静岡地方裁判所沼津支部 平成2年12月19日判決(判例時報1394号137頁)
(争点)
- 人間ドック検査におけるY2医師の過失の有無
- 適切な癌の告知と精密検査が行われていた場合のAの延命可能性の有無
(事案)
患者A(大正12年生まれの男性。人間ドック検査時60歳。)は、昭和58年7月6日、7日の両日、M病院(Y1医師が昭和54年に開設し、昭和59年には社団法人F会が開設者となった病床数120床程度、常勤医師4名程度を有する病院)で、Y2医師(昭和56年から医師としてM病院に勤務し昭和59年からM病院の院長となった。)の担当により人間ドックによる検査(総合的健康診断)を受けた。そして、このうち大腸注腸検査において、Y2医師はレントゲンフィルムの読影の結果、直腸とS字結腸の移行部に長径約2センチメートルの楕円型状の隆起性の病変を認め、ドックXP検査レポートに部位、形状をスケッチしたうえ、「直腸癌疑、CF(大腸ファイバースコープ)要」と記載した。
しかし、Y2医師はこれを失念したため、A本人やその親族に告知をしたり、Aに大腸ファイバースコープ等の精密検査を実施することもしなかった。Aは昭和60年4月2日までの間、本件病院で治療を受けてきたが、この間主に糖尿病、高血圧性心臓病、痛風、右第?趾壊疽等の治療が行われ、Y2医師も担当医の一人として診療にあたっていたものの、直腸癌について検査や治療は一切受けなかった。
Aは、昭和60年4月8日血便の自覚症状を訴え、Y2医師の診察を受けてM病院に入院し、内視鏡検査、大腸注腸検査、血管撮影検査等により同月25日ころ直腸癌、肝転移と診断された。同年5月14日、M病院においてY2医師が執刀医となり、Aの直腸S字結腸低位前方切除、肝右葉切除の手術が実施され、Aは同年9月11日に退院した。Aは昭和61年11月18日までにM病院に通院していたが、その後は、B病院に通院するようになった。
Aは昭和62年10月9日にB病院で直腸癌再発と診断され、同月29日直腸切除術、人工肛門造設術を受け、同年11月30日退院した。Aは昭和63年1月20日から同年5月29日までH大学医学部付属病院(以下「H病院」という。)に入院したが、リンパ節転移と思われる所見と右肺への転移巣が認められたため手術の適応なしと判断された。その後、AはH病院及びB病院で治療を受けていたが、腎不全状態となり、慢性肝炎由来の肝性昏睡を併発し、同年7月17日死亡した。
(損害賠償請求額)
患者遺族の請求額 遺族合計で2000万円
(内訳:延命利益喪失に基づく慰謝料請求2000万円)
(判決による請求認容額)
裁判所の認容額 遺族合計で500万円
(内訳:延命利益喪失に基づく慰謝料請求500万円)
(裁判所の判断)
人間ドック検査におけるY2医師の過失の有無
この点につき、裁判所は、Y2医師はAの人間ドックの際、大腸注腸検査のレントゲンフィルムの読影の結果、直腸癌の疑いのある病変を認め、大腸ファイバースコープ検査が必要と診断したのであるから、Y2医師としては自ら大腸ファイバースコープ等の精密検査を実施するか、或はAやその家族に他の適切な専門医療機関に受診するよう説明指導すべき医師としての注意義務があるのに、これを失念して放置した過失があることが明白であると判示しました。
適切な癌の告知、精密検査が行われていた場合のAの延命可能性の有無
遺族はY2医師の過失とAの死亡との間の因果関係があるとまでは主張せず、治療機会の喪失と延命利益の喪失を主張しました。そして、裁判所は、人間ドック時から1年9か月位放置されたことによって直腸癌が相当程度進行したこと、人間ドックの直後に直腸癌について確定診断が得られていれば早期に直腸癌の切除手術が可能であったと解されること、Aの年齢、手術と再発の経過等を考慮して、人間ドック検査の直後に直腸癌の確定診断を得て手術が実施されていればAは根治しうるとまでは言えなくとも、少なくとも相当な期間延命できたと推認できると判示しました。
そして、Y2医師の過失とA延命利益の喪失との間に相当因果関係を認め、Y2医師は不法行為責任(民法709条)により、Y1医師(人間ドック時のM病院の開設者)は使用者責任(民法715条)により、Aが延命利益を喪失したことによる慰謝料を賠償する必要があると判断しました。