と様々な表記があります。さらに刑法を示したポスター、具体的に禁止事項を明記したポスターもあります。各医療機関の医療安全の研修で、職員に投票してもらって、決定するという方法もあります。これは職員の啓発教育にもつながります。いずれにしても、暴力のない医療機関を目指すためにポスターを貼るだけではなく、職員にも周知しておく必要があります。
すべてのポスターの下の部分にスペースをとってあります。病院長や警察署の許可をとって、「病院長」「○○警察署」と明記するとさらに病院の方針が明確になり、良いでしょう。
- Q5.ホームページに掲載されているポスターを利用すると、料金はかかるのでしょうか?
- A5.ポスターの利用は無料です。
鉄道業界では、ポスター制作にあたっては、警察庁や国土交通省から後援を受けているようです。残念ながら医療業界では、無料で各医療機関が利用できるポスターはありませんでした。平成26年3月14日にポスターが完成しました。これらのポスターは、科学研究費補助金「病院における患者・家族の暴力に対する医療安全力を高める体制の醸成(基盤研究C 課題番号:25463288)」の助成を受け、作成したものです。
ポスターに関して、ご意見をいただければ、さらに改良を加え、種類を増やし、平成27年にホームページ上で公開したいと考えております。
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暴力のKYT場面集について
- Q1.医療事故のKYTは知っていますが、暴力のKYTは何が違うのでしょうか?
- A1.目的や4ステップは同じですが、発生要因や研修方法が異なります(表1・2)。
暴力のKYT場面集では暴力行為者を患者と想定し、作成しています。ただし、医療機関内での暴力行為者は患者に限定されるものではありません。またすべての患者が暴力行為に及ぶわけでもありません。今回は、職員が被る暴力被害の頻度が高くその影響が深刻であること、危険に気づき、解決していくための訓練が必要となるため、職員向けの暴力のKYT場面集を作成しました。
暴力のKYT:場面集 ※ボタンをクリックすると画像がスライドします
PDFのダウンロード(5004KB)
表1 暴力のKYTの4ステップ
ステップ | 内容 | 進め方 |
---|---|---|
1 | 危険要因を想定する どんな危険があるのか |
潜在する危険を発見・予知し、危険要因により引き起こされる現象を想定する |
2 | 重大な危険要因と現象を絞り込む 重要な危険ポイントは何か |
予知した危険要因と現象のうち重大な危険要因を絞り込み、◎をつける |
3 | 具体策 自分ならこうする |
◎印をつけた重要な危険要因と現象を解決するために、具体的で実行可能な対策を考える |
4 | チーム行動の目標 私たちはこうする |
具体策から重点項目を絞り込み、それを実施するためのチーム行動目標を設定する |
表2 医療事故のKYTと暴力のKYTの比較
医療事故のKYT | 暴力のKYT | |
---|---|---|
1.目的 | 医療事故の発生防止 | 暴力事故の発生防止 |
2.加害者・被害者 | 加害者:職員 被害者:患者 | 加害者:患者 被害者:職員 |
3.発生要因 | ヒューマンエラー | 本人の錯誤・不注意で発生するものではない |
4.ツール | イラスト・写真 | イラスト |
5.研修方法 | 主に机上で話し合い | 主にロールプレイをしながら話し合い |
- Q2.暴力のKYT場面集は、どのように作成されたのですか?
- A2.患者からの暴力発生の被害事例をもとに作成しています。
皆様のご協力をいただき、今までに、患者からの暴力の被害事例を700事例以上収集しています。それをもとに、暴力のKYTの場面を5つ挙げ、書籍で紹介しています(三木明子,友田尋子:事例で読み解く 看護職員が体験する患者からの暴力.東京:日本看護協会出版会,75-76,184-193,2010.)。
また、暴力のKYT研修を数年、行っており、その際に要望のあった場面を加え、15場面としています。この暴力のKYT場面集は、平成26年2月28日に完成しました。科学研究費補助金「病院における患者・家族の暴力に対する医療安全力を高める体制の醸成(基盤研究C 課題番号:25463288)」の助成を受けています。
- Q3.場面集は、更に作成予定はありますか?
- A3.ありません。場面を増やすよりも、本場面集を職員教育に活用することに重点をおいています。
- Q4.暴力のKYT:場面集は、使用にあたっての留意事項がありますか?
- A4.主にロールプレイを行い、進めていくことが特徴なので、くれぐれも参加者が怪我をしないように安全に留意することが重要です。
暴力の対応を含めて、専門的知識がある方が、研修で使用することが望ましいといえます。本来、あらゆる危険を想起するには、KYT場面集の通り、暴力場面を再現して、ステップ1~ステップ4まで進めていくことが効果的です。ファシリテーターが、暴力対応に自信がない場合には、机上の話し合いで進めるのでもかまいません。
患者役、職員役、いずれも痛みや怪我を伴わないで安全な技術を用いて、対応することが重要です。
- Q5.動画の作成予定はありますか?
- A5.すぐにではありませんが、今後の計画として動画や書籍にて、暴力のKYT研修の進め方をまとめる予定です。
プロフィール
- 三木明子(みきあきこ)
- 筑波大学医学医療系 准教授。
1999年3月、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。博士(保健学)。宮城大学看護学部看護学科、岡山大学医学部保健学科を経て、2007年4月より、現職。
日本産業精神保健学会理事・編集委員、日本産業看護学会理事、日本産業ストレス学会評議員・編集委員、日本行動医学会編集委員、日本看護科学学会和文誌編集委員、日本看護研究学会査読委員、日本精神保健看護学会査読委員などを務める。