平成15年6月26日 福岡地方裁判所小倉支部判決
(争点)
- 亡Fの疾患を頭蓋咽頭腫と誤診した過失があったか
- 亡Fに対する開頭手術の適応を誤って、本件開頭手術を行った過失があるか
- 本件開頭手術の手術操作上の注意義務違反の有無
- 気管内チューブの管理上の注意義務違反の有無
- MRSA感染に関する注意義務違反の有無
- 気管内チューブ交換時の注意義務違反の有無
- 治療方法の選択、決定段階における注意義務違反の有無
- 術後脳梗塞の発見、治療上の注意義務違反の有無
- 過失と亡Fの死亡の結果との因果関係
(事案)
原告ABは死亡した女性患者亡F(死亡当時17歳)の両親(ともに医師)。被告C事業団はG病院を受託経営する社会福祉法人。被告E医師は、G病院脳神経外科に勤務していた医師(亡Fの主治医)。
プロラクチン産生腺腫に罹患した亡Fが、平成4年7月7日にG病院において右前頭側頭開頭腫瘍亜全摘出手術を 受けたところ、同年8月8日、脳圧亢進による呼吸不全及び循環不全により死亡。
(損害賠償請求額)
遺族(両親)合計で被告C事業団に対して合計7,300万円(うち、2,000万円は被告E医師と被告C事業団が連帯)
内訳:逸失利益4,470万3,240円+死亡慰謝料2,500万円+葬祭費100万円+弁護士費用700万円(合計7,770万3,240円のうち、7,300万円を請求)被告E医師については慰謝料2,000万円を被告C事業団と連帯して支払うことを請求
(判決による請求認容額)
遺族合計で被告C事業団に対して合計7,270万2,206円(うち、2,000万円は被告E医師と被告C事業団が連帯)
内訳:逸失利益4,470万2,206円+死亡慰謝料2,000万円+葬儀費用100万円+弁護士費用700万円)被告E医師については慰謝料2,000万円を被告C事業団と連帯
(裁判所の判断)
亡Fの疾患を頭蓋咽頭腫と誤診した過失の有無
過失を否定
亡Fに対する開頭手術の適応を誤って、本件開頭手術を行った過失の有無
過失を否定
本件開頭手術の手術操作上の注意義務違反の有無
亡Fの直接的な死因は、急性の頭蓋内圧亢進による呼吸不全及び循環不全であるが、その頭蓋内圧亢進の原因は、脳梗塞であるとし、その脳梗塞は本件開頭手術操作に起因して発生したと認定。しかし、開頭手術中の手術操作上の過失は否定。
気管内チューブの管理上の注意義務違反の有無
過失(注意義務違反)を否定
MRSA感染に関する注意義務違反
過失(注意義務違反)を否定
気管内チューブ交換時の注意義務違反の有無
過失(注意義務違反)を否定
治療方法の選択、決定段階における注意義務違反の有無
被告E医師が、速やかになすべきプロラクチン産生腺腫の確定診断を遅らせ、未確定で不十分な病状の把握を前提に開頭手術を実施するという治療方針を立て、確定診断に基づく治療方針の再検討を行わなかった点および、亡Fの治療に関して原告らに対し、必要な説明をせず、必要な説明を前提とした同意を得なかった点につき、治療方法の選択、決定段階における医師の注意義務に違反した過失を認定。
術後脳梗塞の発見、治療上の注意義務違反の有無
亡Fに新たに左下肢の運動麻痺の症状が認められた7月9日午後2時時点での検査を怠り、脳梗塞の治療の開始が7月10日午後零時ころまで遅れたという、術後の脳梗塞の発見、治療上の注意義務を怠った過失が被告E医師にあると判断。 更に亡Fに意識状態の低下の症状が現れていた7月12日午後7時50分の時点で、脳梗塞の検査や診断を怠り、外減圧開頭手術の実施が翌13日午後1時30分ころまで遅れたという、脳梗塞の治療上の注意義務を怠った過失が被告E医師にあると認定。
過失と亡Fの死亡の結果との因果関係
7月12日午後7時50分時点での被告E医師の過失と亡Fの死亡との間の因果関係は認定。7月10日午後零時ころから薬物療法が実施され、7月12日午後6時ころまでは、亡Fの意識状態は辛うじて保たれていたことから、7月9日午後2時時点での過失と死亡との間には因果関係は無いとした。
原告らがいずれも医師であり、代替的治療方法の説明を受けていれば、その治療方法を実施している医療機関などについて自ら調査する意欲と能力を有していたこと、その場合には亡Fに別の医療機関を受診させる可能性があったことなどから、確定的かつ正確な病名及び病状の説明がなされ、それを前提にして代替的治療方法である経蝶形骨洞手術やブロモクリプチンによる薬物療法の内容、利害得失、予後等の説明がなされていたとすれば、原告らは、本件開頭手術に同意するのではなく、他の希望を申し出て、死亡の根本原因となった本件開頭手術の実施が避けられた可能性が十分にあったとして、被告E医師の治療方法の選択、決定段階における過失と亡Fの死亡との間の因果関係を認定。 被告E医師を使用する被告C事業団には、不法行為上の使用者責任があると認定。