東京地方裁判所平成18年9月20日判決 判例時報1952号113頁
(争点)
- 本件ガーゼ残置による利益侵害の内容
- 損害
(事案)
患者X(昭和34年生まれの既婚女性)は、平成7年9月19日から、妊娠目的で、Y学校法人が設置経営する大学病院(以下Y病院という)産婦人科への通院を開始した。その後、Xに子宮体部筋腫があることが判明し、平成9年10月1日にXはY病院に入院し、同月3日、O医師及びH医師の担当(O医師の執刀)により、子宮筋腫核出術を受けた。O医師はこの際、Xの腹部にガーゼを残したことに気づかないまま手術を終了した。Xは上記手術後も人工授精や体外受精を受けたが、いずれも妊娠には至らなかった。
その後、Xは、卵巣嚢腫の診断を受けて平成14年4月22日にT病院に入院し、翌日S医師の執刀により、右卵巣嚢腫摘出手術を受けた。その際、広汎な癒着を剥離する過程で、S医師はガーゼの露出を確認し、また、Xの両側卵管の閉塞を発見した。
(損害賠償請求額)
患者の請求額 2414万4374円
(内訳:ガーゼ摘出手術に関する治療費及び通院費5万9145円+ガーゼ摘出手術に関する休業損害18万2202円+ガーゼ摘出手術に関する入院雑費1万8000円+ガーゼ残置後に発症した突発性難聴の治療に関する治療費・休業損害14万0138円+本件手術後ガーゼ摘出までの間に要した不妊治療関連損害663万5578円+ガーゼ摘出後本件訴え提起までの間に要した損害128万9570円+今後必要となる体外受精費用539万1480円+慰謝料1000万円+弁護士費用300万円の合計の一部請求)
(判決による請求認容額)
裁判所の認容額 891万6579円
(内訳:ガーゼ摘出手術に関する治療費及び通院費4万1010円+ガーゼ摘出のための入院雑費1万8000円+ガーゼ摘出のための入院による休業損害13万1888円+人工授精・体外受精費用等491万5681円+慰謝料300万円+弁護士費用81万円)
(裁判所の判断)
本件ガーゼ残置による利益侵害の内容
裁判所は、ガーゼが残置されたことによって炎症反応がおこり、癒着が生じて両側卵管を埋没させ、術後三か月程度で卵管を閉塞させたものであって、自然には回復できないと認定しました。そして、この卵管閉塞の結果、Xは、自然妊娠が望めない状況となったばかりか、人工授精も不適応な状態となり、体外受精についても高度の癒着の存在によって受精卵の着床が相当程度困難になるのは否定し難いと判示しました。
更に、裁判所は、Xの診療経過からすると、ガーゼ残置という過失行為が行われることにより、Xは客観的には人工授精及び体外受精とも不適応状態となっているにもかかわらず、それを認識し得ないことから、仮にそれを認識していれば行わないであろう人工授精及び体外受精を行うこともまた通常の因果の流れであると認められ、そのような無駄な医療行為を受け、その費用を負担したことは、いずれもO医師の過失行為によって生じた利益侵害であると判断しました。
損害
裁判所は、体外受精及び顕微受精の費用についても、本件ガーゼ残置行為を機縁として客観的に無益なものになっており、Xがそのことを認識していれば通常支出しないにもかかわらず、上記行為の形態等からそのことを認識し得なかったために支出したものというべきであるから、本件ガーゼ残置により通常生ずべき損害として認めるべきであると判断しました。
また慰謝料について、本件手術時のガーゼ残置により、そもそも本来であれば存在しないガーゼという異物を体内に抱えた状態となったこと、結果として本件摘出手術を受ける必要性が生じ、そのためにT病院への通院及び入院を余儀なくされたこと、ガーゼ残置によって発生した高度の癒着が原因で卵管が閉塞したことにより、自然妊娠の可能性を失い、人工授精の適応もなくなり、そのことを認識できないまま無益な人工授精を四回行い、やはり適応のない体外受精を14回も行い、そのほとんどの回において客観的には何ら必要性がなかったにもかかわらず生殖器を他人に触れられるという屈辱的な思いを余儀なくされたことが認められ、これらによってXは相当な精神的苦痛を受けたものと認められるところ、他方でY病院も院長名義で書面による謝罪を行っていること等、本件における一切の事情に鑑みると、Xの精神的苦痛に基づく慰謝料としては、これを300万円とするのが相当であると判断しました。