神戸地方裁判所平成5年12月24日判決(判例時報1521号104頁)
(争点)
- 本件事故で患者Aが死亡したことによる慰謝料額はいくらか
(事案)
患者A(死亡当時4歳の男児)は、昭和63年6月14日に出生したが、生後8か月頃になってアイセル病(ムコリピドーシスII型)という先天性代謝異常の障害があることが判明した。
Aは、平成3年11月Y市の設置する市立Y病院(以下「Y 病院」という。)に入院し、ナースセンター前の個室で、人工呼吸器を装着したまま療養を続けるようになった。
Aの人工呼吸器には警報機(以下「アラーム」という。)が取り付けられており、Aが動いたりして人工呼吸器がAの体からはずれた場合にはこれが鳴る仕組みとなっていた。そして、Aを入浴させる場合には、人工呼吸器を外し、手動の道具で酸素を送って呼吸させていたが、アラームのスイッチをオンにしたままの状態で人工呼吸器をはずすとアラームが鳴ってしまうので、アラームのスイッチをオフにしたうえで人工呼吸器をはずしていた。
平成4年11月19日午前、当日の担当看護師Sら3名は、Aを入浴させたが、その際アラームのスイッチをオフにして人工呼吸器をAから一旦はずし、入浴終了後、人工呼吸器をAの体に装着したものの、アラームのスイッチをオンにしないまま、同日午前10時40分ころAの病室を出た。ところが、その後、人工呼吸器の接続部がはずれてAは呼吸困難の状態に陥ったが、アラームのスイッチが切れていてこれが鳴らなくなったために、看護師らがこれに気付くのが遅れ、同日午前11時20分になってようやく事態に気付いたが、Aは同日午後0時10分、呼吸不全により死亡した(以下「本件事故」という。)
Aの両親が、Y市に対し慰謝料等を請求して提訴した。事実関係についての争いはなく、慰謝料の額が争点となった。
(損害賠償請求額)
患者遺族の請求額3300万円
(内訳:慰謝料3000万円+弁護士費300万円)
(判決による請求認容額)
裁判所の認容額1650万円
(内訳:慰謝料1500万円+弁護士費用150万円)
(裁判所の判断)
慰謝料を減額する要素
<1>アイセル病(ムコリピドーシスII型)の予後は不良のことが多く、呼吸器感染や心不全等で多くの症例では4歳から6歳で死亡し、これを超えて生存する可能性はきわめて少ないことが認められる。従って、Aも本件事故当時4歳であったから、その余命もわずかであった可能性が高かったというべきである。
そして、死亡による慰謝料額の算定にあたっては、余命が短いことは慰謝料額を減額する一要素となるものと考えるべきである。死亡による慰謝料には将来を奪われたことによる精神的苦痛を補償するという要素があるから、余命も考慮されてしかるべきである。また、交通事故による損害賠償請求訴訟の実務においても、死亡慰謝料の算定においては被害者の余命が考慮されている。
<2> Y病院(Y市)は患者両親の経済的負担を軽減するために、入院個室料金を減額し、治療費の自己負担をなくすように努めるとともに、看護の目が行き届くように、ナースセンター前の個室をAにあてがう等の配慮をしてきた。
慰謝料を増額する要素
人工呼吸器がAの体からはずれると同人の生命自体が脅かされる状況にあったのであるから、担当看護師が負っていた人工呼吸器のアラームのスイッチ入をれておくべき注意義務は、きわめて重大かつ基本的義務であるとともに、わずかの注意さえ払えばこれを履行することができる初歩的な義務であるということができる。
この注意義務を怠ったこと自体、重大な過失であるし、さらに、以前にも同様の事故があり、Y病院側も本件のような事故が生じる可能性を十分に認識し得たにもかかわらず、再び本件事故を惹起したのであるから、その責任は重大である。
そして、裁判所は、大阪地裁交通部の交通事故による損害賠償請求訴訟における死亡慰謝料の基準が、世帯主以外の者の死亡の場合で本人分及び近親者分を含めて1800万円から2200万円(平成3年の基準)であることを一つの目安として、前記1及び2で検討した事情を考慮し、Aの死亡慰謝料額を1500万円とするのが相当であると判断し、弁護士費用は両親合計で150万円が相当であると判断しました。