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No.91「横紋筋肉腫の患者への放射線治療から、患者の脳幹部に放射線障害が発症して死亡。病院の損害賠償責任を認める判決」

横浜地方裁判所平成13年10月31日判決(判例タイムズ1127号212頁)

(争点)

  1. 医師の過失の有無
  2. 因果関係
  3. 損害(特に逸失利益・葬儀費用・慰謝料について)

(事案)

患者A(死亡当時27歳の女性)は、Y(社会福祉法人)が解説するY病院で鼻孔ないし副鼻孔原発の横紋筋肉腫と診断された。Aの横紋筋肉腫については外科的手術が困難であることから、Y病院では放射線治療と化学療法を併用した治療を行うことを決定し。平成5年3月9日ころ、Y病院放射線外来において、H医師(長年放射線治療を行ってきた専門医であり、昭和58年にY病院に放射線科部長に着任し、その後Y病院副院長となり、平成5年3月当時、Y病院の放射線科の責任者であった)を責任者として放射線照射計画を作成した。

AはY病院において平成5年3月10日から同年4月26日まで、合計30回にわたって放射線治療を受けた。このうち、4月6日までの照射(前期照射)では、脳幹部に照射野の重なり合いが生じているところ、上記重なり合う部位(重複照射部位)については、特に防御のためのブロックを用いなかった。治療期間全体を通じて、脳幹部の重複照射部位に合計82.8グレイの照射がされた。

その後、Aは平成7年2月8日に死亡した。直接の原因は、脳幹部の障害により、呼吸中枢が破壊され、呼吸が抑制されたことであった。Aの両親は、Aの死亡は、脳幹部に過剰な放射線が照射されたことによるとして、Yに対して損害賠償を請求する訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

患者遺族の請求額(遺族合計):4619万4280円
(内訳:逸失利益2049万4280円+遺族固有の慰謝料6000万円+死亡した患者本人の慰謝料2000万円+葬儀費用150万円+弁護士費用420万円の内金)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額(遺族合計)1500万円
(内訳:逸失利益0円+遺族固有の慰謝料300万円+死亡した患者本人の慰謝料1000万円+弁護士費用200万円)

(裁判所の判断)

医師の過失の有無

裁判所は、医師が放射線治療を施行する際は、可能な限り病変部位に放射線量を集中し、その他の正常組織にできる限り当たらないようにする注意義務があり、また、放射線に対する感受性は身体の組織によって異なるため、放射線治療を施術する医師は、腫瘍組織及び正常組織の放射線感受性を考慮して、照射対象部位における正常組織の態様線量を把握し、それを超えないようにする注意義務があると判示しました。

また、鼻孔及び頸部リンパ節に放射線を照射する計画を作成して照射を実施する医師は、脳幹部に達して放射線を照射した場合には、生命に対する重篤な危険を生じる蓋然性が高いので、これを可及的に避ける措置を採るべき注意義務があったとも判示しました。

また、裁判所はAの脳幹部が受けた照射線量は、鑑定結果によると、最大73.0グレイ、最小64.5グレイとなり、これは脳幹部の最小耐容線量である50グレイを大きく上回り、最大耐容線量である65グレイと同程度以上の照射量であり、極めて危険な線量の照射であったと評価しました。

その上で、H医師が前期照射において、ブロック等の措置をとらずに放射線照射計画を作成し、Aの脳幹部に対して最小耐容線量を大きく超えた放射線を照射した点については、放射線治療における基本的な処置を怠った極めて重大な過失があったと認定しました。

因果関係

裁判所は、本件照射に基づく放射線の晩発性障害によってAの脳幹部が壊死し、それがAの死因となったと認定し、本件放射線治療とAの死亡との間の因果関係を認定しました。

損害(特に逸失利益・葬儀費用・慰謝料について)

裁判所は、仮にAに放射線による晩発性障害が発生しなかったとしても、最終的に横紋筋肉腫が治癒する可能性は低く、Aが横紋筋肉腫によって死亡する可能性が非常に高かったといわざるを得ないとし、また、放射線による晩発性障害が生じなければ、Aには少なくとも6ヶ月程度の延命は可能であったが、横紋筋肉腫の再発状況に照らせば、その延命期間中に勤めに出て給与の支給を受けた蓋然性までを認めることはできないと判示しました。そして、Aの死亡による逸失利益及び葬儀費用については、本件の過失行為による死亡の損害として個別に評価することは相当ではなく、別途慰謝料の算定の中で一体的に考慮するべきであると認定して、逸失利益と葬儀費用の損害を認めませんでした。

そして、慰謝料額の算定にあたっては、Aの延命可能な期間が少なくとも6ヶ月程度はあったと考えられること、脳幹部の晩発性障害によるAの精神的・肉体的苦痛が極めて大きかったこと、両親はAに予後が絶望的であることを告知できず、Aの病状が徐々に悪化し、歩行も、起立も、排尿も、両親との会話までも困難になっている状況になすすべもなく見守らざるを得ず、27歳の娘を絶望的な状況において失った両親の精神的苦痛が大きいこと、H医師の過失の程度が極めて重大であること、Y病院の医師らがAの病変の原因解明に必要な医療情報を合理的な理由なく他の医療機関に提供しなかったこと、Aの死亡後、Y病院の医師らが両親に対して本件照射の内容についてあえて誤った説明をしたことなどを総合的に判断して、A本人の慰謝料は1000万円が相当であり、両親の慰謝料は各150万円が相当であると判断しました。

カテゴリ: 2007年3月12日
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