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専従医療安全管理者の活動

松波総合病院・川崎艶子さん

医療安全管理者―。病院全体の医療安全推進活動を進める安全対策を企画・立案、推進、実行する担当者である。2006年の診療報酬改定で「医療安全対策加算」が新設されたこともあって、医療安全管理者の存在がクローズアップされている。ここでは専従の医療安全管理者として試行錯誤を重ねながら、病院の医療安全対策に邁進している実例をレポートする。

昨年4月に医療安全管理体制を組織化

医療法人蘇西厚生会・松波総合病院。岐阜県笠松町に位置し、地下1階、地上8階建ての総合病院である。許可病床数は436床、医師77人、看護師366人、パラメディカル128人、事務134人、その他74人の地域中核病院である。また、関連施設に介護老人保健施設、まつなみ健康増進クリニック、まつなみ訪問看護ステーション、在宅介護支援センターまつなみ、居宅介護支援事業所まつなみ―などを擁し、地域医療のネットワークを目指している。

松波総合病院が医療安全管理室を立ち上げ、専従の医療安全管理者を配置したのは2006年4月。それ以前にも安全対策委員会があり、看護部門などが中心になって報告書をまとめるなどの対策は実施していた。しかし、医療安全対策を病院全体として組織的に取り組む必要性から、正式に医療安全対策室を立ち上げ、医療安全管理者も配置して取り組むことにしたもの。

組織的には、医療安全管理室が統括する医療安全管理委員会を立ち上げ、下部組織として各部署からなる医療安全推進チーム委員会を設置した。推進チーム委員会の構成は、看護師13人、コメディカル6人、医師2人、事務1人の22人体制。医師2人のうち1人は医療安全管理室長を兼ねる副院長である。また看護部にはとくに医療安全看護部対策委員会を設置した。こうした組織構成は、他施設の例なども参考にしながら、松波総合病院の特性を加味して最終的に決定された。

職員に対するリスク感性を育てる

医療安全管理者に任命されたのは、看護師の川崎艶子さん(医療安全管理室副室長)。川崎さん自身は日本看護協会が主催する「医療安全管理者(リスクマネージャー)養成研修I・II」を受講しており、管理者としての資格を有していた。それまで現場で日々同僚を指導し、患者に接していた川崎さんにとって、専従の医療安全管理者としての仕事は戸惑いの連続だった。まず、川崎さんを中心に医療安全管理室で話し合ったことは「職員に対するリスク感性を育てる」ということだった。

「他部署の人達と交渉するのは実は容易ではないことがわかりました。皆さんが同じようなリスク感性を持っていないからどうしてもズレがあります。医療安全にかかわる方針を院内の隅々まで伝達し、徹底させる。さらにその内容を評価するということですから当初は悩みました」と川崎さん。

写真=事故の事情聴取をする川崎さん(右端)
写真=事故の事情聴取をする川崎さん(右端)
写真=現場に出向いて手順の確認(足立さん=左端と川崎さん=右端)
写真=現場に出向いて手順の確認(足立さん=左端と川崎さん=右端)

最初に手がけたのが、事故現場への立ち入りと各部署に配置されている医療安全推進者とともに事故の原因調査、改善策の立案である。ここでいう事故とは、必ずしも医療事故を指すものではなく、ヒヤリ・ハットなども含むあらゆる不具合事例を指す。

事故報告書が提出されると、川崎さんと医療安全管理室副室長の足立成道(クオリティー管理部部長)さんの2人で直ちに現場に出向く。そこでは、

  1. 当事者から事故の事情を聴取
  2. 実際の現場を確認
  3. どのような手順で行ったのかを確認
  4. 事故当時の様子を再現し、検証

―が行われる。ただ事故の報告を受けて、注意し、改善策を示すだけでは根本的な改善にはならないと考えるからだ。手順を確認して、事故を再現することで問題点が明確になり、解決策を早い段階で見出すことができるメリットがある。

毎月1回の院内巡視も定着した。同行するのは医療安全管理委員会の委員長ら5人。巡視日は原則として第一金曜日である。この時は院内の隅々を回り、カルテの記載状況や手順書の遵守状況、さらに同院が独自に作成している医療安全にかかわる行動規範をまとめた「コード99」の理解状況など多岐にわたる。コード99は、各部署の壁面に掲示されており、常に目に触れることで意識付けを行う。

