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No.521「アトニン投与を受けた妊婦が子宮破裂により死亡。助産師が胎児心拍波形の異常を医師に報告し、アトニン投与を中止するか減量すべき注意義務に違反した認定をした地裁判決」

東京地方裁判所令和5年2月20日判決 判例タイムズ1525号230頁

(争点)

アトニン投与における助産師の過失の有無

*以下、原告を◇1ないし◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(死亡時34歳の女性)は、平成29年11月20日、医療法人社団である△の運営する病院(以下「△病院」という。)を受診し、妊娠6週6日と診断され、それ以後、定期的に△病院を受診し、妊婦検診を受けた。なお、Aには自然分娩(単胎)1件(平成15年)、人工妊娠中絶1件(平成19年)の既往があった。

平成30年7月5日(妊娠38週2日)、Aは、分娩誘発目的で、△病院に入院した。

△病院の助産師は、同月6日(以下、同日については、日付の記載を省略する。)午前9時、Aに分娩監視装置を装着し、午前9時12分頃、医師の指示に基づき、Aに対して子宮収縮薬であるアトニンの投与を開始した(投与量5ml/h)。この時点で、Aの子宮口の開大は、2.5cmであった。

その後、アトニン投与量は、助産師の判断により、午前10時05分頃に15ml/h、午前10時35分頃に25ml/h、午前11時05分頃に35ml/h、午前11時35分頃に45ml/h、午後0時10分頃に55ml/h、午後1時15分頃に60ml/hと増量された。午後1時00分頃のAの子宮口の開大は、2~3cmであった。

また、△病院の医師は、午前9時44分頃、無痛分娩目的でAに硬膜外カテーテルを挿入し、△病院の医療従事者は、硬膜外麻酔薬であるアナペインを午前11時42分頃に2.5ml、午後1時00分頃及び午後3時20分頃に各5ml投与した。

△病院の助産師は、午後4時30分頃、D医師(△の代表者理事長)の指示により、人工破膜を施行し、Aは破水した。

午後5時19分頃、胎児心拍数モニターで胎児心拍数が120bpmまで低下したが、助産師は、D医師にそのことを報告せず、他の医師に報告することもしなかった。

△病院の医療従事者は、午後5時25分頃、Aに対しアナペインを5ml投与した。

△病院の医療従事者は、午後5時30分頃、Aを陣痛室から分娩室へと移動させた。その際、助産師は、一度、分娩監視装置をAから取り外し、分娩室に移動後の午後5時40分頃、再度、Aに分娩監視装置を装着した。Aの子宮口の開大は、午後5時30分頃に4cmで、午後5時40分頃には5cmであった。

Aの子宮口は、午後5時30分頃には、7~8cmまで開大したが、外出血はまだなかった。助産師は、この頃、Aと会話をしていたところ、胎児心拍数モニターで胎児心拍数が50~60bpmへと低下したため、午後5時52分、Aに対するアトニンの投与を中止した。

G医師は、ナースステーションでAのCTG(胎児心拍数陣痛図)を見て児に徐脈が生じていることに気づき、午後5時52分頃、分娩室に入った。なお、遅くとも午前10時からG医師の分娩室への入室までの間、陣痛室又は分娩室に医師はいなかった。

このときにはAの子宮口は8cmに開大しており、児頭の位置はSP±0(児頭の先進部の先端が左右の坐骨棘間線上にある状態)で、外出血はなかった。Aが怒責をかけると子宮口はほぼ全開から全開大となり、児頭の位置はSP+2(SP±0から下方2cmにある状態)となった。G医師は、吸引分娩を行うため、児に吸引分娩器具を装着した。

Gが児の吸引を一回行ったところ、午後6時00分に2855gの女児(◇)が娩出され、約1分後には胎盤も娩出されたが、Aには、児の娩出直後に多量の出血が生じた。児のAPGARスコアは、娩出時には3点(0~3点が重症仮死、4~6点が軽症仮死、7~10点が正常)であったが、娩出5分後には9点となった。

D医師は、助産師から、分娩が終わった後もAの出血が止まらないとの連絡を受け、午後6時10分頃、分娩室に入室した。

D医師は、Aが大量に出血しているのを認めて経膣的にAの頸管を観察したところ、頸管が裂けていたことから、左頸管裂傷から上向する子宮破裂が生じたと判断した。D医師は、経膣的に縫合を行い、頸管の上方の子宮動脈の止血を試みたが、出血は止まらず、ガーゼによる圧迫等を行った。

