東京高等裁判所平成29年3月23日判決 ウェストロー・ジャパン
(争点)
看護師に穿刺の際に過失があったか否か
*以下、原告を◇、被告を△と表記する。
(事案)
◇(昭和51年生まれの女性・短大卒業・正社員として稼働後家族の事情で退職して家事に専念。利き腕は右腕。)は、甲状腺右葉半切除手術(以下「本件手術」という。)を受けるために、平成22年12月19日、△法人が設立・運営する病院(以下「△病院」という。)に入院した。
同月20日午前9時30分頃、△病院に勤務するB看護師は、本件手術の準備として◇の左前腕に点滴ルートを確保するために、◇の病室を訪れた。そして、B看護師は、◇の左手関節から4ないし5センチメートルの付近の部位(以下「本件穿刺部位」という。)に末梢静脈留置針を穿刺した(以下「本件穿刺行為」という。なお、穿刺した部位が手関節から中枢に向かって12センチメートル以内の部位であったことは当事者間に争いがない。)。その際、◇は、「痛い」と言った。その後、本件手術が行われた。
本件穿刺行為の当日午後4時35分に◇は左前腕内側痛を訴え、同日午後7時30分に左手が痛い、動かないと訴えた。
平成22年12月24日、整形外科の医師は、◇の左腕に握力低下、骨間筋力の低下、橈側放散痛の症状が見られたことから、橈骨神経浅枝の損傷を疑い、交代浴等のリハビリを指示した。
その後、平成23年1月7日、◇は、b病院を受診し、左橈骨神経浅枝損傷との診断を受けた。
平成24年6月29日、c病院の医師は、◇について、症状固定日を同日、傷病名をCRPStypeⅡ型(カウザルギー)とし、左上肢に皮膚温の低下と発汗異常、肩甲帯以下に感覚過敏と運動性麻痺があり、運動は完全麻痺であるとの後遺障害診断書を作成した。
そこで、◇は、△が橈骨神経浅枝を損傷し、CRPSに罹患したのは、B看護師が十分な注意を払わなかったなどの過失があったとして、不法行為又は債務不履行に基づき損害賠償請求をした。
原審(静岡地裁平成28年3月24日判決)は、B看護師の過失を認め、これにより◇がCRPSに罹患したとして△に対し、6102万6565円の損害賠償を認容した。そこで、これを不服として、△が控訴した。
(損害賠償請求)
- 患者の一審での請求額:
- 7171万3533円
(内訳:治療費98万9700円+入院付添費6600円+入院雑費3万7500円+入院付添交通費3万0540円+通院交通費9万2680円+文書料2万6300円+傷害慰謝料197万円+後遺障害慰謝料1400万円+逸失利益4804万0801円+弁護士費用651万9412円)
- 一審裁判所の認容額:
- 6102万6565円
(内訳:治療費86万5615円+入院雑費2万2500円+通院交通費7万9110円+文書料2万6524円+傷害慰謝料180万円+後遺障害慰謝料1400万円+逸失利益3868万4947円+弁護士費用554万7869円)
- (控訴審裁判所の認容額)認容額:
- 5696万3155円
(内訳:治療費86万5615円+入院雑費2万2500円+通院交通費7万9110円+文書料2万6524円+傷害慰謝料180万円+後遺障害慰謝料1400万円+後遺障害逸失利益3498万9406円+弁護士費用518万円)
(控訴審裁判所の判断)
看護師に穿刺の際に過失があったか否か
この点について、控訴審裁判所は、原審裁判所の以下の判断と同様である旨判示しました。
本件穿刺行為直後に◇の左腕に生じた血液の漏出は、B看護師が、◇が痛みを訴えたにもかかわらずそのまま更に留置針を1ないし2ミリメートル進めた後に生じたものであること、結果として、本件穿刺部位には皮下が腫れたような少なくとも3ミリメートル程度の大きさの瘤ができたこと等が認められ、これらの事実に弁論の全趣旨を総合するならば、上記の血液の漏出は、B看護師が留置針を深く穿刺し過ぎたために血管が傷ついたことによって生じたものと推認するのが相当である。そして、◇は留置針が穿刺された状態のまま本件穿刺部位を叩かれたこと、ガーゼを当てて瘤を強く圧迫された際も強い痛みを感じたこと、本件穿刺行為以降、左上肢の痛み及び痺れ等を感ずるようになったこと、医師の診断内容、治療経過などを総合するならば、本件穿刺行為によって、◇の橈骨神経浅枝が傷害されたと認めるのが相当である。
そして、控訴審裁判所も、△病院のB看護師が、本件穿刺行為に当たり、深く穿刺しないようにする注意義務を怠った過失があると判断しました。
なお、病院側は、CRPSの原因は医学的には不明であるが、軽微な外傷によっても発症するので、仮にB看護師による留置針の本件穿刺行為がそのきっかけとなっていたとしても、本件手術前に点滴ルートを確保する医学的必要性があることからされたものであって、同看護師に注意義務違反(過失)がない以上、CRPSの罹患について△が損害賠償責任を負うものではない旨の主張もしました。
しかし、控訴審裁判所は、B看護師による留置針の穿刺が本件手術前に点滴ルートを確保する医学的必要性があることからされたものであるからといって、同看護師の過失が直ちに否定されるものではなく、同看護師は、本件穿刺行為に当たり、深く穿刺しないようにする注意義務を怠り、これにより橈骨神経浅枝が損傷されたものと認められるのであって、△の上記主張は、前提において理由がないと判示しました。
以上から、控訴審裁判所は、上記(控訴審裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後、上告不受理決定(平成29年10月26日最高裁第一小法廷決定)により控訴審判決が確定しました。