院内巡視に出向く時は"医療安全巡視中"という腕章とタスキ掛けのスタイル。「ちょっと恥ずかしい」(川崎さん)というが、これで現場がぴりっと引き締まる効用がある。患者さんからは奇異な目で見られる時もあるが「当院が医療安全に真剣に取り組んでいることがわかってもらえる効用はあると思います」と川崎さん。院内巡視で気づいたことは医師や看護師では手順書の理解度が高い半面、コメディカルではやや低い傾向があったことだ。患者と不断に接している職種とそうでない職種の違いがありそうだが、川崎さんは「組織横断的に医療安全風土を高める必要性がある」と感じている。

報告書は当事者と代理の複数体制

インシデント・アクシデント報告書の集計と分析、改善策の立案も重要な業務。同院ではインシデント・アクシデントが起こった場合の報告書を本人のほか代理も行うという仕組みをとっている。これは当事者だけではなく、周囲のスタッフも絡むことで、より客観的になり、意識も高まる効用がある。例えば医師が当事者の場合、看護師が代理報告をすることもあり、その逆もある。

報告書の集計・分析でわかったことは、

  • 報告書を提出しない傾向も散見されること
  • 事故につながらない単純ミスと受け止めてしまうためと見られるが、報告書の重要性の理解度に濃淡があること
  • 再発防止策や解決策を見出せないままに過ごしてしまうために、同様の事故が繰り返し起きていること

などだ。

2005年度の事故報告書の内容は、医療事故が51%を占め、事故につながらないヒヤリ・ハットが29%、そのほか転倒8%、針刺し報告4%、クレーム報告7%、院内治安1%―という分類だった。

医療事故の割合が5割を超えているが、同院では患者にかかわったインシデント・アクシデントを全て「事故」扱いにしていることによるもの。川崎さんは「軽微であろうがなかろうが、事故扱いにしている」と語る。

職種別の提出状況では看護師63%、薬剤師6%、臨床検査室6%、リハビリ科5%―など。看護師からの報告が多いが、その内容はやはり薬剤に関するものが半数以上を占めている。

川崎さんによると、以前は看護師からの報告が80%以上を占めていたが、06年4月から新体制になって「医師やコメディカル研修医などからの報告も増えてきた」という。それだけ院内に医療安全の意識が高まったことを裏付けるものだろう。インシデント・アクシデント報告数は1か月に120~130件で推移しているという。なお、同院では、今後、インシデント・アクシデントの定義を見直し、医療機能評価機構の報告体制に合わせた分類にしていくことを検討中だ。

PDCAサイクル、RCAの取り組みで成果

医療安全管理委員会での決定事項を医療安全推進チーム委員会で取り上げ、医療安全対策を実施に移すPDCAサイクルを実施した。PDCAサイクルとは、製造業や建設業で生産管理や品質管理などの管理業務をスムーズに進めるマネジメントサイクルだが、同院では決定した医療安全対策の推進計画(Plan)を計画通り実施(Do)し、点検・評価(Check)し、処置・改善(Act)を図るサイクルとして実施した。

また、組織横断的に医療安全風土を高めるために、根本原因分析法(RCA)にも取り組んだことは特筆される。インシデント・アクシデントが発生した時に、その背後に潜むシステム上の問題、人的要因に絡む問題などを探って、原因追究、改善策の考案などを多職種で取り組むことにより、結果的にインシデント・アクシデントを軽減することができる。川崎さんは「RCAによって看護師さんからなぜ不具合が起ったのかという問題意識が生まれた。これを病院中に広げて定着させたい」と意欲を語る。

写真=医療安全推進チーム委員会によるPDCAサイクル
写真=医療安全推進チーム委員会によるPDCAサイクル

患者の安心・安全が何よりの励み

医療安全管理者に就任して1年弱。「試行錯誤の連続でした」という川崎さん。医療安全の取り組みを通じて、いろんなことも分かってきた。例えば病棟ごとに雰囲気が違うのは当然としても業務の手順書が違っていたりと一つひとつ解決しなければならないことが山積している。全病棟、全部署で医療安全のための標準化はできつつあるが、これを徹底する必要性を痛感している。医療安全管理者としては、いつもいつも良いことばかりの話はできない。時には厳しく対峙することも少なくない。

収獲は、学会等に出席させてもらうことで、いろいろな施設の医療安全に携わるメンバーとのネットワークができつつあること。お互いに悩みや問題点を話し合う人脈もできた。「この病院で診てもらって本当に良かったと言ってもらえることが一番です」と川崎さん。試行錯誤はこれからも続くが、医療安全管理者として前に進む決意は固い。

取材:藤田道男

カテゴリ: 2007年2月22日
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