福岡高裁平成16年12月1日判決 判例時報1893号28頁
(争点)
- 分娩誘発についての説明義務違反の有無
- 適応のない分娩誘発を実施した過失の有無
- 適切な分娩監視を怠った過失の有無
(事案)
X1は平成5年3月2日、F市立F市民病院に入院し、同月3日午前9時8分ころから、分娩誘発剤(子宮収縮剤)であるオキシトシンの投与を受けてA(女児)を分娩中、子宮破裂を起こし、午後1時21分、帝王切開によりAを出生したが、Aはこの間に生じた低酸素性虚血性脳症により、重大な後遺障害(脳性麻痺による精神遅滞、てんかん、疼性四肢麻痺等)を遺すこととなった。
AとAの両親であるX1及びX2が、F市に対して損害賠償請求訴訟を提起し、一審判決がF市の過失を認めてX1、X2及びAの請求を一部認容したのに対し、F市が控訴し、X1、X2及びAも一審判決の認定した損害額は低額であるとして附帯控訴した。
(損害賠償請求額)
患者側の請求額:(出生児と両親合計)2億0611万8000円(内訳:逸失利益7996万3430円の一部5265万5232円+介護付添費9046万2768円+出生児本人の慰謝料2500万円+両親固有の慰謝料2人合計2000万円+弁護士費用1800万円)
(判決による請求認容額)
一審の認容額:1億4505万1598円(内訳不明)
控訴審の認容額:1億1978万4941円(内訳:逸失利益3723万3912円+介護付添費4095万1029円+出生児本人の慰謝料2500万円+両親固有の慰謝料2人合計660万円+弁護士費用1060万円)
(裁判所の判断)
分娩誘発についての説明義務違反の有無
この点につき、裁判所は、F市民病院の産婦人科医師は、X1に対し、分娩誘発に関する副作用や危険性について何ら説明を行っていないとしながらも、当該施術の選択は違法ではないうえ、X1は助産師から分娩誘発による分娩を行うことを告げられ、副作用ないし危険性を認識した上で、産婦人科医師の施術を信頼して分娩誘発に同意したと認定して、説明義務違反を理由とする損害賠償は認めませんでした。
適応のない分娩誘発を実施した過失の有無
裁判所は、分娩誘発の適応が、
(1)医学的適応(妊娠中毒症、破水、絨毛羊膜炎、過期妊娠、子宮内胎児発育遅延、胎児心迫異常等の疾患により妊娠を継続することが、母体又は胎児あるいはその両者に対して不利益を与えるような状況)と
(2)社会的適応(胎児の成熟が確認され、頸管の成熟、すなわち、分娩誘発の成功の可能性が高い場合には、医学的な適応がなくても、妊婦に何らかの利益があると判断されれば、分娩誘発を行うことが許容される)
とに大別されると判示しました。
そして、本件分娩誘発については、医学的適応があるとはいえないものの、社会的適応 があるとして、産婦人科医師の過失を否定しました。
適切な分娩監視を怠った過失の有無
裁判所は、本件においては、オキシトシンの投与により母体あるいは胎児に影響を与えるような陣痛、子宮収縮の徴候が現れたことを看取し得る状態にあったのであるから、オキシトシンの投与による陣痛、子宮収縮の危険性を十分に認識し、適切な管理をし、オキシトシンの投与を中止することにより、午後零時15分すぎころ発症したと認められる本件子宮破裂を回避することが可能な状況にあったと判示しました。
そして、F市民病院は、X1に現れた前記諸徴候を看過し、午後零時15分ころに胎児心拍数が70くらいに低下するに至って初めてX1の異常に気付き、オキシトシンの投与を中止したというのであるから、本件子宮破裂は、F市民病院のオキシトシンの投与に係る管理の過誤により生じたと認定しました。
そして、F市民病院にはX1に対するオキシトシンの投与に関する適切な分娩監視を怠った過失があり、これにより本件子宮破裂を発生させてAの低酸素性虚血性脳症とこれに起因する脳性麻痺に陥らせたものであるとして、F市にはAらに生じた損害を賠償する義務があると判断しました。