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No.96「市立病院の入院患者の気管に挿入したカニョーレが移動し、患者が死亡。市に損害賠償を命じる判決」

神戸地方裁判所平成8年3月11日判決(判例タイムズ915号232頁)

(争点)

  1. 患者Aの死亡原因
  2. カニョーレ装着後の管理上の過失の有無
  3. 損害

(事案)

患者A(昭和38年生まれの男性)は、平成2年11月30日、ウイルス性脳炎の疑いでY市立Y市民病院(以下Y病院という)に入院した。同病院内科医師T医師が主治医として治療にあたり、Aがウイルス性脳炎に罹患しており、そのうちの単純ヘルペス脳炎と診断した。

T医師は、Aが錯乱状態にあったことから、鎮静剤と筋弛緩剤を投与してAの自発呼吸を抑制し、経口的気管内挿管の方法でチューブを人工呼吸器に接続して呼吸管理を行い、同時に抗ウイルス剤を投与して治療した。

同年12月7日、Y病院耳鼻咽喉科H医師は、Aに対し、気管切開術を行い、切開部に挿入したカフ付きカニョーレ(本件カニョーレ)を人工呼吸器に接続して人工呼吸管理を続けた。この人工呼吸器には、自発・強制を問わず、2呼吸間の時間が15秒以上となった場合に鳴り始める無呼吸アラーム(警報装置)が設定されていた。

同年12月10日、午前11時過ぎ、K看護師とH看護師がAのベッドを移動させてAの清拭作業を行った。午前11時15分ころ、Aの人工呼吸器に装備されていた無呼吸アラームが鳴り出し、本件カニョーレが正常な装着状態でないことが確認された(本件事故)。

そして、本件カニョーレのヨク(翼)が皮膚から1ないし2センチメートル浮いた状態で皮膚に密着するまでの挿入ができないまま、K看護師や急を聞きつけて病室に駆けつけた内科のN医師がアンビューバックによる換気等を行ったがAの換気傷害は改善しなかった。H医師は午前11時15分ころ病室に駆けつけ、カニョーレを正常に挿入し、これによってAの換気状態は改善した。

しかし、その後Aの心機能の低下が認められたため、T医師らが午前11時35分ころから心マッサージ等の蘇生術を施したが、Aの心機能は回復することなく、午後2時33分、Aの死亡が確認された。

(損害賠償請求額)

患者遺族の請求額(遺族4名合計)1億0720万2078円 内訳:患者本人の死亡慰謝料2400万円+逸失利益6835万2078円+遺族固有の慰謝料400万円+葬儀費用150万円+弁護士費用935万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額(遺族4名合計)900万円 内訳:患者本人の慰謝料500万円+遺族固有の慰謝料300万円+弁護士費用100万円)

(裁判所の判断)

患者Aの死亡原因

裁判所は、患者Aはウイルス性脳炎によるものではなく、本件事故による換気障害により、心臓が低酸素状態に陥り、それによる心不全を原因として死亡したものと認定しました。

カニョーレ装着後の管理上の過失の有無

裁判所は、何らかの偶発的事由により、本件カニョーレが正常な装着位置から浮き上がったと推認しました。その上で、Y病院の医師には、容易にカニョーレが移動しないようヨクの固定紐により確実に固定しておく注意義務があり、また、同病院の看護担当者において、常時カニョーレが正常な位置から移動することがないよう管理しておくべき注意義務を負っていたと判示し、偶発的事由により本件カニョーレが浮き上がった場合には、他に反証のない限り、いずれかの措置に不適切なところがあったものと推認するのが相当であると判断し、Y病院医師又は医師も含めた看護担当者の管理上の過失により本件事故が発生したと判断しました。

損害

裁判所は、本件事故当時、Aのウイルス性脳炎は最重症程度のものであったことから、仮に本件事故を原因とする換気障害という事実が生じなかったとしても、Aを最終的に救命することは困難な状態にあったと判示して、逸失利益、葬儀費用、救命可能性を前提とする慰謝料については損害として認めませんでした。

しかし、Aが本件事故により少なくともその死期を早められ、家族も一日でも長く生きていてもらいたいという肉親の情としての当然の期待を奪われたとして、このような適切な治療を受ける期待及び延命可能性も患者及び親族らの期待として法的保護に値する利益であると判断し、Y市にはこれらの利益を奪われたことにより生ずる精神的損害の賠償として前記認容額の支払を命じました。

カテゴリ: 2007年6月 5日
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