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No.92「帝王切開の際、医師が手術用の縫合針を妊婦の子宮内に残置。大学病院側の責任を認める判決」

東京地方裁判所昭和61年6月10日判決 判例時報1242号67頁

(争点)

  1. 本件伏針が、本件手術の際に残置されたものか否か
  2. 損害

(事案)

患者X1(昭和11年生まれの女性)は、昭和34年3月8日、K病院で長女を自然分娩し、昭和39年10月2日には、N病院で帝王切開により長男を出産した。

X1は昭和45年3月6日、学校法人YがY大学医学部の附属機関として経営するY病院産婦人科に胎児の体位の異常等により入院し、翌日退院した。その後X1は、同年4月3日に出産のためY病院産婦人科に再入院し、同月6日、S、N、A各医師の担当のもとに帝王切開術(以下「本件手術」という)により二男を出産した。

X1は、本件手術後、2、3ヶ月経過したころから、腹部にひきつるような痛みを感じることがあり、昭和55年2月9日には前かがみになったところ、腹部に激痛を感じて最寄りの医療機関の診察を受けた。同年5月13日ころ、再び腹部に激痛を感じたため、F病院において診察を受け、レントゲン写真撮影をしたところ、手術用の縫合針(本件伏針)が子宮内に残置されていることが判明した。

そこで、X1とX2は、本件伏針は、本件手術時にY病院医師らが誤ってX1の体内に残したものであると判断し、Y病院を訪れて説明をし、診察を受けた。

X1は、昭和55年7月21日、Y病院に入院し、同月31日、Y病院のT、H、R各医師が手術を実施して本件伏針の摘出を試みたが、針が酸化してボロボロの状態であったため、針のみを取り出すことができず、X2の承諾を受けて、子宮体の約3分の2を本件伏針ごと摘出して、手術(以下、「第三手術」という)を終了した。

(損害賠償請求額)

患者の請求額(患者と夫の合計) 5820万7433円
(内訳:患者の慰謝料1350万円+逸失利益1941万1480円+休業損害889万5953円+弁護士費用500万円+患者の夫の慰謝料700万円+患者の夫の逸失利益440万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額(患者と夫の合計) 474万8162円
(内訳:患者の慰謝料289万円+逸失利益86万5749円+弁護士費用55万円+患者の夫の逸失利益44万2413円)

(裁判所の判断)

本件伏針が、本件手術の際に残置されたものか否か

裁判所は、この点につき、昭和39年の長男出産時の帝王切開ののち、Y病院での本件手術までの間、X1が下腹部の激痛のために日常生活に支障が存在し医師の診察を受けたりしたことがない点、上記最初の帝王切開の後、X1は本件手術で無事に二男を出産している点、本件伏針の存在が判明したことをX1及びX2から知らされたY病院の職員が、責任を認める趣旨の発言をした点、Y病院での第三手術については、費用の支払免除などの手厚い待遇がされた点、本件手術前に胎児のレントゲン写真を撮影したが、本件伏針は発見されていない点などを総合し、本件伏針が本件手術の際に残置されたものと推認されると判断しました。

損害

裁判所は、X1について、第三手術前後の入院・通院・医師からの指示で安静にしていた期間106日分について、昭和55年度女子全産業全企業規模全学歴計の平均賃金額によって算出した86万5749円を逸失利益として認めました。また、精神的損害について、第三手術の入通院・休業期間についての慰謝料を80万円とし、子宮の約3分の2を摘除したことについては、後遺障害別等級表の第12級に準じて209万円と算定しました。弁護士費用は55万円を相当としました。

X2については、第三手術当日の7月31日から9月6日までの38日間について、昭和55年度男子全産業全企業規模全学歴計の平均賃金額によって算出した44万2413円を休業損害として認めました。X2の精神的損害については、本来民法711条は、配偶者の生命を侵害された場合に自らの精神的苦痛の損害賠償を求めうるとの規定であり、解釈上、配偶者の身体障害の場合にも、生命を害されたのに比肩すべき精神上の苦痛を受けた場合には、類推適用されるが、本件ではX2がその程度の甚大な精神的苦痛を被ったと認めることはできないとしてこれを否定しました。

カテゴリ: 2007年4月 4日
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