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No.85「インフルエンザの症状を訴えて医師の診察を受けた患者に対し、静脈注射をしたところ、患者がショック状態となって死亡。医師の過失を認め損害賠償責任を認めた判決」

大阪地方裁判所 平成14年1月16日判決(判例時報1797号94頁)

(争点)

  1. 患者に対し本件注射をしたことについて、医師に過失があるか
  2. 医師が、本件ショック症状発見後、患者に対して施した処置について、医師に過失があるといえるか、適切な処置を施していた場合、患者の死は避けられたか
  3. 損害額

(事案)

患者X(昭和37年生まれの女性・夫と共稼ぎ)は、平成11年1月27日午後6時15分ころ、Y医師の開業する外科医院(以下「Y医院」という。)において、いわゆる風邪(インフルエンザを含む。)であると診断を受けた。同日午後6時20分ころ、Y医師は、Xの症状に対する治療として、看護師に指示し、Xに対し、クリストファン10ミリリットル、ノイロトロピン3ミリリットル及びデキサン0.5ミリリットルの混合液を注射した(以下「本件注射」という。)。

Xは、本件注射終了直後、Y医師、看護師らに対し、手がしびれ、顔がほてる旨述べたため、Y医師は直ちにXに対し右側臥位になるよう指示し、診療ベッド上で右側臥位となったXに対し、酸素吸入用マスクを装着して酸素の投与を始めた。Xはこの措置にもかかわらず意識を喪失したため、Y医師は、Xにアレルギーによる気道浮腫が出現したと判断し、Xの口にエアーウェイを挿入し、酸素ボンベ付き麻酔器附属の人工呼吸用マスクを用いて酸素の投与を始めた。Y医師は同日午後6時30分ころ、看護師に指示して、電話で救急車の出動を要請させた。Y医師は、Xの血圧が測定不能となったこと及び人工呼吸用マスクのエアバックの加圧抵抗が大きくなったことから、Xが呼吸停止状態に陥ったと判断し、Xを仰臥位にして口うつし法による人工呼吸を行ったが、気道抵抗が大きく、有効な送気ができなかった。そこで、Y医師は、Xに対し、再び人工呼吸用マスクによる酸素投与を続けることとして、Y医師が、下顎挙上のうえ人工呼吸マスクの保持を行い、看護師がエアバック押し、心臓マッサージを行った。

同日、午後6時38分ころ、出動要請を受けた救急隊員がY医院に到着した当時のXの状態は、意識状態は痛み刺激に全く反応せず、心肺停止状態で、呼吸状態は感せず、脈拍も触知せず、瞳孔は左右とも5ミリメートル対光反射なしであった。

本件注射後におけるXの症状は、ノイロトロピン及びデキサンに含有される成分が、単独で又は複合的に作用して引き起こしたアナフィラキシー・ショック又はアナフィラキシー様ショック(以下「本件ショック症状」という。)であり、Xは、平成11年1月29日、搬送先のA救急センターにおいて、本件ショック症状発現時に脳に酸素が供給されなかったことによる蘇生後脳症により死亡した。

Xの夫、子及びXの両親はY医師に対して損害賠償請求を提起した。

(損害賠償請求額)

死亡患者の夫、子及び患者両親の請求額9719万6962円
(内訳:(1)患者が被った損害〔患者の夫及び子が相続〕、医療費11万9203円+葬儀関係費用160万7565円+逸失利益5563万4106円+慰謝料2700万円+(2)患者の夫及び子の弁護士費用合計843万6087円+(3)患者が死亡したことによって患者の両親が被った損害、慰謝料合計400万円+弁護士費用合計40万円。請求額と内訳の合計額との端数が不一致なのは、患者の損害額を相続人で分割して請求を行っている関係。)

(判決による請求認容額)

裁判所が認容した額7308万4744円
(内訳:(1)患者が被った損害〔患者の夫及び子が相続〕、医療費11万9203円+葬儀関係費用120万円+逸失利益4036万5542円+慰謝料2100万円+(2)患者の夫及び子の弁護士費用合計600万円+(3)患者が死亡したことによって患者の両親が被った損害、請求額と同額。なお、認容額と内訳の合計額との端数が不一致なのは、患者の損害額を相続人で分割して判決主文で認容している関係。)

(裁判所の判断)

患者に対し本件注射をしたことについて、医師に過失があるか

裁判所は、Y医師が平成11年1月27日当時、それまでに行ったXに対する診察の結果により、Xに花粉症及びピリンアレルギーの既往歴があることを認識していたことや、デキサン及びノイロトロピンの作用や適応の検討などから、当時のXの症状に対してデキサン及びノイロトロピンを静脈注射することは、その治療効果、他の治療方法の存在及びショック症状発現の危険性を総合考慮すると、その合理性を見出し難く、Y医師は、Xに対する適切な診療行為を行う義務に違反しており、過失があるといわざるをえないと判示しました。

医師が、本件ショック症状発見後、患者に対して施した処置について、医師に過失があるといえるか、適切な処置を施していた場合、患者の死は避けられたか

裁判所は、争点1の過失が認められる以上、争点2につき検討するまでもなく、Y医師は、争点1の過失による不法行為(以下「本件不法行為」という。)と相当因果関係のある損害を賠償すべき義務を負うといえると判示しました。

損害額

裁判所は、
(1)葬儀関係費用については、本件不法行為と相当因果関係のある範囲で、
(2)Xの逸失利益については、X夫婦がいわゆる共稼ぎであったことなど本件に顕れた一切の事情から、Xの逸失利益につき考慮すべき生活費の割合を40パーセント(遺族側は30%と主張していました)とし、
(3)死亡したことによってXが被った精神的苦痛については、本件に顕れた一切の事情を斟酌して、
(4)弁護士費用については、本件訴訟の難易の程度や認容額を考慮し、本件不法行為と相当因果関係のある範囲に それぞれ減額し、それ以外の損害については全額認めました。

Xの両親については、両親とXが同居しており、両親はXに老後の世話をしてもらうことを期待していたことなどを慰謝料の判断にあたって考慮しました。

カテゴリ: 2006年12月18日
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