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No.62「シミ治療につき錯誤無効を理由に患者には診療代金の支払義務が無いと認定。更に医師の説明義務違反による医療法人の損害賠償責任を認めた判決」

横浜地方裁判所 平成15年9月19日判決(判例時報1858号94頁)

(争点)

  1. 患者のシミが肝斑か否か
  2. 診療契約が患者の錯誤により無効となるか
  3. 医師に説明義務違反があるか

(事案)

患者X(診療当時42歳の女性)は額と両頬のシミを気にしていたところ、Y医療法人が経営するSクリニックを広告で知り、平成13年6月9日にSクリニックで、S院長(Y医療法人の理事長でもある)の診察を受けた。そして、S院長から「あなたのシミはレーザー1回できれいになる」、色素沈着の副作用については「新しいレーザーでは心配ない」といった説明を受けて、Yとの間で80万円の代金でレーザー治療の診療契約(本件診療契約)を締結し、当日S院長がXの額にレーザー照射を行った。

その結果、Xの額の右側に色素沈着、左側に色素脱出が生じた。

Xは、診療契約は錯誤により無効であるとして80万円の代金支払義務が存在しないことの確認(債務不存在確認)と、S院長の説明義務違反による損害賠償を求めてYを提訴した。

(損害賠償請求額)

(1)XがYに対し平成13年6月9日付け診療契約に基づく80万円の債務を負担していないことの確認
(2)YからXへの58万9375円の支払
(内訳:別の医療機関の治療費6万0395円+交通費2万8980万+慰謝料50万円)

(判決による請求認容額)

(1)XがYに対し平成13年6月9日付け診療契約に基づく80万円の債務を負担していないことの確認
(2)YからXへの56万0395円の支払
(内訳:別の医療機関の治療費6万0935円+慰謝料50万円)

(裁判所の判断)

患者のシミが肝斑か否か

この点につき、裁判所は、患者Xのシミは肝斑の典型的な部位、形態、色、大きさのものであり、Xを診察した他の医師も肝斑と診断していることから、Xのシミは肝斑であると判断しました。また、肝斑については一般にレーザー治療は憎悪の危険性があって無効あるいは禁忌とされていたとも判示しました。

診療契約が患者の錯誤により無効となるか

裁判所は、Xが、S院長の説明により、自己のシミは1回のレーザー治療できれいに治り、副作用もほとんど心配する必要はないと信じて、本件診療契約を締結したと認定しました。その一方で、Xが肝斑とレーザー治療との関係を知ったならば当然本件診療契約を締結することはなかったと考えられるのみならず、一般人においても同様と考えられると判示しました。

そして、本件診療契約においては、対象となる治療行為の持つ客観的な性格とそれに対する患者であるXの認識、すなわち契約締結の動機(S院長の説明を信じたことによるものであるからこの動機はYに対して表示されていたといえる)との間に食い違いがあったことになり、その食い違いは契約の要素の錯誤というべきであるから、結局、本件診療契約に係るXの意思表示は要素の錯誤により無効であると判断し、Xは本件診療契約に基づく80万円の支払い義務を負わないと判示しました。

医師に説明義務違反があるか

裁判所は、Xのシミに対する治療は、主として審美的な観点から行われたものと認められるから、いわゆる美容医療の範囲に入るものということができ、美容医療の場合には、緊急性と必要性が他の医療行為に比べて少なく、また患者は結果の実現を強く希望しているものであるから、医師は、当該治療行為の効果についての見通しはもとより、その治療行為によって生ずる危険性や副作用についても十分説明し、もって患者においてこれらの判断材料を前提に納得のいく決断ができるよう措置すべき注意義務を負っているというべきであると判断しました。

そして、本件においては、Xのシミは肝斑であって、肝斑に対しては一般にレーザー治療は増悪の危険性があって無効あるいは禁忌とされているものであったから、仮にXが当該治療を希望した場合であっても、S院長はこれらの点を十分に説明し、原告自らが納得のいく決断をすることができるよう措置すべき注意義務を負っていたにも関わらず、肝斑に対するレーザー治療の危険性については全くといってよいほど説明をしなかったと認定し、S院長の説明義務違反を認め、S院長が代表者であるYの損害賠償責任を認めました。

カテゴリ: 2006年1月18日
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