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No.520「入院中の妊婦が肺血栓塞栓症を発症・再発し重篤な後遺障害が残りその後死亡。循環器内科の担当医に過失があったと判断した高裁判決」

東京高等裁判所令和元年12月5日判決 医療判例解説(2021年1月号)92号16頁

(争点)

医師に肺血栓塞栓症発症に関する過失があるか否か

*以下、原告を◇ないし◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(昭和48年生まれの女性)は、平成21年(以下、特別の断りのない限り同年のこととする。)2月17日、妊娠34週目で、周産期管理のため地方公共団体である△の開設する病院(以下「△病院」という。)に入院することとなり、自身と胎児の診察、検査、医療的管理や分娩の介助、分娩後の管理について、△との間で医療契約を締結した。Aは3月6日前後に帝王切開施行予定であった。

その後、同月5日に帝王切開を施行することが決まった。

Aは、3月5日午前中、◇(Aと◇との子)を帝王切開にて娩出し、同日午前11時頃、帰室した。そして、同日午後1時頃、深部静脈血栓症の予防目的で、カプロシン(ヘパリンカルシウム。抗凝固剤。以下「カプロシン」という。)の投与(皮下注射)を受けた。

Aは、3月6日午前6時13分頃、カプロシンの投与を受けたが、この投与がこの時刻にされたのは、もともと同日午前1時に投与の予定であったものが失念されていたためである。

Aは、3月6日午前中、清拭時に会話が急に途切れ、意識消失・血圧低下など急変し、造影CT検査の結果、肺動脈分枝部から両側の分枝に至る多量の造影欠損が認められ、明らかな骨盤・下肢の静脈血栓は指摘できないものの、造影効果が非常に不良なため微小なものは描出されていない可能性もあるとして、肺血栓塞栓症を発症したものと診断された。Aは、ICUへ入室することとなり、担当は循環器内科に変わり、B医師が担当医の1人であった。循環器内科では、安静状態で、Swan-Ganzカテーテルを挿入し、肺動脈圧を測定しながら、抗凝固療法(ヘパリンの投与)及び血栓溶解療法(ウロキナーゼの投与)を実施するなどの治療を開始したところ、Aの状態は3月6日午後2時台に肺動脈圧51/22mmHg(正常値は15-35/8-12mmHgである。)であったものが、同月7日午後4時台には「酸素化は著明に改善あり」「肺動脈圧も低下傾向であり、治療効果良好と考えられる」「生命兆候安定」とされ、同月8日午前10時台には、肺動脈圧27/8mmHgで、「酸素化改善、胸部症状なし。肺動脈圧の上昇も認めない。治療継続」とされた。この間、抗凝固療法及び血栓溶解療法が継続された。

Aは、3月8日午後4時39分頃に動悸・息切れを訴え、5時30分頃には胸部不快感を訴え、心電図上P波(心房の収縮)の間隔が延長し、補充調律が出現し、心拍数が一時的に40まで低下した。

3月9日午前9時19分頃、Aの造影CT検査が行われ、3月6日のCTと同様に両側肺動脈の分枝に血栓が認められ、肺動脈血栓塞栓症は基本的に変化なしとされたが、骨盤及び両下肢には明らかな深部静脈血栓症を指摘できなかった。

Aは、3月9日午後2時30分頃、車椅子でICUから一般病棟へ転棟したところ、同日午後2時45分頃、車椅子からベッドへ移動した後、眼球上転し意識消失するなど急変し、肺血栓塞栓症を再発症したものと診断された。

その後、Aは、広汎性脳浮腫及び低酸素脳症と診断され、植物状態で回復の見込みは低いとされ、11月30日まで△病院に入院した。

Aは、同日、W病院に転院し、同病院にて療養することとなった。

そこで、A及び◇ら(Aの夫、子及びAの父母)は、△に対し、Aが入院中、肺血栓塞栓症を発症して重篤な後遺障害を負ったことについて、△病院の医師に過失があった旨主張して、民法415条又は715条・709条に基づき、損害賠償請求をした。