D医師は、看護師に対し、10単位(2000cc)の輸血の準備を指示するとともに、医師に対し、Aの救命のため、搬送先の病院を探すように指示した。同医師は、H大学I医療センターに電話をし、Aの救急搬送を打診したところ、処置中であることを理由に受け入れを断られ、U大学総合医療センター、J医療センター、K病院に順次救急搬送を打診したが、いずれの病院からも受け入れを断られた。

Aは、午後6時30分頃の時点で、出血量が2410gに達し、午後6時40分頃には4303gに達した。D医師は、△病院においてAを開腹して止血するしかないと判断し、看護師に追加で10単位の輸血の準備を指示するとともに、Aを手術室に移動させた。Aの出血量は、手術室に移動するまでに、さらに1140g増加した。D医師らは、Aを手術室に移動させた後、Aの開腹手術に着手し、子宮を摘出するよりも止血を優先させるべきと判断して子宮動脈の近辺を縫合したが、Aの血圧は低下し、心肺停止となった。D医師らはAに対して心臓マッサージ、カウンターショックなどを行ったところ、自己心拍が再開した。△病院の医療従事者は、午後6時58分頃に119番通報を行い、患者が子宮破裂となり、心肺停止となったこと等を伝えたところ、午後7時03分に救急隊員らが△病院に到着した。

D医師らは、Aを救急搬送するため、閉腹処置を行った。Aは、午後7時25分頃、救急車で△病院を出発し、午後7時45分頃、H大学I医療センターに搬送された。

Aは、H大学I医療センターで出血源除去のため開腹手術を受けたところ。左子宮頸管の体下部から下方に7~8cm程度の裂傷が認められ、内腔と交通していた。医師は子宮を摘出したが、Aは心停止となり、同月7日午前0時43分頃、死亡した。

そこで、◇ら(Aの夫である◇及びその子ら)は、Aが死亡したのは、△病院の医療従事者に、アトニンの中止又は減量をしなかった過失があるからであると主張して、△に対し、不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

患者遺族の請求額:
遺族合計7637万9963円
(内訳:搬送先での入院治療費7万5074円+葬儀費用150万円+死亡慰謝料2500万円+逸失利益4286万1256円+弁護士費用694万3633円)

(裁判所の認容額)

認容額:
遺族合計7637万9963円
(内訳:搬送先での入院治療費7万5074円+葬儀費用150万円+死亡慰謝料2500万円+逸失利益4286万1256円+弁護士費用694万3634円。相続人が複数につき、端数不一致)

(裁判所の判断)

アトニン投与における助産師の過失の有無

この点について、裁判所は、午後5時20分時点で、少なくともレベル3以上の異常波形があったといえるため、胎児機能不全の所見が現れていたと評価すべきであり、かつ、子宮頻収縮の所見が現れていたのであるから、産婦人科診療ガイドライン産科編2017(本件ガイドライン)において、子宮収縮薬の投与の中止あるいは1/2量以下への減量を検討することが推奨される場合に該当するとしました。

そして、午後5時20分時点でのAの子宮口の開大は4cmであるところ、△協力医O医師は、この所見について、本件ガイドラインで継続投与を考慮しても良いとされる吸引分娩等の経膣急速遂娩術が適応にならないと述べていると指摘しました。

そうすると、午後5時20分の時点では、Aに対するアトニン投与を中止ないし1/2量以下に減量すべき異常波形が認められていたところ、この時点で陣痛室に医師はいなかったのであるから、△病院の助産師には、D医師又は他の医師に対し、胎児心拍波形の異常が現れたことを報告し、医師をして又は自ら直ちにアトニン投与を中止するか、又は1/2量以下に減量すべき注意義務があったというべきであると判示しました。

しかしながら、助産師は、午後5時20分の時点で、D医師にも他の医師にも報告を行わず、また、直ちにアトニン投与を中止せず、1/2量以下への減量もしなかったのであるから、上記注意義務を尽くしたとはいえず、過失があると判断しました。

そして、△病院の医師又は助産師が、午後5時20分の時点で、Aに対するアトニン投与を中止するか、投与量を1/2に減量していれば、子宮内圧の上昇が収まり、本件子宮破裂の発生を避けることができた高度の蓋然性があるというべきであると判示しました。

以上から、裁判所は、◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2025年2月10日
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