医師と患者とのコミュニケーションを保つうえで基本的で重要なことは対話である。しかし、患者と向き合ってじっくり話を聞いている医師はどれくらいいるのだろうか。また、実際に医師に目の前でその本音を伝えることができる患者はどれくらいいるだろうか。
そこで、今回は「健康と病いの語りデータベース」をご紹介する。
「健康と病いの語りデータベース」(http://www.dipex-j.org/)とは、NPO法人DIPEx‐Japanによって2007年より3年近い歳月をかけて作成され、2009年12月に誕生した、体験者の「語り」サイトである。「健康と病い」にまつわる語りを、インタビューを通じて収集し、体系的に集積して、「診断」「治療」「生活」などのトピックごとに分類し、動画やテキストで掲載している。今、自分が知りたいと思うトピックについて、様々な立場の人がそれぞれの思いや体験を語っているのを見聞きすることができる。
現在公開されている2種類のデータベース「乳がんの語り」「前立腺がんの語り」のトピックは次のようなものである。
発見から治療を始めるまで
- 異常の発見
- がんと診断されたときの気持ち
- 治療法の選択・意思決定
- セカンド・オピニオン など
治療の経験
- 治療法の選択
- 手術療法
- 抗がん剤治療
- 放射線療法
- ホルモン療法
- リンパ浮腫 など
がんになってからの生活・人生
- 再発・転移の徴候と診断
- 病気と仕事の関わり
- 経済的負担
- 家からだ・心・パートナーとの関係
- 周囲の人との関係 など
他にも、診断時の年齢別に全体を一覧することもできる。
作成に当たっては、その病気の専門家や患者会のスタッフの助言も得て医療情報としての質の担保を心がけている。できる限り多様な体験を集めるようにし、専門の訓練を受けた複数の調査者が、一定の手法でインタビューし、データを分析し、病いや医療の体験を多面的に捉えるようにしている。
モデルとなっているのは英国オックスフォード大学の研究者たちが2001年に立ち上げた患者体験のデータベースである。英国では患者向け情報提供サイトとして高く評価されている。
DIPEx‐Japanでは今後、認知症本人と介護家族の語り、臨床試験、がん検診、うつ体験の語りのデータベースを作成することも検討中だそうだ。
また、現在は英国と日本のみであるが、スペイン、ドイツ、韓国、ニュージーランド、オーストラリアでも同様の患者体験のデータベースの構築が進められているという。
「日本医師会・医療安全推進者養成講座」の「医療コミュニケーション論」のテキストでは、医師と患者・家族との間に良好な信頼関係が築かれるために医師が具有すべき要素として「受容」「共感」「臨床能力」が挙げられている。良好なコミュニケーションを確立できれば、安全で円滑な診療が実施できる。
今回紹介したデータベースは、病気の診断を受けた人やその家族が、同じような経験をした人たちの「語り」に触れて、病気と向き合う勇気と知恵を身につけるために作られたものだが、医療者にとっても、日々の診療の中ではとらえきれない患者の思いを知る一助になるであろう。
医学や看護、薬学教育の場にも活用され始め、よりよい医療実践につなげていくことを目指しているこのウェブサイト、"共感力"アップの為にも是非一度ご覧いただきたい。