原審(静岡地方裁判所沼津支部平成30年3月7日判決)は、Aの肺血栓塞栓症の発症及びAが重篤な後遺障害を負ったことには△の医師の過失は認められないと判断して、Aらの請求をいずれも棄却した。

そこで、これを不服とするAらが控訴(請求は減縮)した。

また、訴訟係属後である令和元年5月にAが死亡したため、Aの夫◇及び子◇がAの損害賠償債権を相続するとともに、その訴訟上の地位を承継した。

(損害賠償請求)

原審での請求額:
患者及び家族合計1億5369万8061円
(内訳:過去の医療費等665万7580円+過去の入院雑費359万8500円+将来の医療費等1654万4456円+将来の入院雑費978万9354円+後遺症逸失利益5513万5620円+後遺症による慰謝料2800万円+患者家族固有の慰謝料4名合計2000万円+弁護士費用1397万2551円)
原審の認容額:
0円
控訴審での請求額:
患者遺族合計1億0845万6080円
(内訳:過去の医療費等665万7580円+過去の入院雑費359万8500円+死亡逸失利益4670万円+死亡慰謝料3000万円+葬儀費用150万円+遺族固有の慰謝料4名合計2000万円)
控訴審裁判所の認容額:
8343万4364円
(内訳:過去の医療費等665万7580円+過去の入院雑費359万8500円+死亡逸失利益4667万8284円+死亡慰謝料2100万円+葬儀費用150万円+遺族固有の慰謝料4名合計400万円)

(裁判所の判断)

医師に肺血栓塞栓症発症に関する過失があるか否か

この点について、裁判所は、平成21年3月6日午前中に、Aは意識消失、血圧低下など急変し、肺動脈分枝部から両側の分枝に至る多量の造影欠損が認められたため、肺塞栓を発症したものと診断され、重篤な状況に急変する可能性があって、ICUに入室し、抗凝固療法及び血栓溶解療法が継続されたと指摘しました。そして、3月8日午後4時39分頃には、動悸・息切れを、午後5時30分頃には胸部不快感を訴え、一時的に心拍数が40程度まで低下し、補充調律が出現したと判示しました。この3月8日の状況につき、循環器内科の担当医B医師は、肺動脈血栓症を発症した急性期であるから、それが影響している可能性も当然考えなければいけないとの認識であり、実際、翌日の9日午前9時19分頃のCTでは、肺動脈血栓症は基本的には6日の状況と変化がないとされたとしました。裁判所は、しかし、3月9日、B医師は、肺動脈圧が低下したため、一般病棟への転棟とするとの判断をし、転棟後は、安静度室内フリーとしたが、同日午後2時20分と25分頃、転棟前の準備のためベッド上で坐位となったところで、Aは、「少しふわってする。」との訴えを2回行っていると指摘しました。この点について、B医師は、脳血流が落ちているなど、肺動脈血栓塞栓症が何らかの形でまた悪くなっている可能性を考えなければならない症状であると認識していると判示しました。

裁判所は、そうすると、B医師としても、一般病棟への転棟とした時点で、3月6日の肺動脈血栓症により重篤な状況に急変する可能性のあった状況が継続し、抗凝固療法及び血栓溶解療法の継続により肺動脈圧の低下はしたものの、肺動脈血栓症自体は基本的には変化はなく、むしろ、血栓溶解療法により血栓の遊離をきたす可能性もあったことを認識しており、そのような状況の中で、Aから「少しふわってする。」との訴えがあり、肺動脈血栓塞栓症が何らかの形でまた悪くなっている可能性を認識したのであるから、一般病棟への転棟をするにしても、ストレッチャーでの移動など、体動によって血栓が遊離し移転して塞栓を起こす可能性を少しでも減らす注意義務があったというべきであると判示しました。

にもかかわらず、B医師はそのような注意義務を怠り、転棟後は安静度室内フリーとすることとし、車椅子での移動をさせたのであるから、この点において過失があったというべきであると判断しました。

以上から、裁判所は、上記(控訴審裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後上告されましたが、不受理となり判決は確定しました。

カテゴリ: 2025年2月10日
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