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No.518「診療契約に伴う付随義務あるいは信義則上の義務として、歯科医師に診療経過の説明及びカルテの開示をすべき義務違反が認められた地裁判決」

東京地方裁判所平成23年1月27日判決 判例タイムズ1367号212頁

(争点)

診療契約に伴う付随義務あるいは信義則上の義務として、歯科医師に診療経過の説明及びカルテの開示をすべき義務違反があったか否か

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

◇(昭和37年生まれの男性)は、平成19年6月15日、歯科医師である△の開設する歯科クリニック(以下「△歯科」という。)を受診し、△歯科医師との間で診療契約が締結された。

◇は、同年8月17日から平成21年2月9日までの間、△歯科でインプラント治療等を受けた。

△歯科医師は、平成20年10月2日、◇の左下6番相当部位にインプラント体の埋入を行ったが、手術後同部位から出血があり、同月4日に止血のための縫合処置が行われた。また、△歯科医師は、平成21年2月7日、左下6番相当部位にインプラント二次手術を行ったが、手術後同部位からの出血があり、◇は、同月8日にN大学歯学部附属病院で縫合処置を受けた。

◇は、同月9日に△歯科医師の診察を受けた後、△歯科への通院を中止した。

◇は、同年4月6日の日中に、△歯科に電話でカルテをもらいたいから来院する旨を伝え、同日午後6時すぎに、△歯科を訪れ、△歯科医師に対し、左下6番相当部位の治療に関する説明をすること、及びカルテを開示し、そのコピーを交付することを求めた。

△歯科医師は、◇に対し、同月9日付けの書簡を送付し、同封した個人情報開示請求書に必要事項を記載し、◇が相談したという歯科医師の連絡先を添えた上で、郵送にて診療記録の開示を請求するように伝えた。

◇は、同月13日付け個人情報開示請求書を作成し、同日、封をせずに△歯科に持参して提出した。

△歯科医師は、同月17日、◇に対し、書簡でこの個人情報開示請求書の修正点(1:開示請求する個人情報の範囲を修正すること、2:本人確認書類を添付すること、3:新しい歯科医師の連絡先を記載すること、4:郵送すること)を伝えた。

◇は、同月19日、△歯科医師に対し、この指示に従い、開示請求する範囲を修正し、身分証明書のコピーを添付した上で個人情報開示請求書を郵送したが、歯科医師の連絡先は記載しなかった。

△歯科医師は、同月21日付け個人情報開示請求結果報告書により、同月6日の△歯科を訪れた際の◇の言動に理解し難い点がある上、◇が相談したとする歯科医師の連絡先が不明であるという状況下においては、「事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」に該当することを理由に、◇の個人情報開示請求を拒否した。

◇は、△歯科医師に対し、診療情報開示を求める趣旨の説明を記載するとともに、面談による説明を希望する旨を記載した同月29日付書簡を送付した。しかしながら、△歯科医師は、書簡でのやりとりを打ち切り、納得がいかないのであれば法的対応をとるように伝えた。その際、△歯科医師は、カルテ開示が出来ない理由として、1:個人情報開示請求書を郵送するよう指示したにもかかわらず、◇が同月13日に封をせずに持参したこと、2:◇の身分証明書の写しが添付されていなかったこと、3:同月6日に約束した△歯科での治療の評価をした歯科医師の連絡先が伝えられていないこと、4:その後も歯科医師の連絡先が伝えられていないこと、5:同月6日に◇が△歯科に来院した際に理解し難い言動があったことを◇に対して伝えた。

◇から相談を受けたH歯科医師は、△歯科医師に対し、同年6月4日付けの書面により、◇と△歯科医師の面談にH歯科医師が同席すること、又は、H歯科医師のみが△歯科医師から説明を受けてそれを◇に伝えるという形で、◇と△との間のトラブルを解消できないかと提案したが、△歯科医師は、これを拒否した。

S弁護士(◇訴訟代理人)は、同年7月14日、△歯科医師に対し、◇の代理人としてカルテ開示を求めたが、△歯科医師は、同月23日に差し出した書面により、これを拒否した。その理由として、△歯科医師は、前記の理由などに加えて、「数々の不審な行動、発言を考慮し公的機関、警察とも相談してきて少なくとも今のこの経緯の上での◇さんにカルテ開示は危険と判断しました。誠心誠意尽くした当医院の治療の内容をどう悪用されるのかと考えるのが私の思いです。」と記載した。

そこで、◇は、平成21年11月10日、カルテの開示及び損害賠償を求めて訴訟提起し、△歯科医師は、本件訴訟の過程において、◇に対しカルテを開示した。

(損害賠償請求)

請求額:
130万円
(内訳:慰謝料100万円+弁護士費用30万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
22万円
(内訳:慰謝料20万円+弁護士費用2万円)

(裁判所の判断)

診療契約に伴う付随義務あるいは信義則上の義務として、歯科医師に診療経過の説明及びカルテの開示をすべき義務違反があったか否か

この点について、裁判所は、◇は、△歯科において、インプラント体の埋入及びインプラント二次手術を受けた後、手術部位から出血し、縫合処置を受けることを余儀なくされるなどしたため、△歯科医師に対する信頼を失い、平成21年2月9日以降、△歯科への通院を中止し、同年4月6日には、△歯科医師に対し、口頭で、診療経過の説明及びカルテの開示を請求するに至ったものと認められると指摘しました。

そして、このような経緯に照らせば、◇には、△歯科医師の診療行為の適否や、他の歯科医院に転院することの要否について検討するため、△歯科医師から診療経過の説明及びカルテの開示を受けることを必要とする相当な理由があったものと認められると判示しました。

したがって、△歯科医師は、このような状況の下では、診療契約に伴う付随義務あるいは診療を実施する医師として負担する信義則上の義務として、特段の支障がない限り、診療経過の説明及びカルテの開示をすべき義務を負っていたというべきであると判断しました。しかるに、△歯科医師は、本件訴訟が提起されるまで、このような義務を何ら果たさなかったのであるから、このような義務違反について債務不履行責任ないし不法行為責任を負うものと解するのが相当であるとしました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2025年1月10日
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