平成15年4月11日 前橋地方裁判所判決
(争点)
- 被告病院の治療が不適切であったか(輸液・インスリンなどの量が不適切であったか、また患者がIVH(中心静脈注射)を外した際に不適切な処置をしたか)
- 被告病院の不適切な治療と、患者の死亡との間に因果関係があるか
- 損害
- 過失相殺
(事案)
患者(男性;死亡当時満25歳)は婚約者と同居中、平成12年3月16日頃から胃に不快感やとう痛を生じ、その後徐々に固形物がのどを通らなくなり、同月28日ころには呼吸困難、吐き気、動悸症状が出現した。29日、30日とおう吐し、体が動かず、ろれつが回らなくなるなどしたため、婚約者の運転する車で被告病院に行き診察を受けた。
被告病院において、患者は「脱水、糖尿病ケトアシドーシス、消化管通過障害疑い」と診断され、「持続点滴、インスリン投与」の治療計画で入院治療を受けたが、30日午前11時15分頃に開始された輸液について、同日午後10時55分ころに患者が自らIVHを外し、翌日午前11時まで輸液が再開されなかった。患者は4月1日に転院し、転院先の集中治療室で治療を受けたが、4月4日に糖尿病ケトアシドーシスに起因する多臓器不全により死亡した。
(本事案の控訴はなく確定したことを前橋地裁に確認済)
(損害賠償請求)
合計8,266万,390円(葬儀費120万円+逸失利益5,196万5,390円+慰謝料2,200万円+弁護士費用750万円)
(判決による請求認容額)
合計7,672万2,383円(葬儀費120万円+逸失利益4,652万2,383円+慰謝料2,200万円+弁護士費用700万円)
(裁判所の判断)
(輸液・インスリンなどの量が不適切であったか、また患者がIVHを外した際に不適切な処置をしたか)について
ケトアシドーシスの治療のポイントはインスリンの持続投与と生理食塩水を中心とした大量の輸液であるところ、通常の患者については、1日あたり少なくとも5,000ミリリットル程度の輸液量が求められ、体重約130?の肥満体であった患者についてはそれ以上の輸液が必要であったと認定。被告病院の医師が行った輸液の総量は47時間余りで多くても4,420ミリリットルにすぎず、しかも患者が自らIVHを外してから看護師によって輸液が再開されるまでの約12時間は輸液が全く行われなかった(その間の輸液が無駄になった)のであるから、実際の輸液量は4,420ミリリットルを更に下回っていたと認定。
そして、患者によるIVHの抜去時点で患者の意識障害が悪化していることが認識できたにもかかわらず、再挿入を指示せずに放置し、患者への輸液量が総量として不足していた点で被告病院医師には過失があったと認定した。
(因果関係)について
被告病院に入院した時点では、患者は糖尿病性昏睡の初期症状の段階にとどまっていたが、30日から31日にかけて輸液が中断された後、患者の意識レベルが悪化し、呼吸停止、心停止状態になり、また31日には急性腎不全を発症しており、4月1日に他院へ搬送された時点では既に患者の糖尿病性昏睡の症状は治癒の不可能な状態にあったとして、被告病院医師の輸液に関する過失(とりわけIVHの抜去後再挿入を指示せず放置した過失)と患者の死亡との間の因果関係を認定。
(損害)について
患者(死亡当時25歳)は高校中退後、本件医療事故当時は無職であったが、婚約者と同居して求職活動をしていたことなどを考慮し、平成12年度賃金センサスによる全男性中卒労働者の平均賃金年額485万4,800円を患者の年収とみなし、生活費控除率を45パーセント、就労可能年数を死亡時の年齢25歳から67歳までの42年間(ライプニッツ係数17.4232)として逸失利益額4,652万2,383円を算出。
葬儀費用、慰謝料は原告(患者遺族)の請求どおりに認定。弁護士費用は原告請求額750万円に対し、700万円を認定
(過失相殺)について
被告病院・被告医師は、1.患者の健康管理が不適切で受診が遅かったこと、2.受診時において患者が既に糖尿病の症状が悪化しており、付き添っていた母親や婚約者も患者の病状や生活状況を正確に伝えられなかった点が患者・遺族側の過失であるとして過失相殺を主張したが、判決は、1.受診時の患者の症状は糖尿病性昏睡の初期段階にとどまっており、専門的知識を有せず糖尿病の既往歴もない患者にとり、受診が著しく遅れたものとは評価できず、2.医師の問診には主に婚約者が回答しており情報不足とはいえないし、医師側で情報不足を認識したならば、医療の専門家として患者の症状や状態の推移を注意深く観察しなければならないはずなのに、そうはしていないから、損害の公平な分担という過失相殺の趣旨に照らしても過失相殺は認められないとした。