大阪地方裁判所 平成11年2月25日判決(判例タイムズ1038号242頁)
(争点)
- W医師の術後の措置に過失があったか
- S医療法人の責任
- 損害
(事案)
患者A(死亡当時62歳の女性)は、腹痛と腹部膨満感、嘔吐の症状により、平成8年5月19日にS医療法人が経営するS病院に入院した(大腸癌に起因する腸閉塞が疑われたが、確定診断はできなかった)。S病院のW医師(院長)は、Aに対して、5月27日頃手術を行った。
6月1日午後5時30分から6月2日午前4時にかけて、患者Aには自制不能の腹痛、胸部の不快感、呼吸苦、多量の便汁様嘔吐・頻脈といった症状が生じていたが、当直看護師は独自の判断で座薬投与・胃管挿入・心電図モニター装着などを行ったものの、担当当直医に連絡はしなかった。
6月3日午前7時、患者Aの容態が急変したため、気管内挿管がなされたが、この時点においては、縫合不全による腹膜炎を併発し、正常な状態に戻れない不可逆性変化を来していた。
6月8日、患者AはK医大に転院したが、6月13日に術後縫合不全による多臓器不全により死亡した。
(損害賠償請求額)
■患者の実子(X1)について
2億円
(内訳:逸失利益2億5367万5505円+慰謝料4000万円の合計額の一部請求)
■患者の事実上の夫(X2)及び事実上の子(X3)について
各1500万円2名合計3000万円
(内訳:全額慰謝料)
(判決による請求認容額)
■患者の実子(X1)について
3875万円
(内訳:逸失利益1675万円+慰謝料2200万円)
■患者の事実上の夫(X2)及び事実上の子(X3)について
各200万円
(内訳:全額慰謝料)
(裁判所の判断)
W医師の術後の措置に過失があったか
裁判所は、本件手術後、当直の看護師において、適切な対応をしていれば患者Aの救命は可能だったとの前提にたって、当直の看護師から当直医に対し、容態の急変が報告されなかったため手遅れとなり、救命できなかったというべきであるから、W医師の術後の措置に過失があったとは言い難いと判示しました。
また、W医師が、当直の看護師に対して、患者Aの容態に変化があれば直ちに当直医に報告するよう指示していないことについても、看護師としては当然採るべき措置であるから、この点についてもW医師の過失は無いと認定しました。
S医療法人の責任
裁判所は、上記1の判断を踏まえて、S医療法人に損害賠償責任があることは明らかと判断しました(過失ある看護師の使用者としての責任という法律構成と思われます。 判決紹介者注)。
損害
(1)患者Aの実子(X1)は、患者Aには会社勤務・着物教室・金融業による多額の収入があったと主張して、それらに基づき約2億5000万円の逸失利益を主張しましたが、裁判所は、客観的な証拠に乏しいとして、平成8年度の賃金センサスに従って、患者Aの逸失利益を1675万円と算出しました。
(2)患者Aの事実上の夫(X2)及び事実上の子(X3)からの慰謝料請求について、裁判所は、患者AとX2が昭和43年に婚姻届けをし、その後離婚届けを出したものの、同居して事実上夫婦関係を継続し、手術承諾書にも配偶者として署名していること、X3(X2と前妻との間の子)は、患者AとX2が結婚したため、7歳の時から患者Aと同居し、本件手術に際しても、手術承諾書に長男として署名し、妻とともにその看病にあたり、最後を看取ったものであることなどから、X2及びX3両名とも、民法711条(他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならないという規定です。 判決紹介者注)の類推により、慰謝料を請求し得る近親者であると認定しました。
(3)これらに基づき、裁判所は、上記「裁判所の認容額」記載のとおり、X1について3875万円、X2及びX3両名について各200万円の損害賠償を認めました。