高松高等裁判所平成8年2月27日判決(判例時報1591号44頁)
(争点)
- 医師に、副作用のある薬剤を投与する場合の注意義務違反があったか否か
(事案)
患者H(女性)は、昭和63年9月26日、国立病院であるY医大病院脳神経外科を受診し、その後の検査から右前頭部に髄膜腫が認められたことにより、摘出手術のため、10月18日、Y医大病院脳神経外科に入院し、T医師が担当医となった。なお、Hは、診察当初、約20年前の手術時に、薬剤によると思われる皮疹が出た旨述べたが、原因薬は不明であった。
T医師は、髄膜腫による痙攣発作を防止するため、同月22日から、抗痙攣剤としてデパケンの経口投与を開始した。
Y医大病院では、10月27日に、N医師らの執刀で、Hの脳腫瘍(髄膜腫)全摘出手術を行い、この手術の実施に際し、T医師は、抗痙攣剤をデパケンから注射薬のアレビアチンに変更した。
T医師は、10月28日から、手術後の痙攣発作の発生を防ぐため、抗痙攣剤としてアレビアチン、フェノバール、抗痙攣剤の吸収をよくするためのビタミンC薬剤としてシナールを継続的に投与した。
Hの手術後の経過は、概して良好であったが、10月31日、眼瞼腫脹持続、11月2日、喉の違和感(はしかい)、同月4日、5日、咽頭不快持続(4日、上気道炎症状)等の症状が見られた。T医師は、11月15日から、便秘薬としてラキサトールの投与を開始した。
Hは、11月16日に退院し、自宅近所のB病院へ通院することとなった。
T医師は、退院時、Hに「変わったことがあれば、紹介先のB病院で、すぐ診てもらってください」との指示をした。
また、T医師は、退院時、アレビアチン、フェノバール、シナール、ラキサトールを各二週間分処方した。
退院後、Hは、11月20日ころから全身に搔痒感を伴う発疹が出現し、11月29日には温泉に行くなどしたが、軽快しなかった。
Hは、11月30日、B病院脳神経外科で、全身に皮診があり、薬アレルギー、肝機能障害との診断を受け、B病院の医師は、アレビアチン、フェノバール、シナール、ラキサトールの服用を中止し、抗痙攣剤としてデパケンを三日分処方した。
Hは、12月2日、全身に搔痒感を伴う発疹を訴えてY病院に外来受診し、T医師は、アレビアチンによる薬剤性湿疹ではないかと判断し、皮膚状態改善のための注射等の措置をした上、デパケン及び皮膚疾患用薬剤を処方し、その後の治療については、K病院(内科)を紹介した。
Hは、同月3日に高熱を発し、Y医大病院当直医の指示で、同日午後11時頃、Y医大病院脳神経外科を受診し、そのまま緊急入院した。当直医は、この時点で抗痙攣剤服用を中止させた。
Hは、その後、次第に症状が悪化し、12月5日に中毒疹、12月8日に中毒性表皮融解壊死症(TEN)との診断を受け、皮膚科においてパルス療法等を行ったが、さらに全身状態が悪化し、12月12日午前4時20分、心不全により死亡した。
(損害賠償請求額)
患者遺族の一審での請求額2200万円
(内訳:慰謝料2000万円+弁護士費用200万円)
患者遺族の控訴審での請求額1466万6666円
(内訳:慰謝料1333万3333円+弁護士費用133万3333円)
(判決による請求認容額)
一審裁判所の認容額 0円
高等裁判所の認容額110万円
(内訳:慰謝料100万円+弁護士費用10万円)
(裁判所の判断)
医師に、副作用のある薬剤を投与する場合の注意義務違反があったか否か
裁判所は、アレビアチン、フェノバールを投与したこと自体についてT医師に注意義務違反は認められないとしました。
その一方で、「医師には投薬に際して、その目的と効果及び副作用のもたらす危険性について説明をすべき義務があるというべきところ、患者の退院に際しては、医師の観察が及ばないところで服薬することになるのであるから、その副作用の結果が重大であれば、発症の可能性が極めて少ない場合であっても、もし副作用が生じたときには早期に治療することによって重大な結果を未然に防ぐことができるように、服薬上の留意点を具体的に指導すべき義務があるといわなくてはならない。
即ち、投薬による副作用の重大な結果を回避するために、服薬中どのような場合に医師の診断を受けるべきか患者自身で判断できるように、具体的に情報を提供し、説明指導すべきである」と判示しました。
そして、「T医師がHに与えた薬剤であるアレビアチン及びフェノバールは、いずれも副作用としてTENの発症が起こりうる薬剤であり、アレビアチンが原因とも考えられる薬疹についてはT医師自身も以前に症例を経験していたことに加え、Hは、前回の手術の際に薬疹と思われる皮疹が出たことがあって、薬剤に対して過敏であることが疑われたのであるし、薬剤によるアレルギーは、投与を始めてから一、二日の内に現れることもあるがその後ある程度期間をおいてから現れることもあり、そのような場合には投薬を中止しなくてはならないことはT医師は十分に認識していたのであるから、Hの退院に際してアレビアチン等を二週間分処方するについては、単に『何かあればいらっしゃい』という一般的注意だけでなく、『痙攣発作を抑える薬を出しているが、ごくまれには副作用による皮膚の病気が起こることもあるので、かゆみや発疹があったときにはすぐに連絡するように。』という程度の具体的な注意を与えて、服薬の終わる二週間後の診察の以前であっても、何らかの症状が現れたときには医師の診察を受けて、早期に異常を発見し、投薬を中止することができるよう指導する義務があったというべきである」「このような指導があればHとしては発疹の出た11月20日ころからあまり時間的に経過することのない時期にB病院等で診察を受けて早期に適切な治療を受け、死の結果を防止することができたものと解される」とT医師の過失を認めました。